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第4章 叡智の森の隠者

「頭脳」たるセレスティア。「鋼の背骨」たるライオス。「影の刃」たるシルフィ。核となる最初のメンバーが揃い、まだ形を持たない組織『アルカディア』は、確かな胎動を開始していた。彼らがそれぞれの類稀なる才能を最大限に発揮し、有機的に連携するためには、何よりもまず、安定し、安全で、そして彼らの高度な活動を技術的に支えることができる堅牢な活動拠点が不可欠だった。それは、外部からの物理的・魔術的な干渉を完全に遮断し、独自の秘匿通信網を持ち、鉄壁の防御力を備えた、アルカディアという新たなシステムが、この混沌とした世界に根を下ろし、力強く成長していくための揺り籠であり、同時に難攻不落の要塞となるべき場所。


僕は、セレスティア、ライオス、シルフィという最初の「恒星」たちをスカウトする傍らで、この「アルカディア・ベース」となるべき場所の選定と準備を、水面下で慎重に進めていた。僕の持つ膨大な知識と、異次元レベルの情報収集・解析能力、そして常人には到底不可能な物理的・魔術的な探査能力――それは時に、地脈の奥深くに流れるエネルギーの声を聞き、忘れられた古代の魔術回路の微かな残響を捉え、あるいは星々の運行から失われた大地の記憶を読み解くといった、規格外の方法をも含んでいた――が、ついに理想的とも言える候補地を発見した。


それは、王国辺境、人が足を踏み入れることすら稀な、険しい山脈のさらに奥深く。一年を通して分厚い雲海に覆われ、さらに強力な古代の魔力障壁によってその存在自体が長年隠され続けてきた、忘れ去られた古代遺跡だった。もちろん、現存するいかなる地図にもその存在は記されておらず、周辺のわずかな村々に住む人々からは「神々の怒りに触れた呪われた土地」「雲海の向こうの禁足地」として、立ち入りが固く固く禁じられている場所。その存在は、歴史の闇の中に完全に埋もれていた。


初めて僕がその地に降り立った時、思わず息を呑んだ。遺跡は、数千年、あるいはそれ以上の長きにわたる風雪によって半ば崩壊し、自然の力が文明の痕跡を覆い隠そうとしていた。巨大な樹木の根が頑強なはずの石壁を砕き、色鮮やかな苔がかつての壮麗なレリーフを覆っている。周囲には、奇妙な静寂と、途方もない時間の重みが漂っていた。しかし、その朽ち果てた姿の中にも、かつてここに存在したであろう超文明の、驚くべき技術力の片鱗が、確かに残っていた。基礎部分には、現代の最高技術をもってしても再現不可能な強度と、極めて高い魔力親和性を持つ、未知の合金や、ガラス質化したセラミック素材が惜しげもなく使われていた。そして、地下深くからは、微かに、しかし比較にならないほど安定した、強力なエネルギーを放つ未知の魔力炉の反応が感知された。それはまるで、休火山の下で静かに脈打つマグマ溜まりのようだった。さらに、遺跡全体をドーム状に覆うように、長い年月で弱体化してはいるものの、依然として外部からの物理的・魔術的干渉を高度に遮断する、極めて複雑な多重防御結界の痕跡が残っていた。ここは、アルカディアの拠点として、まさに理想的な場所だった。隠密性、防御力、そして未知のエネルギー源。全てが揃っていた。


セレスティアによる周辺の地理、地質、地脈エネルギーの詳細な分析結果も、僕の判断を裏付けた。外部からのアクセスは物理的にも魔術的にも極めて困難。万が一発見されたとしても、天然の要害となっている。それでいて、遺跡の真下を流れる地脈エネルギーは豊かで安定しており、大規模な魔術行使や、アルカディアが目指す高度な技術開発に必要なエネルギー供給源として最適である、と。


「ここを、僕たちの始まりの場所としよう。『アルカディア・ベース』の礎とする」


遺跡の中心部、かつては巨大な祭壇か、あるいは中枢制御施設があったであろう、崩れ落ちたドーム状の広大な空間。僕は、集まったセレスティア、ライオス、シルフィを前に、静かに、しかし確かな決意を込めて宣言した。僕の傍らには、セレスティアが数日徹夜して作成した、アルカディア・ベースの詳細な拠点設計図が、魔法の光によって複雑な立体映像ホログラムとして浮かび上がっている。遺跡の既存構造と、未知ながらも強力な古代のエネルギーシステムを最大限に活用しつつ、アルカディアが必要とする情報センター、ラボ、訓練施設、居住区といった機能を、効率的かつ安全に配置するための、緻密な計算に基づく青写真だった。(ヨシツネの構想を形にする…その隣にいるだけで、世界が広がっていくようだわ…)セレスティアは、少しだけ頬を染めながら、誇らしげに設計図を見つめていた。


そして、僕はその手に持つ杖――僕自身が、失われた古代技術と僕の知識を融合させて設計し、特殊な魔力伝導素材で作り上げた、芸術品のように美しいカスタムメイドの魔導具――を静かに掲げた。僕の全身から、破壊のためではなく、制御された創造のための、膨大な、そして清浄な魔力が静かに溢れ出す。それは、荒れ狂う奔流ではなく、静かで、しかし比較にならないほど複雑で精密に制御された、知的なエネルギーの流れだった。周囲の空気が清浄な魔力で満たされ、遺跡の石材に残る古代の魔術回路が、まるで数千年の長い眠りから覚めるように、次々と淡い光を放ち始めた。ライオスやシルフィのような、魔力にそれほど明るくない者でさえ、その場の空気が張り詰め、何かが始まろうとしているのを感じ取った。


「――古き石よ、目覚めよ。眠れる力よ、再び形を成せ。僕らの意志に応え、新たな秩序の礎となれ。再構築リビルド!」


僕の静かな、しかし空間そのものを震わせるかのような詠唱と共に、遺跡全体が微かに、しかし深く振動を始めた。ゴゴゴゴ…という地鳴りのような音と共に、崩れていた壁や天井の巨大な石材が、まるで時間を逆行するかのようにゆっくりと浮き上がり、元のあったであろう位置へと寸分の狂いもなく戻っていく。そして、魔法の光を帯びた、セメントのように見えるが遥かに強靭な未知の物質によって、それらが寸分の隙間なく接合されていく。完全に失われていた部分には、僕がその場で物質生成の魔法によって作り出した、設計図通りの新たな建材が、まるで意志を持っているかのように組み込まれていく。地形操作の魔法が大地を平らにならし、物質強化の魔法が壁や床、天井を滑らかに、そして現代のいかなる城壁をも凌駕する強度へと強化していく。それは、単なる力任せの魔法による創造ではない。古代建築学、現代の構造力学、エネルギー効率学、魔力工学、空間設計論など、僕の持つ膨大な知識体系に基づいた、極めて高度で複雑な、魔術的建築プロセスだった。僕の額には汗が滲み、集中による精神的な疲労の色が見えたが、その瞳は揺るぎない意志で輝いていた。


セレスティアが描いた緻密な設計図に従い、拠点の各機能区画は、エネルギー効率、情報伝達効率、セキュリティ、そして居住性を考慮した最適化された配置で、急速に構築されていく。


情報センター『オラクル』は、外部からの物理的・電子的・魔術的な干渉を最も受けにくい、地下深くの岩盤層をくり抜いた空間に設けられた。壁一面を覆う巨大な情報ディスプレイと、セレスティアの驚異的な分析能力を最大限に引き出すための最新鋭の情報処理システム群。そして、アルカディア独自の超広域・秘匿通信網『サイレント・ウィスパー』の中枢ハブが設置される。ここが、アルカディアの神経中枢となるだろう。


研究開発ラボ『メイカー』は、遺跡地下深くに存在する、未知の古代魔力炉のすぐ近くに配置された。この古代エネルギー源を完全に解析し、安全に制御下に置くことができれば、アルカディアの技術開発は、既存のいかなる文明レベルをも遥かに超越するだろう。錬金術、工房、高度魔術実験室、超精密機械加工室、生物工学研究室などが、最高レベルの安全設備と共に併設される。


ライオスが担当する実行部隊『ガーディアン』のための訓練施設は、地上に近い、広大な地下空間に整備された。魔法によって砂漠、密林、極寒地帯、高重力下など、様々な環境をリアルタイムで再現でき、実戦を想定した多種多様な訓練が可能となる。物理戦闘訓練場だけでなく、対魔法戦闘シミュレーター、対呪術防御訓練室、高度サバイバル訓練エリア、そしてチーム連携を強化するための仮想現実(VR)シミュレーションルームなども設けられる。シルフィ率いる『シーカー』のための、より特殊な隠密行動訓練エリアや、高度なトラップ解除訓練施設も併設された。


そして、これから増えていくであろうメンバーたちが生活するための居住区画。プライバシーに配慮した快適な個室群に加え、栄養バランスと味を両立させた食事を提供する食堂、膨大な知識が蓄積されるであろう図書室、メンバー間の交流を促すための談話室やレクリエーションルーム、そして高度な医療設備を備えた医療施設などが設けられる。メンバーが互いへの信頼と連帯感を自然に育み、心身ともに最高の状態で日々の任務に臨めるような、機能的でありながらも、どこか温かみのある、人間的な空間が設計された。僕は、かつてのソロ活動で感じた孤独と無力感を繰り返さないためにも、メンバー間の繋がりを重視した設計を意識していた。


これら全ての施設は、僕が再構築し、さらに強化した古代の多重防御結界と、僕が新たに設計・設置した最新の多層的な魔術防衛システムによって、鉄壁の守りに包まれる。物理的な侵入はもちろんのこと、魔術による探査、精神感応による情報漏洩、空間転移を用いた奇襲までも自動的に探知・分析し、最適な手段で迎撃・無力化する。アルカディア・ベースは、単なる隠れ家ではない。世界を変えるという壮大な活動を支える、自己完結型の移動不可能な要塞であり、新たな知識と技術を生み出すための揺り籠となるべく、僕の超絶的な魔術によって急速に、そして着実にその姿を現していった。

この前代未聞の拠点建設の過程では、ライオスやシルフィも、それぞれの得意分野で協力した。ライオスはゴーレムや精霊といった建設作業員の労務管理や、資材搬入の警備計画を立て、シルフィは周辺地域の偵察や、建設に伴う魔力変動を探知されないための隠蔽工作を担当した。「ふん、ジジイにしては段取りがいいじゃない」「貴様こそ、意外と役に立つようだな、影ネズミ」。二人の間には相変わらず皮肉が飛び交ったが、そこには以前にはなかった協力の意識が芽生え始めていた。セレスティアは常に設計図を微調整し、建設の進捗を管理した。それは、アルカディアが初めて行う、組織としての共同作業であり、彼らの間に、まだぎこちなさは残るものの、新たな絆を育むプロセスでもあった。


――――――――――


拠点の骨格が完成し、内部設備の設置と調整が進む中、僕はアルカディアの技術基盤を確立するための、最後の、そして最も重要なピースとなる人物を迎え入れる準備を進めていた。アルカディアが目指すのは、既存の常識を打ち破る革新的な技術の創出とその社会実装である。そのためには、卓越した技術力はもちろんのこと、既成概念に囚われない自由な発想と、深い洞察力、そして何よりも技術に対する高い倫理観を持つ、真の天才が必要だった。セレスティアの分析能力、ライオスの規律、シルフィの機転をもってしても、それを形にするための「創造主」がいなければ、アルカディアの構想は完成しない。


その人物こそ、魔道具開発と魔力工学の分野において、生きる伝説として知られる、一人のエルフの女性技師だった。


彼女の名は、フィリア。

見た目は、腰まで届く艶やかな銀色の髪を丁寧に三つ編みにし、深い森の湖のような神秘的な翡翠色の瞳を持つ、三十代ほどの、儚げでありながらも凛とした美しさを湛えたエルフの女性。しかし、その実年齢は数百年を超え、その長い生涯のほとんどを、魔法と技術の融合という、深遠なるテーマの研究に捧げてきた、文字通りの碩学せきがくであった。かつては、彼女の生まれたエルフの国だけでなく、頑固なドワーフの工房や、進取の気性に富む人間の魔法学院においても、数々の革新的な魔道具や理論を生み出し、その名を世界に轟かせていた。彼女が生み出した魔力増幅回路や、高効率エネルギー変換装置は、当時の社会に大きな進歩をもたらしたと言われている。

しかし、数十年前。彼女が生み出した画期的なエネルギー増幅技術が、彼女の意に反して、ある大国によって軍事目的に悪用され、その結果として起きた紛争で多くの無辜むこの命が奪われるという悲劇を生んだことに、彼女は深く絶望した。さらに、その後の研究者間の醜い責任のなすりつけ合いや、成果の所有権を巡る国家間の対立に心底嫌気が差し、彼女は表舞台から完全に姿を消した。それ以来、人里離れた深い森の奥深くで、外界との接触を一切断ち、ただ静かに、自身の研究と、そして過去への深い悔恨と共に、ひっそりと隠遁生活を送っているとされていた。


僕は、セレスティアの分析能力の助けも借りながら、フィリアが過去に残した膨大な論文や設計図の断片、そして彼女をわずかに知る者たちからの証言などを徹底的に分析し、ついに、彼女が隠れ住むと思われる森の場所を特定した。そして、他のメンバーにアルカディア・ベースの最終仕上げを任せ、単身、その深い森へと赴いた。


森は、強力な幻惑魔法と、森を守護するいにしえの精霊たちの力によって、招かれざる侵入者を拒んでいた。並の冒険者や軍隊では、森に入ることすら叶わないだろう。しかし僕は、それらの高度な防御システムを力で破壊するのではなく、森とその守り手に対する深い敬意を払うように、まるで森自身に受け入れられるかのように、丁寧にかいくぐり、森の最奥にある、太い蔦に覆われた、まるで忘れ去られたような小さな石造りの塔のような建物へと、静かにたどり着いた。塔の周囲には、彼女が趣味で育てているのか、珍しい薬草や、自律的に動く小さな機械仕掛けの鳥などが、静かに存在していた。


「…何用かな、若人よ。この森は、招かれざる客が、そう易々と立ち入る場所ではないはずだが?」

塔の扉が静かに開き、現れたフィリアは、その手に持った杖、というより先端に様々な精密工具が取り付けられた特殊な作業用具を僕に向け、鋭い警戒心と共に問いかけた。その美しい翡翠色の瞳には、特に人間に対する、長年の経験と過去の悲劇から来る深い不信の色が宿っていた。


僕は攻撃の意思がないことを示すように両手を軽く広げ、穏やかに、しかし深い敬意を込めて頭を下げた。

「フィリア殿。僕は、あなたのその深遠なる知恵と、比類なき技術を、どうしてもお借りしたく、参上いたしました。どうか、少しだけ、お話を聞いていただけないでしょうか」


最初は、フィリアは強い警戒心を見せ、僕を冷たく追い返そうとした。「帰りなさい。私はもう、俗世とは関わりとうない。特に、人間とはな。私の技術は、もはや誰の役にも立たぬ、過去の遺物じゃ」彼女はもう人間とは関わりたくなかった。彼女の技術が再び悲劇を生むことを、心の底から恐れていた。しかし、僕は諦めなかった。力で説得しようとはしなかった。代わりに、フィリアがかつて心血を注いで取り組んでいた革新的な魔力変換理論や、失われた古代エルフの魔導具の構造、ドワーフのルーン工学との融合の可能性について、まるで彼女自身の研究ノートを直接読んだかのような、驚くほど深い理解を示した。さらに、彼女が資金や資源、そして時代の技術的限界によって断念せざるを得なかったいくつかの研究の続きを、僕自身の持つ異次元の知識と、アルカディアが確保したリソースを用いることで、実現できる具体的な可能性を、熱意を込めて、しかし冷静かつ論理的に語った。


特に、僕がアルカディア・ベースの主動力源として注目している、あの古代魔力炉について、その構造とエネルギー原理に関する僕独自の詳細な解析結果と、それを安定化させ、安全かつ効率的にエネルギーを抽出するための具体的な設計思想を示した時、フィリアの態度は劇的に変わった。彼女の翡翠色の瞳に、長年忘れていた、純粋な研究者としての強い輝きが、再び宿ってきたのだ。彼女は思わず僕の手から設計図のデータクリスタルをひったくるように受け取り、その内容を食い入るように見始めた。


「……し、信じられん…! この魔力炉の安定化理論、そして、この驚異的なエネルギー抽出効率の計算…! まさか、これは…!? あなた、あなた、一体何者なのですか? この設計思想は…私が、この長い生涯をかけて追い求めてきた、失われた古代エルフの究極の動力炉…『ハーモニクス・コア』の概念、そのものではないですか! しかも、これは私の理論を遥かに超えて洗練されている…! これを…これを、本当に、あなたが、再現できると…そう、言うのですか…?」

彼女の声は、抑えきれない興奮と、長年の夢が実現するかもしれないという驚きに、わずかに震えていた。彼女は研究者としての血が騒ぐのを抑えきれなかった。


最終的に、フィリアの心を動かしたのは、僕が語るアルカディアの理念――技術を、決して支配や破壊、あるいは一部の者の利益のためではなく、世界の非効率と理不尽を解消し、全ての人々が恩恵を受けられる持続可能な進歩を創出するために使うという、彼女がかつて抱いていた理想そのもの――だった。過去のトラウマから来る恐怖が完全に消え去ったわけではなかった。人間への不信感も、まだ残っていた。しかし、目の前の、この不思議な青年が持つ、技術への深い理解と愛情、そしてそれを正しい方向へ導こうとする、曇りのない強い意志、そして何よりも、彼女自身の心の奥底で、消えることなく静かに燃え続けていた、知的な好奇心と真理への探求心を、もはや抑えきれなくなったフィリアは、数十年にわたる孤独な隠遁生活に終止符を打ち、アルカディアへの参加を決意した。


「…わかりました。どうやら、あなたという人は、私の矮小な想像を遥かに超えた存在のようですな」フィリアは深い溜息をつき、しかし、どこか吹っ切れたような、穏やかな表情で言った。「この老いぼれの、時代遅れの知識と技術が、まだこの世界で何かの役に立つというのなら、そして、あなたが私の研究成果を、決して悪用しないと、この森の精霊たちに誓ってくださるのなら、あなたの言う『アルカディア』とやらに、力を貸しましょう。ただし!」

彼女は、すっと人差し指を立てて、少し厳しく、しかしどこか楽しそうに付け加えた。

「私の研究のやり方に、決して口出しは無用ですぞ? 研究というものは、自由な発想と、十分すぎるほどの時間、そして何よりも良質な素材があってこそ、美しい花を咲かせるものなのです。それに、くだらない会議や、意味のない報告書の類は、必要最低限にしていただきたい! よろしいですな?」

少し頑固そうな、しかしどこか嬉しそうな口調で彼女は告げた。彼女の瞳には、再び生き生きとした光が宿っていた。彼女は、再び自分の技術で世界に貢献できるかもしれないという、新たな希望を見出したのだ。


――――――――――


フィリアという、まさに伝説級の技術者が加わったことで、アルカディアの技術基盤確立は、まるで魔法のように、飛躍的に進み始めた。いや、実際に魔法だったのだが、そのレベルが違った。

彼女の数百年にも及ぶ膨大な経験と深い知識。僕の持つ、既存の文明体系を超越した規格外の知識体系。そして、セレスティアが提示する、明確な要求仕様と最適化された目標設定。この三つの、異なる次元に存在する卓越した知性が組み合わさり、互いに刺激し合い、融合することで、既存の技術レベルを遥かに超越した、アルカディア独自の革新的な魔道具やシステムが、驚くべきスピードで次々と開発されていった。


超広域・秘匿通信システム『サイレント・ウィスパー』。量子的な魔力のもつれの原理を応用し、どれほど距離が離れていても、いかなる物理的・魔術的障壁があろうとも、ほぼリアルタイムで、完全に傍受・妨害されることなく情報を伝達する。アルカディアの活動範囲を全世界へと広げるための、まさに神経網となるだろう。開発初期には、通信の安定性やノイズ除去に苦労し、フィリアが「この理論は理想的すぎますぞ! 現実の魔力環境はもっと複雑なのです!」と僕に不満をぶつけ、僕が新たな数式モデルを提示し、セレスティアがその実装アルゴリズムを最適化するという試行錯誤が繰り返された。


高度情報分析補助システム『オラクル・アイ』。セレスティアの持つ特異な分析能力を増幅し、彼女の脳内で無意識に行われている複雑なパターン認識や未来予測のプロセスを外部化・高速化する。世界中から集まる膨大な情報を瞬時に処理・分析し、複数の未来予測シミュレーションを同時に実行し、最も可能性の高い未来や、介入すべき最適なオプションを、直感的に理解可能な形で視覚的に表示する。アルカディアの意思決定の精度と速度を、飛躍的に向上させるだろう。これも、セレスティアの脳の働きを完全にモデル化することの難しさから、初期バージョンではバグが頻発し、セレスティア自身が「私の頭の中は、そんなに単純じゃないわ! もっと…こう…感覚的なものが…!」と悲鳴を上げることもあったが、フィリアが粘り強くインターフェースの改良を重ねた。


拠点防衛用の自動迎撃魔術結界『イージス・ヘブン』。アルカディア・ベース全体を、幾重にも重なる見えざる盾で覆う究極の防衛システム。物理攻撃、魔術攻撃はもちろん、精神干渉、空間転移による奇襲、毒物や病原体を用いたバイオテロに至るまで、あらゆる種類の脅威を自動的に探知・分析し、最適な手段で瞬時に迎撃・無力化する。フィリアによれば、その理論上の防御能力は、一国の正規軍による総攻撃すら完全に凌駕するという。しかし、そのあまりにも強力なエネルギー制御は極めてデリケートであり、フィリアが調整中にうっかり小規模な爆発を起こし、たまたま視察に来ていたライオスに「フィリア殿! 研究も結構だが、少しは安全にも配慮していただきたい! 我々の命がかかっているのだぞ!」と厳しく叱責され、「むぅ、これは不可抗力ですぞ! 些細な計算ミスじゃ!」とむくれる、といった一幕もあった。シルフィはその様子を影から見てクスクス笑っていた。


アルカディア・ベースには、徐々に、しかし確実に活気が満ち始めていた。

情報センター『オラクル』ではセレスティアと、彼女が新たにスカウトし育成を始めた数名の若き分析官たちが、世界の動向を24時間体制で監視し、分析レポートを作成している。訓練場ではライオスが厳しい号令を飛ばし、新メンバーたちに基礎から徹底的に叩き込み、時にはシルフィが「そんなんじゃ、実戦じゃ一秒もたないわよ」と横から茶々を入れてはライオスに睨まれていた。居住区では、様々な出自を持つメンバーたちが、最初はぎこちなくも、共同生活を通じて互いを理解し、連帯感を育み始めていた。そして、研究開発ラボ『メイカー』では、フィリアが目を輝かせながら新しい理論を検証し、プロトタイプを作り、僕が複雑な術式を構築し、セレスティアが次の技術的課題を提示するという、刺激的で創造的な光景が日常となっていた。


まだ、アルカディアのメンバーは数えるほどしかいない。組織の形も、ようやく骨格が見えてきた段階だ。世界に対する本格的な活動も、まだ始まってはいない。

しかし、そこには確かに、世界を変える可能性を秘めた、強力で揺るぎない基盤が築かれつつあった。僕が構想した、知性セレスティア、実行力(ライオス、シルフィ)、そして技術力フィリアが有機的に融合した、全く新しいシステム『アルカディア』。

その心臓部となる拠点は、忘れ去られた古代遺跡の奥深くで、今、静かに、しかし力強く、その鼓動を開始したのだ。世界がまだ知らない、新たな時代の幕開けを、確かに予感させながら。彼らの物語は、いよいよ本格的に動き出そうとしていた。



【第4章 用語解説】

※ 多重防御結界: 物理的・魔術的な攻撃を防ぐ防御シールド(結界)を何層にも重ねたもの。層ごとに異なる攻撃に対応したり、突破されても次の層で防いだりすることで防御力を高める。本作では、アルカディア・ベースを外部の干渉から守るために用いられている。


※ ホログラム: 光の干渉を利用して物体や情報を立体的に表示する技術、またはその映像。本作では、魔法によって実現され、設計図の表示や会議での情報共有などに利用される。


※ VR(仮想現実)シミュレーション: コンピュータや魔法で作られた仮想空間内で、現実のような体験を模擬的に行うこと。本作では、アルカディアの訓練施設で危険な戦闘や特殊環境下での実践的な訓練に応用されている。

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