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第6章 星々の自律

『嘆きの谷』におけるオペレーション・リジェネシスの成功は、アルカディアの名を水面下で決定的なものとした。長年解決不可能とされていた紛争と厄災の複合問題を、既存のいかなる組織も成し得なかったシステム的なアプローチで解決へと導いた謎の組織。その存在はもはや単なる辺境の噂話ではなく、無視できない現実として、各国の情報機関や世界の行く末を左右するであろう権力者たちに、強い関心と畏敬、あるいはそれ以上の強い警戒をもって認識され始めていた。


アルカディア・ベースの、外部とは完全に隔離された秘匿通信システム『サイレント・ウィスパー』には、堰を切ったように多種多様な、そしてより大規模で複雑な依頼や、協力、あるいは技術提供の要請が、様々な公的・私的なルートを通じて、洪水のように舞い込むようになった。その内容は、特定の強力な魔獣討伐や、危険な古代ダンジョンの攻略といった従来の冒険者的な依頼に留まらず、原因不明の広域疫病調査とその対策、他の紛争地域における停戦調停の仲介、未発見の古代遺跡や異次元空間の共同調査へと広がっていた。果ては国家レベルでの社会インフラ整備計画に関する技術的アドバイスや、厄災後の新たな産業創出のためのコンサルティングまで、極めて多岐にわたっていた。アルカディアが目指す「世界の非効率と理不尽を最適化する」ための活動領域は、僕たちの成功と共に、確実に、そして急速に広がっていた。アルカディアは、望むと望まざるとに関わらず、世界の様々な問題解決における「最後の砦」あるいは「切り札」のような存在として、認識されつつあったのだ。


しかし、その急速な成長と輝かしい成功は、同時に、新たな、そして組織にとっては避けては通れない「痛み」をもたらし始めていた。いわゆる「成長痛」である。メンバーの数が増え、アルカディアが同時並行で扱うプロジェクトが多様化・複雑化するにつれて、僕やセレスティアといった少数の創設メンバーを中心とした中央集権的な指揮系統と、僕らに集中する意思決定プロセスに、明らかな限界が見え始めてきたのだ。


ある時、僕の私室にある端末に、情報センター『オラクル』の司令席からセレスティアの声が届いた。「ヨシツネ、西部の砂漠地帯で新たに発生した、原因不明の大規模『魔力嵐』への対処について、最終戦略プランの承認をいただきたいわ。関連データと複数の対処オプション、それぞれのリスク分析は添付した通りよ。現地の状況は刻一刻と悪化している。可能な限り早く、あなたの判断を仰ぎたいのだけれど」。普段通り冷静な声にも、わずかに焦りの色が滲んでいるのが分かった。画面に映る彼女の顔にも、隠しきれない疲労の色が見えた。彼女は、僕の驚異的な判断力と実行力を誰よりも信頼していたが、同時に、僕一人に全ての重圧がかかっている現状に、言葉にできない不安と、僕への個人的な気遣いのような感情も抱き始めていた。(このままでは、ヨシツネが…)


だが、彼女の言葉が終わるか終わらないかのうちに、別の優先通信ラインが強制的に開いた。実行部隊『ガーディアン』のサブリーダーからだった。「お待ちください、セレスティア分析官! その前に、北部山岳地帯で新たに発見された古代ゴーレムの再起動の兆候について、緊急報告が入りました! ライオス隊長率いる先行調査隊からの報告によれば、ゴーレムの活動レベルが予測を大幅に上回って上昇中であり、周辺の村落への被害が差し迫っていると判断されるとのこと。ヨシツネ司令、即時のご判断が必要です! 我々後続部隊への出撃命令を!」。切迫した声が響き、ディスプレイの隅にはリアルタイムで送られてくる古代ゴーレムの不気味な活動データが表示されていた。現場の人間にとっては、目の前の脅威こそが世界の全てであり、司令部の承認遅延は死活問題だった。


さらに、ほとんど間を置かずに、技術開発ラボ『メイカー』から別の通信要求が入った。「あ、あの、ヨシツネ様、フィリア様、『対呪術用広域防御結界』の試作品がようやく完成いたしました! つきましては、実地テストの実施承認と、それに伴う追加の予算申請について、お手すきの際にご確認いただけますでしょうか…? あ、いえ、お忙しいところ大変申し訳ありません! しかし、この結界があれば…!」。若い研究員からの遠慮がちだが緊急性を要する連絡で、声には期待と焦りが混じっていた。彼らにとっては、自らの研究成果を早く世に出したい、アルカディアの力になりたいという純粋な想いが、時に組織全体の優先順位を見えにくくさせることもあった。


僕の元には、今や、アルカディアのあらゆる部門から、大小様々な報告、相談、承認依頼が、文字通り洪水のように押し寄せるようになっていた。僕がどれほど優れた情報処理能力と並列思考能力を持っていたとしても、物理的な時間は有限であり、僕の身体は一つしかない。僕やセレスティアの承認待ちが組織全体のボトルネックとなり、重要な意思決定に遅延が生じ、刻一刻と変化する現場の状況に迅速に対応できないケースが出始めていた。組織が大きくなるにつれて、末端の状況や新メンバーの状態を正確に把握することも難しくなり、時には実情と乖離した指示を出してしまう危険性すら生じ始めていた。アルカディアという、僕が理想として設計したはずのシステム自体が、皮肉にも、その成功ゆえに、肥大化し、硬直化し始める兆候が明らかに見えていた。


「……これでは、いずれ組織は自らの重みで動きが取れなくなり、崩壊する。非効率、極まりないな」。ある夜、僕は自室で、目の前の報告書の山と承認待ちリストを前に、深く重いため息をついた。壁の鏡に映る自分の顔には、自覚以上の疲労の色が浮かんでいた。それは、かつての『暁の翼』で感じた孤独とはまた違う、システム全体の責任を負う者としての、重く、冷たい疲労感だった。


「ええ。明らかに、組織の規模と活動範囲が、初期設計時の想定を遥かに超えてしまったのよ」。僕の思考を読んだかのように、セレスティアが僕の部屋に入ってきた。手にしたデバイスには、未来の組織モデルに関するシミュレーション結果が複雑なグラフと共に表示されている。「現在の、あなたと私に権限が集中するトップダウン型のモデルは、初期フェーズでは有効だった。でも、今のアルカディアには、もはや適合していないわ。このままでは、今後半年以内に組織全体のパフォーマンスは最低でも30%以上低下し、メンバー、特に現場に近い者の意欲も著しく低下するでしょうね。燃え尽きや指示待ち人間の増加も懸念されるわ。それは、あなたが最も嫌う『非効率』そのものでしょう?」

彼女の言葉は冷静な分析に基づいていたが、その紫色の瞳の奥には、僕の負担を少しでも減らしたいという個人的な想いが、隠しようもなく揺らめいていた。彼女は、僕が一人で抱え込みすぎていることを、誰よりも心配していた。


「問題は明確だね」と僕は静かに頷いた。「では、どうすればいい? 組織は生き物と同じだ。成長に合わせて自らその形を変え、構造を進化させなければ、変化する外部環境に適応できず、いずれ淘汰される。僕たち自身が、このアルカディアというシステムを、次の段階へと『進化』させなければならない時が来た、ということだ」


僕とセレスティアは、その後数日間、アルカディア・ベースの最も静かな一室に籠り、外部との連絡を最小限に留め、徹底的な議論を重ねた。歴史上の組織論、国家や企業の成功・失敗事例、自然界の生態系の自己組織化メカニズム、さらには僕が知る異世界や失われた古代文明の社会システムまで参考に、現在の、そして未来のアルカディアにとって最適な組織構造とは何かを、あらゆる角度から模索した。互いの知性をぶつけ合い、時には激しく意見が対立することもあったが、その根底には、アルカディアをより良くしたい、そして互いを支えたいという強い想いがあった。


僕らが導き出した結論は、単純な分業化や安易な階層の追加ではなかった。むしろ、中央集権的な管理体制からの大胆な脱却と、より柔軟で自律的な組織構造への移行だった。僕個人の超人的な能力に過度に依存する組織から、メンバー一人ひとりの能力と主体性を最大限に活かし、組織全体として継続的に学習し、変化し、進化し続ける『自己組織化システム』への変革。それは、僕自身が絶対的な影響力を手放すことをも意味する、大きな決断だった。


――――――――――


後日、アルカディア・ベースの主要メンバーが全員集まる全体会議が招集された。場所は、円卓を囲むように配置された座席が特徴的な、最新のホログラム設備を備えた大会議室。僕、セレスティア、ライオス、シルフィ、フィリア、そして渉外部門リーダーであるエリオット。僕ら中核メンバーが円卓につき、その後ろには各部門の主要スタッフやチームリーダーたちが、緊張した面持ちで控えている。部屋の中央には、僕とセレスティアが練り上げた、新たな組織構造案が複雑な立体モデルとして浮かび上がっていた。


僕は、まず現状の課題と、組織改革の必要性について、冷静に、そして率直に説明した。そして、提案する新たな組織構造――機能別部門への大幅な権限委譲、マトリクス運営の強化、そして自律分散型チーム(ADT)の実験的導入――の概要を、明確な言葉で提示した。それは、これまでのアルカディアの常識を覆す、野心的で、そして多くのメンバーにとっては、不安を掻き立てる内容だった。


会議室には、驚き、戸惑い、期待、そして隠せない不安が入り混じった、重く、しかし熱気を帯びた空気が流れた。これまで僕のリーダーシップと、セレスティアの正確な分析の下で、明確な指示を受けて動くことに慣れていたメンバーにとって、この変革はあまりにも大きなものに感じられただろう。


沈黙を破ったのは、やはりライオスだった。長年、王国騎士団という厳格な規律と明確な指揮命令系統の中で生きてきた彼は、眉間に深い皺を刻み、重々しく口を開いた。

「…司令、セレスティア分析官。お考えの意図は理解できます。組織の成長に伴う変化の必要性も。しかし、現場への過度な権限委譲は、規律の緩みや指揮系統の混乱を招き、結果として組織全体の統制を失わせる危険はないのでしょうか? 特に我々が対峙しているような、一瞬の判断ミスや連携の乱れが、部下や我々自身の命取りになりかねない状況において、この改革はあまりにもリスクが大きいのではないかと、愚考いたします。リーダーの明確な指示と責任こそが、戦場における生命線であると、私は信じております。それに…失礼ながら申し上げれば、ヨシツネ司令、あなたの持つ常人を超えた判断力と先見性こそが、我々アルカディアの力の源泉ではなかったのですか? その力を、自ら手放すかのような改革は、我々を弱体化させることには繋がりませんか?」

彼の声には、組織の未来を真剣に憂う響きと、僕というリーダーへの、ある種の依存にも似た信頼、そしてその力を手放すことへの不安が滲んでいた。


「あらあら、相変わらず頭が固いわね、石頭のお爺ちゃん」

ライオスの言葉が終わるか終わらないかのうちに、シルフィが足を組み、面白そうに、しかしどこか挑発的に口を挟んだ。彼女は僕の方を見ながら、しかし明らかにライオスへの当てつけのように言った。

「命令されるのは大っ嫌いだし、自分たちで好きに動けるってのは、あたし好みで大歓迎だけど。でもさぁ、ライオス爺さんの言うことにも一理あるんじゃない? ヨシツネさん、あんたが全部決めちゃえば、一番早くて確実なんでしょ? あんたの力は、そういうレベルなんだからさ。わざわざ、あたしたちみたいな凡人に判断任せて、失敗したらどうするの? それって、あんたの言う『効率』に反するんじゃないの? ま、あたしは失敗しても知らないけどね」

彼女は肩をすくめて見せたが、その言葉の裏には、僕の能力への絶対的な信頼と、同時に「なぜそこまでして私たちに任せるのか?」という、僕の真意を測りかねるような、複雑な感情が見え隠れしていた。(あんたが居なくなるわけじゃないんでしょ…? ちょっとだけ、自由にやらせてくれるってだけなら、まあ、いいけど…)


そして、フィリアは、しばらく腕を組み難しい顔で俯いて考え込んでいたが、やがてゆっくりと顔を上げ、その翡翠色の瞳で僕を真っ直ぐに見つめた。

「ふむ…現場の判断を尊重し、自由な発想を奨励するという考え方自体は、特に我々研究開発の分野においては、悪くない、むしろ推奨されるべきことでしょう。革新というものは、しばしば管理の外側から生まれるものですからな。それに、司令。あなたの知性が、我々の組織にとってどれほど重要か、そしてその負担がどれほど大きいかは、私なりに理解しているつもりです。あなたが、少しでもその重荷から解放されるというのなら、それは良いことなのかもしれません」

彼女は一度言葉を切り、そして、より深刻な表情で続けた。

「しかし、ですな。この改革案、特に自律分散型チームとやらは、理想的に過ぎるように聞こえますぞ。メンバー間の高い信頼? 心理的な安全性? 結構ですな。ですが、人間というものは、残念ながら、常に合理的で、善意に満ちているわけではない。自由を与えられれば、怠ける者、責任を回避する者、あるいは…密かに私利私欲を追求する者も、必ず出てくるでしょう。特に、我々のように、それぞれ異なる背景と価値観を持つ者が集まった組織においては、なおさらですぞ。かつて、私も理想を掲げた組織で、内部の裏切りや対立によって、全てが崩壊するのを目の当たりにしました。この改革は、組織の結束を強めるどころか、逆に内部からの崩壊を招く危険性を孕んではいませんかな? ヨシツネ殿、あなたのその理想は…少し、人間というものを、信じすぎてはいませんか?」

彼女の言葉には、過去の苦い経験からくる深い警告と、僕の、時に人間離れして見える純粋さや理想主義に対する、心配にも似た感情が込められていた。彼女は、僕が再び傷つくのを見たくない、という老婆心のような気持ちも抱いていたのかもしれない。


これらの、それぞれの経験と立場に基づいた、感情のこもった真剣な懸念や意見が飛び交う中、会議室の空気は重く、緊張に満ちていた。メンバーたちの視線は、中央に立つ僕へと注がれていた。僕は、これらの、時に厳しい指摘や疑問に対して、どのように答えるのだろうか。


僕は、しばらく黙って彼らの言葉に耳を傾けていた。そして、ゆっくりと口を開いた。僕の声は、いつものように穏やかだったが、その響きには、揺るぎない確信と、そして仲間たちへの深い信頼が込められていた。


「ライオス、シルフィ、フィリア。そして、ここにいる全ての仲間たち。君たちの懸念は、もっともだ。そして、その率直な意見に感謝する。確かに、この改革にはリスクが伴う。僕がこれまで担ってきた役割を手放すことで、一時的に組織が混乱したり、効率が低下したりする可能性もあるだろう。人間は、君たちが言うように、時に弱く、間違いも犯す。自由は、時に規律を乱し、信頼は、時に裏切られることもあるのかもしれない」

僕は一度言葉を切り、そして、より強い意志を込めて続けた。

「でも、それでも僕は、この道を選ぶ。なぜなら、アルカディアは、僕一人の力で未来永劫支えられるような、脆い組織であってはならないからだ。僕が目指すのは、僕がいなくなったとしても、アルカディアの理念とシステムが自己進化を続け、持続可能な形で世界に貢献し続ける未来だ。そのためには、組織の力が、僕個人から、君たち一人ひとりへ、そして組織全体へと、移譲されなければならない。アルカディアは、メンバー全員の知性と意志によって動く、真の『生命体』へと進化しなければならないんだ」


僕は、ライオスに向き直った。「ライオス、君の言う通り、リーダーの判断は重要だ。でも、それは絶対的な命令である必要はない。僕はこれからも、全体のビジョンを示し、困難な局面では最終的な判断を下すだろう。だが、日々の運営や現場での判断は、君たちリーダーと、そして現場のメンバー自身が、責任を持って行うべきだ。規律は重要だ。でも、それは思考停止のためのものではなく、自律的な判断を支えるための基盤であるべきだと、僕は考える。君には、そのバランスを取る、難しい役割を担ってほしいんだ」


次に、シルフィに視線を向けた。「シルフィ、君の言う『効率』は、短期的には正しいかもしれない。でも、長期的に見れば、僕一人に依存する組織は、極めて脆弱だ。僕が倒れれば、全てが終わってしまう。それは、僕が最も避けたい未来だ。君たち一人ひとりが考え、判断し、時には失敗から学びながら成長していくことこそが、組織全体の真の『効率』と『強さ』に繋がると信じている。君の持つ、常識に囚われない視点と、鋭い直感は、これからのアルカディアにとって、ますます重要になるだろう。失敗を恐れず、自由に、君らしく、この組織に新しい風を吹き込んでほしい」


そして、フィリアへと、深い敬意のこもった眼差しを送った。「フィリア、君の経験と警告は、僕たちにとって何よりも貴重なものだ。君の言う通り、人間は完璧ではない。だからこそ、僕たちは『システム』を必要とするんだ。透明性の高い情報共有、明確な役割と責任、公正な評価制度、そして何よりも、互いへの信頼を醸成するための、不断の努力。僕たちは、人間の弱さを前提とした上で、それでも理想を目指せる組織を、創り上げなければならない。君には、その技術的な知見だけでなく、その深い叡智と倫理観をもって、僕たちが道を誤らないように、厳しく、そして優しく、見守り続けてほしい。君の存在そのものが、アルカディアの良心となるだろう」


最後に、僕は会議室全体を見渡し、力強く、しかしどこか温かみのある声で締めくくった。

「この改革は、僕から君たちへの、絶対的な信頼の表明だ。僕は、君たち一人ひとりの能力と、アルカディアの理念への共感を、心の底から信じている。もちろん、全てが最初から上手くいくとは思わない。多くの困難や試行錯誤があるだろう。でも、恐れる必要はない。僕たちは、このアルカディアという場で、互いに学び、支え合い、共に成長していくことができる。問題が発生すれば、全員で知恵を出し合い、解決すればいい。失敗すれば、そこから学び、システムを改善すればいい。重要なのは、立ち止まらないこと、そして、互いを信じ続けることだ。共に、このアルカディアを、次のステージへと進化させようじゃないか」


僕の言葉は、会議室の重い空気を、ゆっくりと、しかし確実に変えていった。僕の、リーダーとしての絶対的な自信と、同時に、仲間たちへの揺るぎない信頼。そして、未来への明確なビジョン。それは、メンバーたちの心に深く響き、不安を和らげ、新たな挑戦への意欲を掻き立てた。


ライオスは、まだ完全には納得しきれていない表情ながらも、僕の覚悟と信頼を受け止め、深く頷いた。「…司令のお覚悟、承知いたしました。このライオス、全身全霊をもって、新たなアルカディアの規律の礎となるべく、努めさせていただきます」

シルフィは、悪戯っぽく笑いながらも、その瞳には真剣な光を宿して言った。「ま、そこまで言うなら、ちょっとだけ付き合ってあげるわよ。面白そうだしね。ただし、本当につまんなくなったら、即抜けさせてもらうんだからね!」彼女は僕にだけ聞こえるように、小さく「…あんたのこと、信じてるから」と付け加えた。

フィリアは、穏やかな、しかし確かな決意を込めた表情で言った。「…よろしいでしょう。この老いぼれも、もう一度だけ、理想を追うという、若々しい夢に付き合わせていただきましょうかのう。ただし、ゆめゆめ、道を誤ってはなりませぬぞ!」


他のメンバーたちも、最初は戸惑いを見せていたが、リーダーたちの覚悟と、僕の揺るぎない言葉に、次第に顔を上げ、それぞれの決意を固めていった。異論や懸念が完全になくなったわけではない。しかし、彼らは、この大きな変化を受け入れ、共に未来を創っていくことを選んだのだ。


こうして、アルカディアは、その成長段階における最初の、そして極めて重要な試練――組織構造の自己変革――へと、全メンバーの合意の下、足を踏み出した。この大胆な改革が、今後アルカディアにどのような変化をもたらすのか、それはまだ誰にも分からない。成功もあれば、手痛い失敗もあるだろう。試行錯誤の連続になるかもしれない。

しかし、確かなことは、僕らは現状維持という安易な道を選ばず、より困難で、しかしより大きな可能性を秘めた、進化の道を選んだということだ。世界が抱える、より複雑で、より巨大な問題に立ち向かうためには、僕ら自身もまた、常に進化し続けなければならないのだから。


アルカディアという名の、僕らが創り上げつつある星座は、その形を固定することなく、状況に応じて星々の繋がりを柔軟に変えながら、より複雑で、より予測不能で、しかし、より強靭な輝きを放つための、新たな軌道へと、ゆっくりと、しかし確実に舵を切ったのだった。僕らの進化は、まだ始まったばかりだった。この変革が、次に僕らが直面するであろう「見えざる手」との情報戦や、その先の最終決戦において、どのような力となるのか。それは、これからの僕らの行動と、築き上げていく新たなシステムによって、証明されることになるだろう。



【第6章 用語解説】

※ 中央集権: 権力や意思決定の権限が組織の中央トップに集中する体制。統一的な指示は可能だが、現場の状況に対応しにくい面もある。本作では、初期アルカディアのヨシツネらに権限が集中した運営方式を指し、組織成長に伴う限界から改革対象となった。


※ ボトルネック: 全体の流れの中で、処理能力が低いために全体の進行を妨げている箇所。「瓶の首」のように狭くなっている部分を指す。本作では、ヨシツネへの承認依頼の集中などが、アルカディア全体の効率や意思決定速度を低下させる要因となっていた。


※ トップダウン: 組織の上層部トップが意思決定し、下層部へ指示・命令として伝達する管理方式。本作では、初期アルカディアの運営方式。組織改革により、現場の判断を重視するボトムアップ的な要素も取り入れられた。


※ 自己組織化システム: 構成要素が外部からの詳細な指示なしに自律的に相互作用し、全体として秩序ある構造や機能を形成・維持・変化させるシステム。本作では、アルカディアが目指す理想の組織形態。メンバーやチームが自律的に判断・連携し、組織全体が環境変化に適応し進化していく。


※ 権限委譲: 上位者が持つ権限や責任の一部を下位者に任せること。部下の育成や意思決定の迅速化を目的とする。本作では、アルカディア組織改革の中心方針で、ヨシツネや中央部門の権限を各リーダーや現場チームに移譲し、自律性を促すもの。


※ マトリクス運営: メンバーが職能別部門とプロジェクト別チームの両方に所属し、複数の指揮系統の下で活動する組織運営方式。本作では、アルカディアが採用する運営方式の一つで、専門分野と任務に応じて柔軟にチームを編成する。


※ 自律分散型チーム: 特定の目的のために編成され、中央の指示なしに高い自律性を持って計画・意思決定・実行を行うチーム。変化への迅速な対応を可能にする。本作では、アルカディアの組織改革で実験的に導入された新しいチーム形態。


※ 心理的安全性: チーム内で、メンバーが不利な扱いや人間関係の悪化を恐れずに、安心して意見や懸念、失敗などを表明できる状態や雰囲気。本作では、アルカディアが重視する組織文化。メンバーが自由に発言・提案でき、失敗から学ぶことが奨励される信頼に基づいた環境を指す。


※ OS: コンピュータ全体の管理・制御を行い、アプリ利用の基盤となるソフトウェア(Windowsなど)。本作では、ヨシツネが比喩的に用いる言葉。世界を成り立たせる根本法則や社会の仕組み、あるいは厄災アルゴリズムのような惑星規模のシステム全体を指し、アルカディアは世界の歪んだOSを書き換えることを目指す。


※ PDCAサイクル: 継続的な改善手法。計画(Plan)→実行(Do)→評価(Check)→改善(Action)のサイクルを繰り返す。本作では、アルカディアが採用する考え方。作戦結果のレビュー(Check)を次の計画(Plan)に反映させ、組織として学習・進化していくプロセス。


※ ステークホルダー: 組織の活動によって影響を受ける利害関係者(顧客、従業員、地域社会など)。本作では、アルカディアの活動によって影響を受ける様々な人々や組織(住民、王国政府、ギルド、敵対勢力など)を指す。アルカディアはこれらの関係性を考慮して活動する必要がある。


※ コンプライアンス: 法令遵守。組織が法律や社会規範、倫理などを守って活動すること。本作では、アルカディアが重視する規律や倫理規定の遵守を指し、ライオスやフィリアがその重要性を説く。


※ リスクマネジメント: 組織活動に伴うリスク(損失をもたらす可能性のある不確実性)を特定・分析・評価し、回避・低減するための管理プロセス。本作では、アルカディアが技術悪用、情報漏洩などのリスクを予測し、影響を最小限に抑えるための戦略的取り組み。


※ ダイバーシティ: 多様性。組織において年齢、性別、価値観、能力などが異なる多様な人々を受け入れ、その違いを活かす考え方。本作では、アルカディアが強みとする要素。ライオス(規律)とシルフィ(自由)のような対照的な人材や、多様な背景を持つ才能を集め、個性を活かす組織を目指している。


※ フィードバックループ: システムの出力(結果)が入力側に戻り、次の行動に影響を与える循環的な仕組み。自己調整や学習に重要。本作では、アルカディアが作戦結果を次の計画に反映させるなど、組織として学習・進化していくための仕組み。厄災アルゴリズムの自己進化もこれに含まれる。


※ レジリエンス: 回復力、復元力。システムや組織が、外部ストレスや困難な状況に対し、適応し、しなやかに回復・成長していく能力。本作では、アルカディアが目指す、厄災のような危機にも壊滅せず、迅速に回復・成長できる強靭な社会システムの特性を指す。


※ インターフェース: 二つの異なるもの(システム、機器、人間など)が接する境界部分や、それらを繋ぐ手段・規約。本作では、アルカディアの各システム間の連携規約や、『オラクル・アイ』のように人間が高度な情報システムと対話するための手段などを指す。


※ プロトコル: コンピュータ通信などで情報を正しく送受信するために定められた手順や規約、約束事。本作では、アルカディア組織内での情報伝達ルールや、ライオスとシルフィの連携手順など、円滑な相互作用のための約束事や標準手順を指す。

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