表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たぬきの嫁入り2  作者: 藍色 紺
第7章 春の来訪者
16/48

60話 旦那様とミモザケーキ

 お山から下れば、春が早く来るっていうのは本当なんだ!

 庭にはプリムラとスミレの小さな花が咲き、丘から見える麓には黄色いミモザの群生が見える。

 山へ足をのばせば、雪の中にぽっかりと穴があき、野草の蕾が見つけられる。


 私が旦那様の家に帰ってから、温かい陽射しが続き、雪が融けて花が咲き始めた。

 昼間は暖炉の火を落としてもいいくらいだ。


「春がお山へ駆けあがってるみたいですね!」


 春の野菜のために畑を耕してくれている旦那様に声をかけたら、短く返事があった。

 私が持ってきたミモザケーキを見てくれる。


「見事なもんだ」


 小ぶりのケーキは、ミモザの花と同じようにふわふわしていて、黄色い。


「休憩しませんか?」


 旦那様は低い声で、くっと息を漏らして笑った。


「そりゃ、ぽこ、お前さんがケーキを食べたいだけだろう?」


「今年初めての蜂蜜ですもん! 待ちきれません」


 庭仕事用のグローブを外した旦那様が、納屋から小さな机と椅子を出してきてくれるのを見て、布巾で机を拭き、ケーキ、お茶のセットを用意する。


 相談もしないで、突然お暇を頂いて、旦那様には怒られると思っていた。

 何のお咎めもないまま、いつもの生活が戻ってくる。

 旦那様は、春が来たのだからといつもに増して働くようになり、私を見る眼差しも優しい。

 喜んでくれるのが嬉しくて、今日もはりきって料理してしまう。


 ケーキにナイフを入れたら、黄色い生地の中から、たっぷりのクリームが見えた。

 ミモザの花を模したふわふわの飾りが、ほろほろと零れ落ちる。

 大きな口でケーキを頬張る旦那様の第一声が気になって仕方ない。

 何しろ、ミモザケーキを作るのは初めてだ。


「うまい」


 たった三口で、食べ終わった旦那様は、熱いお茶を啜った。


 よかった。


 旦那様と一緒に暮らし始めたばかりの頃、食糧があまりにも乏しくて、きっと料理をしない人なのだろうと思っていたけれど、すぐ間違いだとわかった。

 二人で料理してみると、旦那様は料理上手だった。

たぬき界にないスパイスや組み合わせは新鮮で、レシピの相談をするのも楽しい。

 でも、ふとした時に考えてしまう。


 仕事も料理もできる旦那様にとって、私が一緒にいる意義って何だろう?


 恋の季節を迎えたときに、すごく迷惑をかけてしまった。

 はしたない女だと呆れられた可能性だって否定できない。


 あのときのことを思い出すと、居たたまれなくなってしまう。

 あんな状況で、私は女性だと見てもらえなかったわけだ。

 であれば、私はペットと同格なのでは?


 お暇から帰って来てから、私は自分の存在意義を高めるために、料理のレパートリーを増やしている。

 よくしてもらっている婦人会の皆さんに料理を習い、こうしてケーキを焼く。

甘い物なら、旦那様は作らないから、私だけが旦那様にできる特別なことになるからだ。


「もう飲めるぞ」


 声をかけてもらって、ようやくお茶を頂く。それから、ミモザケーキを頬張った。

口の中で、蜂蜜のコクと香りが広がる。


 うん。美味しくできた。


 垂れてしまう頬を押さえ、もう一口頬張った。


「どれが一番好きですか?」


「うん?」


 穏やかな視線に、とろけそうに優しい微笑みを見たら、息が詰まりそう。

 一瞬見惚れて、吐息を逃がす。


「今日のミモザケーキと、レッドカラントのトルテと、鱒とキノコのソテーと……」


 新作料理を挙げていくと、旦那様が、顎髭を撫でる。

 旦那様が顎鬚を撫でるのは、決まって考え事をしているときだ。


「そうさなぁ」


「それと、ぽこならどれが一番好きですか?」


 声を挙げて笑われる。

 席を立ちながら、私の頭をくしゃくしゃに撫でた。


「ケーキができたら、八百屋さんとこに差し入れに行くんだろ?」


「あ! そうだった!」


「ついでに買い出しでもしよう」


「ちぇっ。答えてくれたっていいのに」


 唇を突き出して、机の上を片付ける。

先に歩き出した旦那様が、私を振り返る。

追いかけて、腕に飛びつく。


「犬じゃあるまいし」


 おでこを押されて距離を置かれるのでさえ嬉しい。


 旦那様にとって価値のある存在になれたらいいのになぁ。


 冗談なら言えても、真剣に聞くのは怖い。



  ❄



 人間姿で市場に出入りするようになって、知ったことは沢山ある。

その内の一つが、物事には適切な時間帯があるということ。つまり、買い物するなら朝一番が品揃えがよく、お店の人と話すなら、買い物客が減るお昼休憩が終わったころが落ち着いて話せる。


 八百屋の娘のアンナと、店の御主人がミモザケーキを食べてくれ、感想を教えてくれる間に、旦那様はクエスト屋に出かけてしまった。


 人通りが少なくなっているから、旦那様がクエスト屋に入っていくのも遠目に見える。

 目を離さずに、アンナと話をする。


「教えてもらった養蜂家さんの蜂蜜を入れたの」


「やっぱり? あそこの蜂蜜はこの時期抜群に美味しいよね」


 花が咲き始めたばかりなのに、蜂はもう働いていて、養蜂家さんはてんてこまいらしい。

 冬場は時々市場に店を出しているけれど、今頃になると、蜂蜜は養蜂家さんまで行かないと買えない。


「蜂蜜酒もおいしいわよ」


「新婚さんに蜂蜜酒は定番だね。いちゃいちゃ度があがる」


「どうやって作るんですか⁉」


 二人から、詳しいことを聞いていたら、旦那様がクエスト屋から出てきた。


「お、ベテランさんが来るね」


 手を振ろうとしたとき、脇から旦那様に女の人が抱きついた。


「おぉーー⁉ すっごいバインボインだけど、あの子誰⁉」


 八百屋の御主人の声がうるさい。


「ぽこちゃん……」


 気遣うアンナに返事もできず、旦那様の元へ走っていく。

 頭の中は、怒りと嫉妬、状況がわからずにパニックだ。


 感情の整理がつかず、半泣きのまま旦那様の表情がわかるところまで来た。

 女の人は、とっくに引きはがされているけれど、今度は引き離した腕を胸にうずめている。

 旦那様の太い腕が、胸の谷間に食い込む。


 あぁんな、あんなこと!


 私にはできない技に、もうどうにかなりそう。


「旦那様!」


「失礼、俺には妻がいますので」


 腕を胸から引き抜く旦那様の耳が赤い。


 いやらしい! いやらしい‼


 咄嗟に、フードを被ってから、引き抜いた旦那様の腕を奪い取って、ぎゅっと抱き着いた。

 感情のコントロールが効かず、フードを被った瞬間に、たぬきの耳が出る。

 ぼいんばいんな女の人を睨むけど、悔し涙でよく見えない。


 唇の端から、唸り声が出てしまう。全身の毛が逆立つ。


「妻? 結婚したとは聞いてないんだけどぉ?」


 気だるそうな甘い声


「ぽこは旦那様の妻です!」


 涙を拭うと、目の前には、見知った女性がいた。


「レナ! どうしてここに?」


「家出娘を探しに来たの。あたしは、ぽこの従姉よ」


 レナが、私とは逆の旦那様の腕に抱きついた。


「よろしくね。旦那様」


 ふーと旦那様の耳に息を吹きかける。


 なんで? どうして、よりによってレナなの⁉


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みいただきありがとうございます

おいしい食べ物を通して、人と人の反応が生まれる瞬間――
そんな場面を書くのが好きです。
あなたの楽しみになるよう、更新していきます!


jq7qlwr6lv5uhtie2rbp8uho30kr_zjl_2bc_1jk_5lz4.jpg
『たぬきの嫁入り3』へ



〇 更新情報はX(旧Twitter)にて

▶https://x.com/aiiro_kon_



〇 ご感想・一言メッセージをどうぞ

→ マシュマロ(匿名)
https://marshmallow-qa.com/ck8tstp673ef0e6



〇 新しい話の更新をお届け

こちら ↓ で、『お気に入りユーザ登録』お願いします。
(非公開設定でも大丈夫です)
▶▷▶ 藍色 紺のマイページ ◀◁◀




いいねや反応を伝えてもらえると、
新しい物語の活力になります☺️


本日もお読みいただき、ありがとうございました。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ