58話 ぽこと離れて国境へ③
危険を回避しながら国境を目指して六日目になる。
「問題なく進めば、明日には国境の村に着きます」
全員から歓声が上がる。
今年は雪が深いから、想像以上に時間がかかっている。
気分よく雪に埋まった林まで来たら、枝に赤い布が結んであるのを見つけた。
これは、狩人が罠を仕掛けている目印だ。
今までなら、素通りできたが、気になってしまう。
初めて会ったとき、ぽこは木の根に脚を挟まれていた。そんなとろくさいのが罠にかからないはずがない。
林の中に入り、罠を探しながら歩く。
俺以外誰も道を知らないのだから、少々寄り道してもいいだろう。
すぐ狩人が見つかった。
罠をかけ直している狩人の脇で、何か獲物がぐったりしている。
「おぉい! 何が獲れた?」
後続を引き離して、狩人の元へ急いだ。
俺の声に、驚いた狩人が立ち上がった。
足元の獣はたぬきに見えるが、幸い、ぽこの毛色ではなかった。
「なんだぁ? こんな時期に、おめぇら何者だね?」
安堵の息を吐きながら、しくじったと思った。
貴族を道案内しているが、不用意に部外者に知られていいか知らない。
「王立貴族院の調査の旅の者です」
いつの間にか執事が俺の隣に立ち、それらしい嘘をつく。
狩人は、聞き取れなかったようだが、一向に貴族がいるとわかり、跪いた。
「突然声をかけて、悪かった」
狩人と別れ、本来の道へそれとなく戻る。
頭の中では、不吉な予感が渦を巻く。
翌日の昼頃、予定していた国境の村に着いた。
俺の故郷だが、家族はもう誰もおらず、村を出て十数年も経てば、知り合いはほとんどいない。俺が勝手に知っているだけの村だ。
貴族は、たちまち機嫌がよくなった。
温泉宿を借りたが、先に貴族が一人で入った。
俺たちが温泉に入れたのは、もう夜も遅くなってからだった。
護衛四人と湯に浸かる。
防寒具から出て雪焼けした目元だけでなく、耳や首迄真っ赤なのは、酒が入っているからだ。
温泉に酒を持ち込み、洗い桶に雪をたっぷり入れて、温泉の外でキンキンにヴァダーを冷やす。
湯で火照った身体に、冷えてとろとろになったヴァダーを流し込むのがうまい。
酌をし合い、笑い合う。
この七日間で、俺は護衛四人と気心しれるようになっている。
「あの氷鳥との戦いっぷりには惚れたね!」
「一刀両断でばっさばっさだもんなぁ! 氷鳥の群れもベテランさんに夢中になってよぉ!」
共に苦労し、襲い掛かってくる魔物を駆除した。
護衛の中の一人は治癒士で、元冒険者だったらしく、盾役と治癒士の闘い方を知っていた。
怪我を恐れずに魔物の群れに突っ込み、片っ端からぶん殴るのは快感だ。
大屋根山で味わった盾役としての興奮は、他では得難い。
長い間、目を反らしてきた己の闘志が心の底に着火して傷をなめる。
あんな戦い方を楽しんでいれば、丸薬が必要になってしまう。今さら仲間を探すような歳でもない。
頭を冷やすために、湯から出て、その辺りの岩に座る。
護衛の四人は、貴族の元で働いて長いらしく、互いの家族の話題で盛り上がっている。
彼らは、冒険者を辞め、定住し、それぞれの家庭がある。
俺とは大きく違う。
温泉はいいな。
インマーグの街に温泉はない。
温泉宿をやるのなら、インマーグの街から出なければならない。
頭の中で、温泉のある村をいくつか候補に出してくる。
この中で、ちょうどよく引退したい老夫婦はいるだろうか。
もし、温泉宿をやるのなら、そこには――。
「ベテランさんは女はいねぇの?」
普段なら、適当にやり過ごしているはずの質問。
ぼんやり思い浮かべていた、淡い金色の毛並みのイメージを打ち消せずに、酒にむせた。
「おぉ⁉ こりゃいるな」
「本気のやつだぞ」
護衛四人が大笑いする。
行きずりの彼らに話すのも、まぁいいだろう。
己に言い訳をして口を滑らせる。
「押しかけ女房がいてね」
「なんすかそれ?」
「押しかけられて終わり?」
「んなわきゃないでしょ。温まった釜戸にパン種はつっこまにゃあ!」
黙ってしまった俺を見て、また四人は笑った。
「ないわー。ない」
「あの戦いっぷりで、そっちは奥手なのぉ?」
「女はね、待ってるのよ。抱いてやればお互い幸せなんだからさ!」
一番歳上の護衛が、若いのに裸で抱き着いて、ブチュッと唇を奪った。
叫び声が響く。
暴れて湯が溢れ、夜空に湯気がもうもうと立ち上る。
「ほらな? 大喜びだろ?」
「喜んでねぇ!」
「別れるとか別れないとか、博打みたいなもんよ? その時を楽しまないとね」
年季の入った言葉に、妙に納得してしまう。
あぁ、そうか。考えすぎか。
時には欲望のままに、ぶつかってみよう。
動き出す頃合いだ。





