56話 ぽこと離れて国境へ①
悪態をつきながら、納屋で装備を整える。
全身鎧に防寒具、武器だけでなく、雪山で寝るのを想定した用意に、火を起こす松かさや保存食も入れる。
「ったく、お貴族様ってのはこれだから嫌になる」
❄
今朝、早い内にクエスト屋から使いっぱしりの少年が来て、俺に招集がかかった。
クエスト屋受付に会うのが気まずいが、仕事だから仕方なく出向くと、俺を名指してお貴族様からクエストが出ていた。
とある貴族の執事だと名乗った針金のように細い男は、口頭でクエストを告げた。
クエスト内容 : 尾根伝いに隣国へ抜ける案内
達成報酬 : 大金貨二枚
達成条件 : 指定ポイントへ案内が成された場合のみ
「お断りします」
昨日、遭難したヤツは、この仕事を言いつけられてあんな目に遭った。それを書面にも起こさずに依頼してくるなんて胡散臭さ過ぎる。
書面は契約だ。いくら高額褒賞が鼻の先にぶら下げられても、破られる可能性のある契約は結べない。
「はっきり申し上げましょう。書面に残せぬのは、内々の仕事だからです。褒賞の保証は致しましょう」
執事が、前金だと言ってから、大金貨一枚を机に乗せた。
「生憎、金に困っちゃいない」
若いときならいざ知らず、金が積まれることが厄介な仕事であることを俺は理解している。金がないならないなりの生活ができるのが、独り身のいいところだ。
「お前以外に頼めるやつがおらんのだ。引き受けてはくれないだろうか」
横からクエスト屋所長が口を出してくる。
所長にこう言われたら、理由を聞かないわけにはいかない。
部屋の片隅で、遭難者と仲間が俺たちの話に耳を傾けているのがわかる。
目の前の執事と、遭難者は仲間のはずだ。今、道案内に俺を雇うということは、遭難者が放っていかれるという意味だ。
己がしくじった仕事を、割り当てられる俺に、何らかの感情を持っているだろうが、生憎、他人の気持ちを思いやれるような余裕はない。
昨日もそうだが、今、冒険者が俺以外、インマーグにいないのは分かる。
いないのだから、クエスト受注者なしでそれで済む話のはずだ。なのに、わざわざ俺を呼びつけた。
クエスト屋所長が引くに引けない理由があるのだろう。
肩をすくめて、話の続きを聞くつもりがあるのを示すと、執事は話し始めた。
「インマーグから尾根伝いに国境までの道は、ベテランさんが一番お詳しいとのこと。我々は、失敗するわけに参りません」
クエスト屋所長を見てしまう。
俺が育った村は、国境にある。それを知っているのは、クエスト屋所長だけだ。
こんな情報を引き出してくるなんて、どういうつもりだろうか。
「俺の知ったことではない」
執事は、腕を組み直した。
「お金では釣られない。名誉が欲しいわけでもないのでしょうね。では、攻め方を変えましょう。道案内が成功すれば、王都の図書館へご招待致します。そうですね、特別展示室への入室許可書もお付けしましょう」
俺の眉が動き、執事は満足そうに口角を上げた。
あぁ、そうかい。そんな情報まで提供するってわけだ。
クエスト屋所長は、俺の面倒を見てくれたが、親ではない。仕事上での付き合いなのだから、俺を都合よく動かすためなら、些細な情報でも使う。
俺とて、単なる親切心でベテランさんに仕立て上げられたとは思っていない。
昨夜もぽこは見つからなかっし、帰ってこなかった。
だが、帰ってきたら、王都の図書館へ連れていってやれるとすれば、どれほど喜ぶだろうか。
迷宮に連れて行く気にはなれないが、それくらいなら付き合ってもいい。
「いいだろう。数日は雪は降らなさそうだしな」
「では、今日出発します。ご用意を」
今日だと?
執事は、あり得ないことを言って出て行った。
思わず開いた口を閉じ、最初にクエスト屋所長を見て、首を振られる。次に遭難者を見たら、布団に潜り込むところだった。仲間たちは俺と目を合わさぬようにしている。
お気の毒様ってこった。さすが大金貨の仕事。
❄
「雪がなくとも、国境まで四日はかからぁ。俺がいない間にぽこが帰ってきたら……」
納屋の中で、ぽこへ手紙を書き残した。
帰ってきたときに、まだいなかったら、もうぽこは帰ってこないのかもしれない。
覚悟をしよう。
未練がましいより、いっそ清々しいやもしれない。





