戦慄の(?)キノコ鍋(好事百景【川淵】出張版 第十六i景【鍋もの】)
いろいろ、閲覧注意?(笑)
※ しいな ここみ先生主催の【梅雨のじめじめ企画】参加作品です
「そしたら、そのゾンビの顔にはキノコがびっしりでさぁ。
なんと、そのキノコこそが本体で、死体を操って繁殖してたってわけ」
栄治のやつは、まるで自分が体験したかのように語ってみせるけれど、こんなのよく聞く怪談だ。
それにしても、仲のいい友達3人で、キノコ鍋をつついてるときにする話じゃあないだろ。
「ふぅん。
それで、そのキノコが。いま、わたしたちが食べてるキノコってわけね?
食後は、3人仲良くゾンビかしら。」
からかうように果織が、シャツのボタンをもうひとつはずしながらまぜっかえす。なんせ、夕方とはいえ、この夏場に鍋だ。屋外でバーベキューよりはマシかもしれないが、6月下旬の蒸し暑さは、クーラー1台でやっつけられるものでもないからな。
だけど、果織が。こうもサービス精神旺盛に、シャツのボタンをはずして、そのたわわな双丘がつくる渓谷をおがませてくれるのは、蒸し暑さのせいだけではなかった。どうやら、襟がきっちりしたシャツに、背中側の首もとがきついせいらしい。
「いやいや。
たしかにキノコを調達してきたのは、おれだけどよ?
鍋をやろうって言い出して、機材を用意して部屋に呼んだのは哲雄だし。ネギならまかせてって、勢いこんだのは、果織、おまえだぜ?
そんじゃあ、おれは何を用意すればいいんだって話になって、キノコを持ってくるように、おまえたちが決めたんじゃんか。
そしたら、ちょうどおれがキノコゾンビで、おまえたちにそのキノコを食べさせるチャンスだなんて、そんな偶然あってたまるか」
笑いながらも、勘弁してくれといったふうの栄治に、おれも果織もかたちだけあやまってみせる。こんなのは、いつもの馬鹿話なのだ。
さて、鍋が進むなか。煮られる食材の在庫に、かたよりがうまれてきた。これも、栄治が調達をはりきってくれたおかげだ。つまりは、残った具材がキノコばかりになったのである。
「んだぁ、白菜、もうねえのかよ?」
文句をたれながらビールを注ぐ栄治。
あいにく、おれのちいさな冷蔵庫は、その腹におさめた野菜をすべて吐き出しきってしまった。
「ふぅ。しょうがないわね。
ネギでいいんでしょ?
残り3本、使っちゃいましょう」
そう言って果織は、じぶんの背中の首もとに手をまわし。シャツの襟をきつくしていたネギを、そこから3本、引っこ抜いた。
「切ってくるから、ちょっと待ってて」
抜いたネギのぶん、首もとに余裕ができたからだ。はずしていたシャツのボタンを、ひとつ、ふたつとはめ直しながら。台所へ向かう果織を、おれは未練がましいような目で見送るしかなかった。
「……なあ哲雄。
どう見ても、あのネギ、果織の背中からはえてるよな?
だって根っこがついてやがるし。果織のやつ、ひっこ抜くとき、ちょっと痛そうな顔してやがったぜ?
これじゃあ、ゾンビのもとはキノコじゃなくて、むしろ——」
なにやら、ひそひそおれに耳打ちする栄治であったが、おれにはまったくその言葉は届かない。
果織のシャツに、首もとのうしろからのびていたネギが。彼女の背中から直接はえていたのだろうと、買い物カゴから飛び出す感じで、なぜかシャツの中に収納していただけだろうと。そんなの、おれにはたいした問題ではなかったのだ。
ああ、おれにはもっと、だいじな問題がある。
「おまたせ〜」
ネギを皿に帰ってきた果織のシャツのボタンは、やはりきっちりとしめられていた。首もとのきつささえなければ、この蒸し暑さも関係ないらしい。
ネギを箸にしながら、今さらながら、おそるおそる口に運ぶ栄治。時折、助けを求めるような視線をこちらに送ってきたけれど。
おれには、それすらもどうでもいいことだったんだ。
いまはシャツのボタンにとざされてしまった、たわわな双丘がつくる渓谷。鍋の追加食材を得るために、おれはその眺めを失ってしまった。
この喪失感にくらべれば、このあと、おれと栄治がネギゾンビに成り果てたとしても、たいしたことじゃない。
いや、いっそのこと——。
背中の首もとからのびるネギが、シャツの襟をきつくするおかげで。世の女のコたちがボタンをはずして、その胸の谷間を、これでもかと見せてくれるのなら。
ネギゾンビが蔓延する社会も悪くないように思えたおれは、この蒸し暑さに参って、正気を失っていたのであろうか?
それはそれとして、とにかく!
つぎに鍋をやるときには、ネギだけは冷蔵庫から切らさないようにしよう。
強く心に誓った6月下旬の夕方だった。
あら、怖い?