ネクロゴブリコン
「クソがッ!!」
逃げながら、スケロクが苦無をヴィルヘルミナに向かって投げつける。ニンジャが常用する穴掘り、工具そして投擲武器など多用途に利用できる忍具である。通常であればスケロクほどの膂力をもってして投げつければ易々と人の命を奪いうる。
「ふんッ」
しかし普段のように直線的に飛ばず、山なりに飛んでいった苦無は彼女の胸に弾かれて力なく戦車の荷台に落ちた。
「なんてこった。全く攻撃が通らねえ……」
ヴィルヘルミナの操るカースによってスケロクの攻撃力が下がっているのだ。
「これがシャーマン戦車の装甲力か」
「いいから逃げるぞスケロク! 坂道ももうすぐ終わりだ!!」
行きと違って全速力で駆け抜けた黄泉平坂。ようやく出口が見えてきたのだ。彼女らがこの坂を越えられないのならば話は簡単だが希望的観測は身を亡ぼす。
「シモネッタさん、右だ!! 第七階層まで退くんだ!!」
先頭を走っているシモネッタにヴェルニーが指示を出す。第八階層から第七階層へは階段を登らないと移動できない。少なくともヴィルヘルミナの戦車は機動力を失うこととなるはずである。
「ダアァイィ!!」
最後尾を走るヴェルニーのすぐ隣の空間が爆発する。皮肉なことにヴェルニーとスケロクの二人は大分ヴィルヘルミナの攻撃の前兆が分かるようになってきていた。もちろんそれでも危険な攻撃には変わらないのだが。
「スケロク、少し時間を稼ぐぞ!」
「応ッ!!」
ヨモツイクサの軍団とルカ達の一団の距離が大分詰まってきている。ヴェルニーはヴィルヘルミナの攻撃に注意しつつも再度立ち止まって敵を蹴散らすこととした。
馬ではなく人が引いているヴィルヘルミナの戦車はだいぶ遅い。戦車と自分達の間に展開しているヨモツイクサ達をツヴァイヘンダーと小太刀が蹴散らすのだ。
彼らも決して弱いわけではないが、しかしSランクに位置する二人の攻撃の前には木の葉の如く死体が舞うこととなる。実際この二人の猛攻に耐えられる者などそうそういないのだ。
「カマソッソ、てめえ!!」
突如としてスケロクが宙に向かって叫ぶ。次の瞬間空中からの攻撃を小太刀で弾いた。
「てめえマツヤニはどうしたこらぁ!!」
なんとヨモツイクサの軍団の中に死のコウモリ、カマソッソが混じっていたのだ。
「今ストックがないんスよォ!! 作るのに一か月くらいかかる!! それはそうとシウカナルの法を犯した外敵と戦う義務があるんでね!!」
「てめえがさっさとマツヤニもってくりゃあこんな面倒なことにゃなんなかったんだよッ!!」
悪態をつきながらも次々とヨモツイクサの兵士を屠っていく。しかし、その戦いのさなかでヴィルヘルミナの弾いている音楽の曲調が変わったのに気づいた。
「ショウは終わりだ!! ネクロゴブリコン! ウィアネクロゴブリコン!!」
耐え難いがなり声の中、かろうじて妙な単語の音を拾い上げることが出来た。
「なんだ……何か」
異様な雰囲気にヴェルニーの足がすくむ。いや、異様なのは雰囲気だけではない。彼とスケロクが屠りに屠った無数のヨモツイクサの死体が、振動……蠢き、一か所に集まっていくのだ。
「走れヴェルニー!」
ルカ達はすでに黄泉平坂の洞窟から出ている。ヴェルニー達は後方に注意しながらも逃げ出した。
後ろでは、ヨモツイクサの死体が一つに合わさって、巨大なアンデッドを生み出していた。
「行け、ネクロゴブリコン!! 殺せ! 殺せ! キルキルキルキルキル!!」
再びトランスのような状態になって叫ぶヴィルヘルミナ。ネクロゴブリコンと呼ばれた巨大なアンデッドは黄泉平坂の入り口を破壊しながら谷底に出た。
「一気に階段まで駆けるんだ!!」
出口までもう少し。しかしただで逃げられるはずがない。
「殺アァァァァァァッ!!」
これまた耐え難い叫び声とともにネクロゴブリコンが巨大な岩を投げつけてきた。
「危ない!!」
ルカ達に直撃するところであったが、間一髪シモネッタの大盾が間に合った。岩は砕け散り、しかし衝撃は殺しきれずにハッテンマイヤーが吹き飛ばされた。
「ハッテンマイヤー! 大丈夫ですか!?」
ぐったりとして反応がない。吹き飛ばされたときに頭でも打ったのだろうか。とりあえずシモネッタは彼女を抱きかかえる。ただの教育係ではあるが、幼いころから一緒で、事実上国を追い出されたときもついてきてくれた、気の置けない存在なのだ。
「治療は後だ! とにかく走れ!!」
自身も走りながらスケロクが叫ぶ。一方ヴェルニーは先にネクロゴブリコンを始末しないと危険と判断して反転、高く跳躍して垂直に斬りかかった。
頭をカチ割ろうと攻撃に出たのだがネクロゴブリコンは片腕を出してこれを防ぐ。片腕でも人の胴ほどの太さがある。だがそのくらいならヴェルニーは苦も無く切り裂くはずであったが、中ほどで剣が止まってしまった。
「クッ、こいつ、骨が何本もある……」
「殺アァァァ!!」
開いた腕でヴェルニーを掴もうとするが、すんでのところで剣を腕から引き抜き、後ろに跳躍する。しかしこれで投擲の攻撃は封じた。ヴェルニーは一目散にスケロク達の後を追う。
「もう少しだ! 階段が見えてきたぜ!!」
あと少し。しかしまたも後方でヴィルヘルミナの曲調が変化するのを感じた。一体いくつの攻撃方法を持ち合わせているのか。しかしそれも第七階層まで逃げてしまえば詮無き事。あと少し。あと少しなのだ。
ギュイイイイィィーーーン、とヴィルヘルミナのフライングVがうなりを上げる。次は何が来るのか。それが分かっても分からずとも、走るしかない。機動力の劣るヨモツイクサどもを振り切ってひたすらに走るルカ達であったが、次の瞬間目を疑うような光景に出くわした。
「殺アアアァァァ!!」
なんと、あと少しで階段というところだったはずなのに、ルカ達の一団はいつの間にかヨモツイクサ達の群れのど真ん中にいたのだ。
いつの間に、如何様にしてこんなところに紛れ込んだというのか。
「テレポーターよ!!」
トラップなのか、それともヴィルヘルミナの怪しげな術なのかは分からない。しかし最悪のタイミングでテレポーターが発動したことだけは間違いない。
遅れていたヨモツイクサの軍団のど真ん中、前も後ろもはさまれる形で移動してしまったのだ。
「ああら嬉しい。ルカさん、私に会いに戻ってきてくれたのね」
ヴィルヘルミナのたわ言をよそに、グローリエンが叫ぶ。
「みんな! 玄室に逃げ込んで」
事実上それ以外にもう選択肢などないのだ。たとえ袋小路であろうとも。だがそれすらできるか危うい。こちらには意識を失ったハッテンマイヤー、赤ん坊のメレニー、首の落ちそうなルカ、戦闘で傷ついているヴェルニーとスケロク。そのメンバーが触れ合いそうなほどの距離に接敵しているのだ。
しかし、その時グローリエンが大きく息を吸い込み、暗黒のブレスを吐き出した。




