作業員とばっちり
「アルディ、アルディはいるか?」
チカランの町に全裸の変質者が勾留されるようになってから五日の日が過ぎ去っていた。衛兵長が久しぶりに兵舎に戻ってくるなり若手の衛兵を呼びつけた。
「へ、へい……なんでしょう?」
対するアルディという衛兵は嫌そうな表情で迎える。
「あの霊薬、やっぱりすげえ効果みたいだぞ。バハルディン様の体調がみるみる回復して、今日は庭を散歩するようになったって領主様が!」
霊薬とは、彼らは知らないものの、シモネッタの絞った母乳である。当然彼らはそんなことを知らず、Sランク冒険者のヴェルニーがどこかのダンジョンから持ち帰った神秘の霊薬だと思っている。
「あれを一口飲んだ瞬間から心がぽかぽかと温まってきて、活力がみなぎってきたんだとよ。やっぱりあれは神々の飲み物ソーマだ」
「はぁ……そうでやすか」
この朗報にもアルディが嫌な顔をしているのには理由がある。
領主のもとにそのソーマを持っていく際に衛兵長はアルディに対しもっとあの霊薬を手に入れろと指示したものの、全く進捗がないのだ。
「で、どうなんだ? あのソーマは手に入りそうか?」
入るはずがない。
あれからも何度かアルディは何度かヴェルニーのもとに行って「荷物の中に神々の飲料と言われる霊薬があったはずだ。あれをどこで手に入れた」と尋ねたものの、ヴェルニーは知らぬ存ぜぬの一点張り。
当然である。
そんなものはない。
荷物の話題になった時、ヴェルニーは真っ先に黄金の音叉のことに思い至ったが、生命の霊薬だの神々の飲料だのポーションだの言われても何のことか全くわからない。彼はそんなもの手に入れていないのだ。
あれはただ、メレニーが余らせたシモネッタの母乳を絞っただけのものである。まさかそれをアルディたちが「神々の飲料ソーマ」だなどと呼んでいるなど、誰が思おうか。
「はぁ? お前この五日間何してたんだよ! 奴らの荷物から出てきたんだぞ、知らないわけが……」
「アルディさん」
二人が話をしていると汚い格好の男が地下から上がってきた。
「下水の工事終わったんで、確認お願いします」
「あっはい」
「下水工事? なんのことだ?」
訝しむ兵長。だがここで問い詰めるよりは直接見に行った方が早いだろうとアルディについて地下牢へと降りていく。
霊薬のことといい、何か自分のあずかり知らぬところで何かが起きているような予感を感じていたし、実際そうなのだ。
「なん……だ、こりゃ……?」
兵長は我が目を疑った。
地下牢には三か所、ルカ達がそれぞれ入れられている牢にだけ大きな布が掛けられていた。これでは牢の中で何をしているのかがまるで分らない。
「あっ、工事の確認ですか?」
例の首の落ちた少年、ルカがサッとカーテンをめくって対応すると他の二つの牢屋のカーテンも開かれた。
「いやあの……ですね。何かしら刑の確定した人間でもないのにこんなプライバシーもくそもないところに閉じ込められるのはどうなの? って言われてですね。たしかにそうだな~と」
兵長に言い訳をするアルディであったがすでに上司の注目は牢の中に注がれていた。なんと、牢の中には糞壺と毛布以外には何もなかったはずなのに、それぞれにシングルベッドが二つずつ設えてあった。
「いやあの、腰が痛いっていうんで、ベッドを……でもあれですよ! 中古だから、そんなにかかってないですよ」
金額の話ではないのだ。
「トイレの話になりますけど、金額的にはあんなもんになるって言いましたけど、あれでいいんですよね?」
先ほど地下から上がってきた男がアルディに話しかける。彼が指さす先を見てみると、部屋の隅に地下水の流れが引かれて、源泉かけ流しの簡易的な水洗トイレが施工されていた。水はそのまま牢の外の排水溝まで溝を流れていく仕組みだ。どうやらこの男は下水工事業者のようだった。
「はぁ? アルディお前、いったいなにやってやがんだ」
「アルディさん」
「あっ、はいはい」
兵長が何があったのかを問いただそうとしたところ、シモネッタが声をかけた。手には布の詰まった籠を持っている。
「これ、洗濯ものお願いします。おしめもあるんで気を付けてくださいね」
「ああはいはい、今開けますんで」
「ちょっ、オイ!」
何の気なしにアルディは牢の鍵を開けて、洗濯籠を受け取る。シモネッタも慣れたもので、特に脱走を企てたりもせず、籠だけを渡して扉を閉じると、素直に施錠されるまで大人しくしていた。
「お前……お前、ちょっと来いや!!」
「あの、工事は」
業者を無視して兵長はアルディの腕を引っ張って上階に連れていく。
「どういうことだお前。なんで勝手に待遇改善してんだよ。それも超ド級の」
以前は留置所にしてはひどすぎる待遇だったが、今となってはもう簡易宿泊施設である。それも三食洗濯付きの。おしめを洗わなくても良くなったルカは大変に満足していることだろう。
「工事の確認、OKですか?」
「いやあの、ですね……あいつらどう聞いても霊薬のことは知らないって。でね、あいつら捕まえるとき兵長結構無茶苦茶したじゃないですか。ヴェルニーにセクシーポーズとらせたり」
「あれはあいつが勝手にとったんだよ!」
「でですね。もしかしてそれを根に持ってるんじゃないんかな~、ってご機嫌を取ってるうちに色々と……あとですね、『全裸でいただけなのにこんな何日も勾留されるのはおかしい』って言われるとですね? まあ、たしかにそうだな~と、こっちも強く出れないというか」
「すいません、工事完了のサインをここにお願いします」
「さっきからうるせえんだよお前は! 空気読め!!」
確かに兵長が出した指示は具体的ではなかった。「霊薬を手に入れろ」などと言われても普通はどうしたらいいかなど分からない。要は面倒なことを部下に丸投げした彼も悪いのだ。
だが階級社会というものは理屈ではなく権威で動く。世代の若いアルディはどうやら理屈で行動し、彼らに言いくるめられていいように使われてしまったらしいのだ。
しかし、老害とまではいかないものの長く衛兵を続けてきた兵長にはそれが我慢ならなかった。衛兵は、市民より偉いのだからもっと「おいこら」式の行動で無理やり市民どもを従えればいいのだ。それが結果的には治安の維持に繋がる。それが彼の考えである。
そして考えがまとまったところで意味もなくアルディと作業員を殴りつけてから言った。
「お前今日宿直の奴と俺を代わらせろ! 本当の衛兵の仕事って奴を見せてやる!!」




