45話 ぽこと籠編み
インマーグの街は、険しい山々の尾根にあるため横に長い。
尾根伝いにある川に沿って道と街があり、ほぼ中央に教会と水飲み場がある。
人々は祈りのために教会に集まり、教会と水飲み場の周りに広がった朝市で買い物する。
昼も過ぎて、店じまいを始めた朝市をぽこと通れば、各店の主人から声がかかる。
「ほら、ぽこちゃん、これ持っていきな!」
パン屋の主人から、三日月の形をした甘いパンを貰ってしまった。
恐縮する俺に対して、各店の主人の風当たりは強い。
ぽこは俺の押しかけ女房を自称しているわけだが、はて、どういうわけで市場の主人たちは、うちの妻に愛想よくし、その主人に塩対応なのか。
さっぱり理解できないが、もう否定する気もない。
顎髭を撫でながら、ぽこの後ろをついていく有様だ。
「商工会議所はどっちですか?」
「教会の三軒奥だ」
もう十年来入ったことのない教会を通りすぎ、ぽこが待つ商工会議所の前に追いついた。
元は何か店を営んでいたらしい古い建物だが、手入れはされている。今は真冬なのでうら寂しいが、春になれば婦人会が植えた花々で華やかになる。
ぽこは、今日、その婦人会に呼ばれている。
ここ数年、商工会議所の所長は粉屋の主人が務めている。婦人会は商工会議所所長の奥さんが会長を務める習わしになっており、粉屋の奥さんは気難しやの世話焼きで有名である。
そんな婦人会会長にぽこは目をかけられているのだ。
ぽこの作った籠は、粉屋の奥さんの目に一番最初に留まった。
「この模様、あんたどこで習ったの?」
「母から習いました」
籠の編み方は地方によって違いがあるらしい。俺にはいまいち区別ができないが、御婦人方は目ざとくぽこの変わった編み方を見つけた。
「あんた、どこの生まれ?」
「丸湖様の奥です」
「あんな高いところに集落があったかしら?」
丸湖様のある赤壁山の向こう側は、別の国で、行き来はさほどない。
粉屋の奥さんは、あっち側の国のことだろうと納得したらしい。
「あんたの家には、古い編み方が残っているようだね。ぽこちゃんの作った籠は、うちで売ってあげるよ」
「ありがとうございます!」
こんなやり取りがあったのは、大屋根山から帰った後すぐのことだ。
ぽこの籠は、人気になってしまった。
婦人会会長の口利きがあっただけでなく、見た目が珍しい上に、丈夫らしい。
だが、ぽこが片手間に作る籠の数なぞ知れている。
量産して欲しいという消費者の声に、ぽこは、夜なべを始めた。
「徹夜はよくない」
「一徹くらい平気です」
ぽこはなかなか強情で、意地っ張りで、働き者である。
働きすぎだと何度言ってもきかない。
よく働く妻は感心だが、俺はぽこに健康でいて欲しい。
顎髭を撫で、熱心に籠を作るぽこを一階に置いたまま、二階に上がる。
ベッドに入り、呻いてみせる。
「あぁ、ベッドが冷たくていかん。いつもは湯たんぽがあるのだが……」
一階で椅子から立ち上がる音がする。
「はぁ、やれやれ。仕方ない。我慢するしかないようだ」
階段梯子が軋む音がして、ぽこが目から上だけを、突き出す。
「おいで」
上掛けの羊毛布団をめくってやれば、階段梯子で爆風が上がり、たぬき姿のぽこが胸元に飛び込んでくる。
「おぉ、よしよし」
頭から尻尾の先までまんべんなく撫でてやれば、ぽこは目を細める。
「いい湯たんぽだ」
暫く続ければ、寝息が聞こえ始める。
これの繰り返しで、ぽこはとうとう夜なべをするのを諦めた。
譲らない俺と、粉屋の奥さんの間に挟まれて、ぽこは困り、粉屋の奥さんに妥協案として、婦人会で編み方を教えてはどうかと言われたのだ。
「じゃ、ぽこは行ってきますね」
「本当に、教えちゃっていいのか?」
「大丈夫です。知識は共有するものですし、それでも編めない人向けに籠を売る程度しか、私は作れませんから」
俺としては、ぽこに健康でいて欲しいだけで、籠編み職人として生きるのもありなのだが、ぽこにも考えがあるのだろう。
では、もう何も言うまい。
手を振って、商工会議所の中にぽこが入っていくのを見て、俺も本日の仕事へと出発する。
婦人会の顔ぶれというのは、つまりは商工会議所に属している商店の皆さんの奥方の集まりだ。
商店の旦那たちは、皆、ぽこを可愛がってくれる。
自分の旦那が、おまけをしまくるぽこを奥方たちがどう思っているのか。考えるだけで恐ろしい。
できることなら、一緒に行ってやりたいが、この時期、俺は老人宅の雪下ろしで忙しい。
冒険者たるもの、住民の困りごとに駆り出されるものだ。
十年もこんなことばかりしているので、新人が来れない冬場でも、仕事に困ることはないのだが、今日はそれが歯がゆくもある。
まぁ、仕方ないだろう。
俺が一緒にいてやっても、できることは殆どない。
雪を踏みしめながら、午後の雪下ろしの家を目指す。





