この冒険者、スケベすぎる
チカランの衛兵の言う通りのことをヴェルニーはしただけである。
身体検査をするので、両手を頭の後ろで組め、と。そう言っただけだったのに、なぜこんなことになったのか。
いや、正直に言えばスケベ心があったのは事実なのだ。実際ほんの少し前までは衛兵たちはにやにやと鼻の下を伸ばしながら一糸まとわぬグローリエンの肢体を舐めまわすように見ていた。
「どうしたんだい? 言われたとおりにしているはずだが?」
だが、この男の行動にすべてが狂わされた。もはやだれ一人として棒立ちしているだけのグローリエンの方など見てはいないのだ。
若干体幹を左右にくねらせながら少し足を開き、髪をかき上げながら頭の後ろで手を組んだヴェルニーから、誰一人として目を離すことが出来なかった。
「この男……スケベすぎる」
煽情的、という言葉がまさしくふさわしいだろう。
無駄な肉の一切ない、うっすらと脂肪の乗った筋肉質な体。見事な逆三角形を織りなす自然な形の広背筋。美しいシックスパックを形成する腹直筋と、決して自己主張しすぎずに体のバランスを保つ腹斜筋。そして、艶やかな大殿筋の丸みは本来彼にあるはずのない女性性を持たせている。昇り龍の如き脊柱起立筋は力強さを。そしてこれで体が支えられるのかと思われるほどに細い足首の上には「もちろん支えられるさ」と頼もしき腓腹筋が鎮座している。
その全てが、衛兵どもの性癖を完膚なきまでに破壊した。
「どうした?」
誰も言葉を発せない中、大仰に吐息を吐きながらヴェルニーが問いかける。
「身体検査をするんじゃあ」
衛兵の耳元にまでいって、男性としては少し高めの声を吐息とともに響かせる。
「なかったのかい?」
衛兵のリーダーと思しき男は苦悶の声を上げながら頭を左右に振り、一歩下がった。
おかしい。こんなはずではない。自分はストレートだったはずだ。男に欲情などするはずがない。自分に言い聞かせながらヴェルニーと距離を取る。まだ理性が勝つようだ。
「どうかしたのかい?」
「うっ、うるさい! 勝手に動き回るな! 壁だッ! 壁に手をついて足を広げろ!!」
アメリカの警察とかが不審者を捕らえたときに取らせるポーズである。両手にも脇にも股の間にも、得物を隠すことなど一切できない服従の姿勢。この姿勢ならば、そもそも動きの自由度が低い。セクシー破れたり。
「こうかな?」
しかしそれでもヴェルニーの優美さは失われなかった。やや前傾になって両手を壁につける。そこまでの動きもしなやかな筋肉の躍動を感じさせたが、最後にクッと腰を反らせて臀部を突き出したのだ。
「怪しい動きをするなこのプリケツがぁぁぁッ!! 何者だお前ッ!!」
はて、何が怪しいのやら。口ではそう言わないものの、ヴェルニーのプリケツがそう語っている。ここでもやはり阿呆のように突っ立っているグローリエンを差し置いてヴェルニーが耳目を集めた。
「何者かと言われても。通りすがりの冒険者さ。『ゲンネスト』のヴェルニーだ。御覧の通り衣服を失って困っているところだ」
「ゲンネストだと?」
ただでさえざわついていた衛兵どもがさらに騒ぎ出す。音に聞くゲンネストと言えばこんな辺境の地でも知らぬ者はいない超一級の冒険者パーティーである。しかもその中でもヴェルニーとグラットニィの名は大陸随一の武辺者と名高い。
「なぜこんなところに『ゲンネスト』が?」
「いや、それよりなぜ全裸?」
「この冒険者、スケベすぎる」
衛兵どもの間に困惑の輪が広がる。無理もあるまい。あまりにも理解を越えすぎた話だ。
「どうでもいいから早くしてほしいんだけど」
「うるさい黙ってろちんちくりん!!」
最初こそ下心丸出しの好奇の目で見られていたグローリエンはすでに蚊帳の外である。別に不特定多数に裸を見せたいわけではないのだが、彼女は納得がいかない。
「ちょっと! 何騒いでんのよあんた達!」
「しまった!」
どうやら女の衛兵もいたようなのだ。男達よりも若干軽装の兵士がぞろぞろと出てきた。おそらくは誰かが女たちを足止めしていて、その間にグローリエンにセクハラでもしようと意気込んでいたのだろうが、ヴェルニーに時間を取られすぎて頓挫してしまったのだろう。
「身体検査で全裸にするなんて普通に人権侵害よ! チカランの町の名を落とすつもり!?」
「いや、全裸は元からなんだけど」
「そんなわけないでしょうが!!」
三人ほど出てきた女性の衛兵たちは大変におかんむりである。それはそうだ。同じ女性のグローリエンが裸にひん剥かれている(ように見える)のだから。
まさか最初っから全裸で町に来たなどと言って信じられるはずがない。
「しかもなに? 男にセクハラしてんの? こんな、もう……きゃー」
男でさえくぎ付けにするのだ。いわんや女であれば。彼女らもやはりヴェルニーから目が離せないようである。しかも足を開いているのでいろいろと丸見えだ。
「身体検査は、もういいのかな?」
「ああっ、もちろんもちろん! ていうかそもそも全裸の時点で何を検査するっていうのか。ほんっとすいませんね。この変態どもが迷惑をかけて。おいお前ら、この人達の服どこやったのよ!!」
女の衛兵は恐縮仕切りで羽織っていた毛糸のマントをヴェルニー達に掛ける。事情を知らぬとはいえ、こういった心遣いは助かることだろう。
「ちょ、ちょっと待て、こいつらは本当に最初っから全裸の変態集団だったんだぞ! 俺たちは悪くねえ!」
あまりにも一方的な言い草にとうとう男どもの方もキレたようだ。それは仕方あるまい。なんの咎もない旅人を裸にひん剥いて嫌がらせしたなどと、上役にでも報告されたらたまったものではない。それにヴェルニー達から剥ぎ取った服など、無いのだ。
「はあ? 全裸で外をうろついてたとでもいうの? 変態じゃんそれじゃ!」
変態なのだ。
しかし衛兵どもにはそれはあずかり知らぬところ。男どもも、それについては聞かれても答えようがないのだ。そもそもこれから尋問しようとしていたところなのに、ヴェルニーに時間を取られたあまり、彼がゲンネストのヴェルニーであるということ以外、何も聞けていないのである。
「クソッ、おい! お前が証言しろ! この変態どもが!!」
「あっ……」
八つ当たりの如く衛兵が小突きながら問いかけたのは、やはりというかなんというか、ルカであった。
ヴェルニーはあんなだし、スケロクもなんだか怖い。女性陣は今ここで横柄な態度をとってしまうとまた女の衛兵に何を言われるか分かったものではない。そんな中で一人、全裸ではあるものの木の弱そうなちょうどいい少年がいるではないか。
こいつを脅して自分達に有利な話(真実)を離させればいいと思ったのだろう。
しかし、予想外のことが起きた。
長旅で、糸が劣化していたのかもしれない。ヴィルヘルミナとの戦いのときに無理をしすぎたのかもしれない。
ルカの首が、落ちた。




