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カスカータル・ボルド

 自分達は薄暗がりの玄室の中にいたはず。


 何故気づきもしなかったのか。遠く雲の向こうに沈みかけている陽が見える。いつの間にか屋外に移動していたのだ。船に乗ったまま。


「ここは……いったい」


 外だ。それも見渡す限りの水……いや海の上である。


「そっ、それより! 寒い! 寒すぎる! グローリエン、暖を取ってくれないか」


「りりりリウロイの光よ、その残滓を我らに分け与えたまえウォームベール!」


 ヴェルニーがすぐに要請したものの、グローリエンもいや、その場にいる全員が同じ気持ちだったのだろう。一年を通じて二十度を少し下回る程度のダンジョンの気温と比べても明らかに寒い。真冬の寒さである。


「こっ、これ、海? 全員が船に乗り込んだことでテレポーターが発動したの?」


 グローリエンが尋ねてくるものの、このパーティーの中で最も魔法に詳しいのが彼女なのだ。彼女の問いかけに答えられる者などいはしない。


「やれやれ、一日に二度もテレポーターにはまるなんてよっぽどついてないみたいだね。しかもこんな海の真ん中……真ん中?」


 そもそもここはどこなのか。もしかするとこれもダンジョンの幻燈による映像でしかないのではないか。そうも考えられるが、しかしこの「寒さ」は間違いなく本物であろう。やはりどこかダンジョンの外に放り出されてしまったと考える方が妥当である。


「ルカ君、どうしたんだい。さっきから空を見上げて。まだ寒いんなら、僕が温めてあげようか?」


「冗談を言ってる場合じゃ……」


「冗談じゃないが」


 ルカは真上を見上げ、そして太陽と反対方向の空を見つめ、とにかく辺りをしきりに見まわしている。


「まさか」


 そう言って自分の口を押えるルカ。グローリエンの魔法によって寒さは大分薄らいだはずなのであるが、その顔面は蒼白である。


「まさかじゃねえよ何か気づいたのか? 何とか言えよルカ!」


 核心的なことを言おうとしないルカにとうとうスケロクが切れたようである。それでもルカの表情は変わらない。


「星が……」


「星?」


 陽が大分低くなり、空には少しずつ星の光が瞬き始めている。


「それに、この寒さ……まさか、まさかここは」


 絶望の表情を見せながらルカは管販に両膝をつく。彼にはこの場所が分かるのであろうか。


「……ここ、南方極海です」


「は?」


 南方極海。読んで字の如く世界の果てに広がる南方の海。その海の果てには大瀑布がぐるっと世界を囲んでおり、先には、何もない。


「じゃ、じゃあ、さっきからうるさいこの轟音は……風の音じゃねえのか? まさか」


カスカータル・ボルド(淵の大瀑布)……」


 東から南を経由して西の海へとぐるっと世界を囲んでいる果ての果て。ルカ達はそこへ転移してきたというのだ。それも、大瀑布の轟音が聞こえるほどの位置にまで。言われてみれば、その轟音の鳴り響く方向へと、船が流されている気がする。


「漕げ! みんなで全力で船を漕ぐんだ!!」


 船のオールは両側に六つ。ヴェルニー、スケロク、シモネッタにハッテンマイヤーがすぐにオールを漕ぎ始める。


「ぼ、僕も……ッ!!」


 ルカも開いているオールを取ろうとしたがシモネッタがそれを制止した。


「ルカ様はご自分の首とメレニーさんが船から落ちないようにじっとしていてください!!」


 確かにルカの首やメレニーが海に落ちでもしたら一巻の終わりである。足を引っ張るどころの騒ぎではない。ルカはおとなしく甲板の上にしゃがんでメレニーを抱きしめる。


「グローリエン、帆を何とかしてくれ!」


 風は気圧の高い方から低い方へと吹く。この南方極海では虚無の宇宙が広がる外へと風が吹いている。帆を出したままでは船は外へ、外へと流されてしまう。


「風よ、唸れ! 人知を超えて荒れ狂え!!」


 片手で印を結んで風の魔法を発動し、開いている方の手で帆を操作するが、勇ましい文句の呪文の割に大した風が出ない。帆を操作しながらではおそらく魔法に集中できないのだろう。しかも小柄なグローリエンでは帆の操作自体も相当に難儀しているようである。なんとか自然の風と相殺する程度の推力しか得られていない。


「とにかく漕いで漕いで漕ぎまくれ!!」


 少なくともヴェルニーとスケロクは細身ではあるもののその膂力は並のパーティーの戦士にも負けない。ハッテンマイヤーの体力には不安は残るものの、そこはシモネッタの怪力がカバーする。


 しかし必死の努力にもかかわらず船は少しずつ、少しずつカスカータル・ボルドへと流されていく。


 この海の外、世界の果ての向こうへと冒険に出た者は、過去にもいた。しかし、冒険を終えた彼らが帰ってきたことなどただの一度もなかった。


 カスカータル・ボルドに飲み込まれて生きて帰ったものなど歴史上一人もいないのだ。


(まずい。流されている。しかもだんだん流される速度が速くなっていないか? カスカータル・ボルドが近づいてきているからか? オールを漕ぐのをやめてグローリエンの方を手伝うべきか?)


 珍しく決断の下せないヴェルニーに焦りの色が浮かぶ。グローリエンの方を手伝って帆の操作をしたいところだが、今オールを手放せばすぐさま船が流されそうで出来ないのだ。


 ルカの方に視線を送る。彼に帆の操作を頼むべきか。幸いにも船は安定している。


 しかしメレニーが心配であるし、彼の首をつなぎとめている糸も、先ほどのヴィルヘルミナとの戦闘によって大分緩んできていることが予想される。もしバランスを崩してしまえば、間違いなく彼の首だけが大瀑布に飲み込まれることとなる。


 いや、それでもこのままずるずると大瀑布に飲み込まれるよりはましだ。ヴェルニーはそう考えた。


「ルカ君!!」


「はい、あっ」


 しかしちょうど彼に声をかけた瞬間に船がぐらりと大きく揺れた。


 いや、揺れたなどというレベルではない。まるでラフティングの川下りのように船が斜めになって流される。


 しかし大瀑布に差し掛かったわけではない。幸いなことに方向が逆だ。とはいえいったい何が起こったのか。船は傾いたまま何十メートルも後ろに流された。


 見れば、目の前の海面が山のように大きく盛り上がっている。水がこのように形を変えるなど、あり得ないことだ。


 まるで、水中から巨大な山が現れたかのような。


 いや、実際その通りであったのだ。


「れ……」


 全員が我が目を疑った。


 船から放り出されないように甲板に這いつくばった姿勢のままルカがその姿を言の葉にあらわした。


「レヴィアターナ」

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