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玄室の謎

「脳震盪起こしてるだけだな……骨も折れてなさそうだ」


 丁寧に玄室の壁際にハッテンマイヤーを寝かせるとスケロクは慎重に彼女の診察をした。横になっている女性を全裸の男が詳しく調べまわるという絵はなかなかに危険なものがあるが彼に関しては今更間違いなど起こすまい。


 むしろ危険なのはケガの方。もしも脳内出血を起こしていたりすると厄介だが、仮にそうだとすればどちらにしろ処置をする方法などないのだ。


 メレニーの方はというと、ハッテンマイヤーの隣で大人しく寝転がっている。まだ遠くからは戦闘音が聞こえてくる。常ならぬ危機の空気を赤子ながらも敏感に感じ取っているのだろうか。泣くこともなく大人しくしてくれているのは助かる。


「さて、これ以上治療が出来ることはなさそうだし、暇になっちまったな……」


 仲間がまだ戦っているというのに何という言い草か、とは感じられるものの、実際彼には今出来ることがないのだ。通路はヴェルニーとシモネッタが封鎖し、その背後でグローリエンとルカがサポートしている。魔法も使えないスケロクが行ったところで連携を邪魔するだけになる。


 「みんなが頑張っているんだから何か自分もしなければ」と常人ならば思うところであるが、こういう時現実主義のニンジャは風のように自由な心で動ける。彼の良きところでもあり、同時に悪しきところでもある。


「オオガラス座、とか言ったか?」


 昨日の玄室の探索を思い出す。天井には如何様(いかよう)なる力が働いているのか、相変わらずプラネタリウムが輝いている。


 スケロクは星座には詳しくはないのだが、その星々の中でも一際明るく輝いている四つの星がルカの言っていたオオガラス座なのだろう。


「にしても何の情報もねえ部屋だな……そういや星の位置がどうとか言ってたが、それがカギになんのか?」


 いつの間にか「暇だから」という理由でこの玄室の謎を解き明かそうと動き始める。まだ仲間はすぐ外で戦っているというのに。


 しかし天井を眺めても答えは出てこない。それはそうだ。スケロクは先ほども言ったように星空のことなど詳しくはないのだ。このプラネタリウムが現実の空と相違あっても、それがどう違うのかが分からない。


「あとは情報があるとしたら床……」


 玄室内には調度品の一つもない。隅っこに赤ん坊と熟女が寝っ転がっているだけである。当然床にも仕掛けはなさそうだ。どこかに踏むと作動するスイッチでもないかとスケロクはその辺を歩き回るものの、やはり何もない。(とはいえ今仕掛けが作動するとメレニーとハッテンマイヤーを守らないといけないので彼が苦労するだけなのだが)


「にしても広い部屋だな」


 テニスコートほどの広さの部屋。これだけ広いというのに何も物を置いていないのがまず不自然なのだ。ミニマリストでももう少し物を置くだろう。これはいったい何のための部屋なのか。


「ん? 壁になんか穴があるな」


 プラネタリウムの光は弱弱しいものであったせいか、昨日の探索時には気づかなかったことに気づいた。


 昨日は壁にも文字や装飾などないと思っていたのだが、よくよく見てみれば通路と反対側の壁に無数の「穴」が開いていたのだ。


「穴の奥は……なんかのスイッチか」


 不用心にもカチカチと穴に指を押し入れてその奥にあるスイッチを押してみる。


 何も起こらない。


 起きたらどうするつもりなのか。無論何が起きても自分の身体能力なら何とかなるという自負があるのだろうが、前回の「音叉の部屋」では何もできなかったことをすっぽり忘れているのだろうか。


「この穴、全部奥にスイッチがあんのか?」


 手当たり次第にカチカチとスイッチを押してみるがやはり何も起こらない。


「気に食わねえな」


 なんだかだんだんと知能テストをされているような気分になってきた。頼まれもせずに勝手にやっておきながら自分が試されているような気がして腹を立てているのだ。


 しかし実際このまま戦闘が終わってからルカが来てこの謎をあっさり解いてしまったりしたらそれこそ目も当てられない。「スケロクさんこんな簡単な謎も解けなかったんスか?」などと言われはしないだろうが、言われた気分になる。


「実際あいつグローリエンの仲間のマルコの事『バードのくせにこんな簡単な謎も解けなかったんスか?』とか言ってバカにしてたしな……」


 そんなことは一言も言っていない。


 言っていないが、彼の中ではそう記憶されていたようだ。


「ん? もしかして……」


 ふと思い立って少し離れたところから壁を見てみる。


 それから後ろ、上に振り向いて天井を見る。再度壁を、さらに天井を。何度も何度も両者を見返す。


「これ星座か?」


 あることに気づいた。プラネタリウムの光と、壁の穴の位置が一致しているのだ。少しずつ鼓動が早まってくるのが感じられた。ドーパミンが脳の奥の腹側被蓋野から堰を切ったように溢れ出てくる。


 これか。これが「謎を解く」という感覚なのかと。興奮に打ち震えるスケロク。彼は今初めてルカがどんな気持ちで黄金の音叉やダンスの悪魔の謎を解いたのかを理解した。


「こんな快感を知っちゃあ……抗えるわけがねえよな!」


 おそらくは今まで生きてきた中での最大の快楽を感じながら、スケロクは壁に手を伸ばす。


「まずは……ここだ」


 壁に配置された穴はかなりオオガラス座に焦点を当てて拡大されている。スケロクは背伸びして最初の穴に指を押し入れてスイッチを押した。


 次のボタンは左に相当外れている。手を伸ばし、何とか該当の穴に指を刺し入れてスイッチを押す。


 ここまで来て一瞬迷った。


 この仕掛け、もしかしたら「一人で解くことを想定していない」のではないかと疑い始める。星は四つだが、一人で全部押すには少し厳しい位置にあるのだ。


 ともかく次、足元にあるスイッチを左足の親指で押し込む。カチリと小気味いい音がする。勝利の足音が聞こえ始めた。残るは一つ。


「どうする……ルカ達が戻るのを待つか」


 残るは一か所ではあるが、すでに両手と左足が塞がった状態で、右足は自分の体重を支えるのがやっと。この状態でどうやって残る一つのボタンを押せというのか。


 正直言ってここで一人で仕掛けを解いたとして、何も得るものなどないのだ。ならば仲間が来るのを待ってから事を成すのが最善である。


「いや、出来る!」


 しかし彼の大脳辺縁系がそれを拒否した。

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