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天国

「まさかこんなことになるとは」


 全員収監された。


 最初の頃はまさかここまでの大ごとになるとは、ルカ達も衛兵たちも思ってはいなかっただろう。


 衛兵たちも「こんな寒い土地だというのに全裸でうろついているヘンな集団がいる」程度の認識であった。尋常であれば少しきつめに叱って、何故そんな恰好でうろついているのかを聴取し、留置所にも入れずに服を着せておしまいだ。


 だが集団の中には大剣やカタナで武装している者もおり、極めつけにはフルプレートアーマーに身を包んだ巨人族までもいた。


 マルセドの巨人族は通常外界の人々とあまり繋がりを持たない。ヴェルニーは「たいして強くない」と発言していたが、彼ほどの熟練者ならばともかく、巨人族のタフネスと怪力は他種族の人間にとっては大変な脅威となる。


 それゆえにマルセド巨人王国の国民は不要不急の出国を制限されている。


 他国の人間に脅威を感じさせないための工夫である。実際に戦争となってしまえば、個の力よりも組織力がものを言うし、軍隊において最も重要なのは「情報」と「機動力」なのだ。どちらも「歩き回る」のが基本である。


 その点で自身の重量から行軍を苦手とする巨人族が戦争状態に陥ると、非常に脆い。主に膝が。


 防衛戦にはめっぽう強いものの、通常の戦争となれば「巨人国家はそれほど強くない」という事実が露呈してしまう。それを避けるために他国との戦争には慎重なのだ。


 長くなってしまったものの、その事実を知らないチカランの衛兵はシモネッタに過剰に警戒していた。


 だがそれ以上に決め手になったのはやはりルカの首が落ちた事だろう。


 どう考えても只人ではない。魔物か何かの類だ。


「北の方で魔物の動きが激しいとか言ってやがったな」


「僕……魔物扱いですかね?」


 現在の牢分けはヴェルニーとスケロク、もう一つの牢にはシモネッタが強硬に「夫婦だ」と主張したためルカとシモネッタにメレニー、そして残る二人の女性、ハッテンマイヤーとグローリエンの三つに分けられている。兵舎の地下にしつらえられた牢は鉄格子に施錠はされているものの、牢番もおらず、自由に会話はできる。


「それよりも、北の方で魔物の動きが激しいとはどういうことだろうね?」


 スケロクはさすが斥候職だけに衛兵の言葉もよく聞いている。彼の言葉にヴェルニーが尋ねた。


「こっから北といやあマルセド王国か、そのさらに向こうのベネルトンのあるトラカント王国にはなるが、俺たちがダンジョンに潜る前はそんな話はなかったな」


 彼らがダンジョンに潜り始めてから都合一か月近く経っている。もし衛兵達の言っていたことが確かならば、そのあとから何か異常があったということになる。


「たとえば、ダンジョンによってヴァルモウエとガルダリキの結びつきが強くなって、強力な魔物がダンジョンから出てくるようになった、とかね」


 推測の域を出ないものの、不穏なことをヴェルニーが呟く。


「……だとしたら、僕達はどうすればいいんでしょう?」


 ルカが尋ねるが、その答えを持つ者は誰もいない。


 ヴァルメイヨール伯爵や死神の騎士イシュカルスの言葉を信じるのならば、近いうちに北と南の世界は一つに繋がる。ならば、いずれは魔物が活性化するだけではなく、魔人(デーモン)がこのヴァルモウエに攻め込んでくる可能性があるのだ。


 一行は、ユルゲンツラウト子爵の恐るべき実力を思い出していた。あんな上級魔人(グレーターデーモン)が北にはどれほどいるというのか。あれほどの実力を備えている者は一握りだと信じたいが、それは希望的観測というものかもしれない。


「僕達に出来るのは、早くあのダンジョンを攻略して、この世界の謎を解き明かすことだけだ。しかし、たとえそれを成し遂げたって、問題の解決になるとは限らないけどね」


「いずれにしろ、そろそろベネルトンに戻らねえとまじぃんだよな」


 スケロクの言うとおりである。魔物の動きも気になるしダンジョンが今どういう状態なのかも分からない。何より町の主力たるSランク、Aランク冒険者パーティーのトップクラスの実力者三人が抜けた状態で既に一か月近く経っているのだ。おまけにここからベネルトンまでもまだ三ヶ月ほどの陸路が続くこととなる。


「まあでもとりあえずは……」


 すぐ向かいの牢でグローリエンが呟く。


 この留置所、用を足すのも当然牢の中なのだが、何故男女で別々の場所に分けてくれないのだろうか。グローリエンは気にしないかもしれないが、向かいの牢から丸見えになる。脱獄や自殺対策のため、当然目隠しになるものもない。


 そんな中、グローリエンは「何も気にしていない」とばかりにごろんと寝転がって足を組む。


「屋根も壁もあって、服もくれた。とりあえず今日はゆっくり休もうよ」


 そう。


 じめじめして暗くて、時折衛兵が様子を見に来る。おまけに排せつ物の匂いまでする地下牢であるが、この環境は彼女たちにとっては僥倖というほかない。


 ダンジョンの中では雨風は凌げるものの、寝ずの番が必要で常に警戒を解けなかった。排せつ物の匂いがするのもここと同じである。


 船の上では流されないように、やはり常にだれかが起きていて星の位置と船の状態を確認していた。


 陸に上がってからも寒さの中、雨風に耐えて野生動物や魔物の襲来に備えてゆっくりと寝ることが出来ない日々が続いた。


 この一か月ほど、ゆっくりと休めたのは唯一ヴィルヘルミナの家に泊まった時だけだったのだ。(ルカ除く)


 しかも、彼らは今、服までも来ているのである。


 あの変態どもが、ついに服を着用したのだ。グローリエンだけでなく、男連中にも古着ではあるが、服が支給された。


 全裸の解放感は常に死の危険と隣り合わせのひりひりとしたものである。それが魔物の襲撃を恐れながらの休憩であるならばなおさらの事。


 鉄格子と石壁という人工物に母の胎内の中の赤子の様に守られたルカ達。その上で彼らを包み込む文明の証、『服』は彼らの休息を大盤石の重きへと導くこと請け合いであろう。


「そうだね……今日くらいは、ゆっくりと……」


 ヴェルニーは受け答えをしながらもすでに片足を睡魔の泥に捕らわれつつある。スケロクも大きくあくびをしながら横になって応える。


「ああ……ホントここは、天国だぜ。おやすみ」


 シモネッタとハッテンマイヤーも毛布にくるまってもはや寝る準備である。


「頼むよ、メレニー。今日くらいは寝かせてくれ……」


 おむつの確認をしながら、ルカが祈るようにつぶやく。


 そんな彼らの様子を、陰から覗いている者がいた。


「留置所にしては環境が悪すぎると評判のここが、『天国』だと……? 何者なんだあいつら」

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