チカランの町
「どうもアレだね。相当警戒されてる感があるね」
村人と接触ができない。
声をかけても逃げられてしまう。結局海岸近くの村で市民の方々と接触することはできなかった。
陸に上がったことで野生動物などを捕まえて何とか食事にはありつけたものの、やはり路上生活は変わらなかった。
仕方あるまい。
突然全裸の集団が海の方から現れたのだ。しかも全裸のくせに何故か武器は装備しており、逆に不釣り合いに全身鎧を着用したものまでいる。怪異か何かの類だと考えるのが普通であろう。そうでなくともそんなやべー奴らとはかかわりになりたくないというのが人情というもの。
「本当に……屋根のあるところで寝たい。人間らしい暮らしがしたい」
ぼそりとルカが呟く。全裸生活、一か月目。
「なんかよ、こういう生活を続けてると、だんだん自分らはもともとこういう生き物だったんじゃねえのか、って気分になってくるな」
そういう生き物なのだ。
かつて南アメリカのフエゴ島の付近にヤーガン族という民族がいた。年間平均気温が五℃ほどのこの地域で彼らは、アザラシの脂肪を肌に塗っただけのほぼ全裸で暮らしていたという。人間、やってやれないことはない。
「とはいうものの、さすがに私はもうこんな野生の人間みたいな生活は限界ですが」
音を上げたのはハッテンマイヤー。主人であり王族のシモネッタよりも先にギブアップするのはどうかと思うが、マルセド巨人王国の王宮で暮らしてきた人間にこんな暮らしはきついだろう。彼女は全裸ではないが。
逆にシモネッタは何故これが平気なのだ。これまでの冒険で大変に我慢強くてタフな女だということは分かったのだが、一応王族ではないのか。
「まあ、私は王族といってもほとんど王宮のはずれの掘立小屋に隔離されてたようなものですから。むしろあのころに比べたら自由に生きられる今の方がよほどいいです」
にこにことそう答えながらメレニーに授乳をするシモネッタ。彼女の追い求めた自由の結果がこれなのだろうか。タフって言葉はシモネッタのためにある。
「とにかく、もう少し行けばチカランって割と大きめの都市につくはずだ」
スケロクが仕切り直しをする。今はとにかく、服を調達してトラカント王国の都市ベネルトンまで帰らなければならない。
「大きな都市だから、衛兵がいるはずだ」
言わんとすることは分かる。衛兵も憲兵もいない村では逃げられるだけであったが、さすがに大きな都市で全裸でうろついていれば捕まるはずである。
「前科者スかね、僕……」
自嘲気味にルカが笑うが仕方あるまい。金はあっても服が売ってもらえないのだ。それに捕まったとて全裸徘徊くらい大した罪にはなるまい。
「捕まえられりゃあ牢屋か留置所に入れられる。屋根も壁もある。服も着せてもらえるかもしれねえ。野生の人間から家畜に昇進だ」
何とも微妙な表現ではあるものの、今となっては家畜が羨ましいルカ達。この一か月、ヴィルヘルミナの家に泊めてもらったとき以外は人類の一切の文化的恩恵を受けずに畜生の如く暮らしてきた。もういくらなんでも限界である。
「見えてきたぞ……チカランの町だ」
ヴェルニーの言う通り遠くに町が見えてきて、自分達の歩いている道もだんだんと綺麗になっていく。人が大勢いる場所についたのだ。元々係争地域でもなく、大規模な山賊が出るわけでもないこの辺りでは町は城壁に囲まれていたりはしない。町の境もはっきりとはせず、だんだんと民家が増えていく、といった風情である。
そんな中不審な一行が街道の真ん中を歩いているのに誰も声をかけてこない。
おそらくは、町の端にある物見やぐらからはもうルカ達一行が見えているはずなのであるが。
「はいはい、止まって~」
来た。
人数は十人ほど。全員槍を構えた、どうやら衛兵の様だ。随分人数が多いように感じるものの、そもそもルカ達の方も七人もいるのだから仕方あるまい。
「フッ、随分と手荒な歓迎だね。僕達はただの旅人だよ」
「はぁ? てめーらみてえな怪しい旅人がいてたまるか」
いるのだから仕方あるまい。とはいえ、何かしたわけでもないのにいきなり槍を向けられるのは納得がいかないところもあろう。ヴェルニーの受け答えはあくまで穏便であった。
「そのままゆっくりと前に歩け、変態山賊ども」
「どうやら大変な思い違いをしているようだが、僕達は変態でもなければ山賊でもない」
あくまでも落ち着いたヴェルニーの対応が余計に怪しさを加速させる。
何しろ男女含めて四人が全裸、一人は赤ん坊で残りの二人は中年女性と二メートル三〇センチ越えの全身鎧の巨人。この集団を一言で表すなら……なんだろう。一言では表せない。
いずれにしろ武装した集団なのだ。落ち着いた対応をしているものの、衛兵も緊張感を感じられる。
「とりあえず町の入り口の衛兵の詰め所まで行くから、変な動きするんじゃねえぞ。少しでも変な動きしたら全員で槍で突くからな」
物見やぐらのあった辺りにはレンガ造りの兵舎のようなものがあり、ヴェルニー達が槍を向けられながら辿り着くとさらに五人ほどの衛兵が建物から出てくる。ただの全裸の変態を相手するにはいかにも多すぎる人員である。
「遭難者相手にこんなに大勢出てくるなんて、この町はよほど平和なようだね」
「おめえらが来るまでは平和だったよ」
実際平和な街ではあるようだ。衛兵どもの動き一つとっても大変に治安の悪いベネルトンに比べると緩慢で、のんびりとしている印象がある。
「なら僕達も平和的に対応していただきたいものだな。いきなり槍を突き付けての歓迎とはね」
だんだんとヴェルニーの言葉にも遠回しなとげが含まれてくるが、衛兵たちはあまりそれを気にすることはないようだ。さすがにこの人数差で何か起きるとは思っていないのだろう。それもそうだ。Sランクの冒険者最高峰の男が海辺を全裸でフラフラしているなど、普通は思わない。
「最近北の方で魔物の動きが激しいって噂もあるからな。どうも普通の人間じゃねえ奴もいるみてえだしよ」
衛兵はシモネッタの方を見たがその言葉にぞくりとしたのはルカであった。首が取れるのは絶対に見られたくないところだ。
「とりあえずは身体検査だ」
身体検査……必要であろうか。全裸であるというのに。この言葉にさすがにグローリエンが嫌そうな顔をした。先ほどから衛兵の目は容赦なく彼女にも好奇の色を向けている。それも仕方ないといえば仕方ない事であるが。
「ひひ、女は隠すところがいっぱいあるしな。さあ、両手を上げて頭の後ろで組みな」
「そうか、じゃあ」
しかしその言葉に間髪入れずにヴェルニーが前に出た。
背中をくっと反らせ、胸を張って尻を若干突き出す。そのまま少し長くなったブロンドの髪をかき上げながら両手を頭の後ろで組んだ。
「こっ、この変態……」
「存分に調べてくれたまえ」
少し体の心をくねらせて軽く足を開いた様はまさしく芸術品の様であった。
「スケベすぎる……」




