デスメタル
ギィィィィ……ンと、金属音のような残響が響く。
「く……な、なにしやがった」
ルカ達のところまで吹き飛ばされて転倒していたスケロクがすぐさま立ち上がろうとしたが、しかしバランスを崩して再び転んでしまう。
「三半規管をやられている……」
ヴェルニーが呟く。
凪の谷底のヴィルヘルミナが仕掛けた音波攻撃は耳の奥の蝸牛をも痛めつけ、ほんの数秒の事ではあるが、二人を立てなくしてしまっていた。
「なんて汚い音なんだ」
ルカが耳を押さえながら悪態をつく。楽といえばよりきれいな音を、より美しく澄んだ音を、と考えるのが当然の彼にとってヴィルヘルミナの奏でた音は許しがたいものであった。
ギュイーンと彼女がまた小さく音を出した。今度は攻撃ではないらしく、そこまで大きな音ではなかった。余裕を見せているのだ。そうでなくともヴェルニー達の周囲にいたヨモツイクサも攻撃に巻き込まれて立ち上がれない状態なのであるが。
「どうかしら? 私の音、気に入ってくれたかしら。ルカさんはきっとこの良さを分かってくれるわよね?」
ルカは抱っこ紐の中をメレニーをぎゅっと抱きしめる。
「ふざけるな! そんな汚い音、メレニーの教育に悪いだろ!!」
ヴィルヘルミナの奏でるギターの音が二匹の獅子の振動板から何十倍にも増幅され、金属のような不快な音を発射する。彼の常識の中にない「音」だ。
「冥界の門番の奏でる死の金属音、どうぞお耳汚しを」
「くっ、走れ、みんな!!」
覚束ない足取りで、ヴェルニーが指示を出す。それと同時にヴィルヘルミナのフライングVが濁った音を奏でだす。
「ヴォオオオオオオオオオオ!!」
元々ハスキーな声ではあったが、ヴィルヘルミナのデス・ヴォイスが洞窟内に響き渡る。とっさにヴェルニーは剣を構えようとするが無駄と悟りルカ達の後を追ってフラフラと走り出す。
「ヴェルニー、さっきと違う! 気をつけろ!!」
見えない攻撃。これをいったい如何様に防ぎ、躱せというのか。両手をフリーにするためにスケロクは小太刀を鞘に納めていたが、頭上に異様な圧を感じて伏せた。
ズン、と背中に衝撃を受けてスケロクは胃の内容物を吐き出した。
「がはっ……」
幸い両耳はふさいでいたので三半規管は無事であるが、ダメージが大きい。ヴィルヘルミナのデスメタルで足を止められ、ヨモツイクサに仕留められてはたまらない。
「立てるか、スケロク!」
ヴェルニーに抱き上げられて何とか立ち上がる。裸の男同士の絡みの気配を感じて一瞬ハッテンマイヤーが振り向いたがさすがに「今はダメだ」と走り続ける。
「とにかく逃げるしかねえ。幸い今のは連続してはだせねえみてえだ」
いつの間にかヴィルヘルミナは二人のヨモツイクサの引くチャリオットのようなものに乗って演奏に専念している。
脳震盪を起こすのではないかと思われるほどに頭を激しく上下させ、髪の毛を振り乱すさまはトランス状態のシャーマンの如き様。
「シャウゥウィウェイゴオ゛オ゛オ゛オオヴォアアアアァァ!!」
もはや言葉を叫んでいるのか、ただ意味のない音をシャウトしているのかすらも判別できない。
「あぶねっ!?」
地面がどかんとはじけ飛ぶ。なんの前兆もなく。その衝撃で再びスケロクとヴェルニーは転倒してしまった。
「ダアァイィッッッ!!」
まずい。
直感的にヴェルニーは感じ取った。刹那、顔の中心が熱くなる。
最初の攻撃と違って、空間を特定して任意の位置に攻撃を絞ってきているのは感じ取っていた。しかしその爆心地が、次は自分の頭部なのだと理解した。それももう爆破までは1秒もあるまい。
一瞬で頭の中に走馬灯のように記憶が流れたとき、確かにリュートの音が聞こえたのだ。
「な……なんだ? 爆発しない……」
「立てヴェルニー! とにかく全力で逃げるぞ!!」
上り道に振り向いて走り出した彼らの目に入ったのは、リュートを構えたルカであった。先ほどのリュートの音は、幻聴などではなかったのだ。
「奴の攻撃の正体は、音です!!」
そんなことは分かっている。今更何を言いだすのだこの雑魚は。とスケロクが口から吐き出す前にルカは言葉を継ぐ。
「それも音波に魔力を乗せて共振を起こしている。だから離れた場所に一瞬でエネルギーが集中するんです!!」
本来ならば固定された物体にのみ起こる共振。振動体の固有振動数の刺激を受けたときに爆発的に増幅された振幅の振動を起こす現象。それをヴィルヘルミナは魔力を乗せることで空間に発生させているのだ。
「僕には、奴の音の波が見える」
「本当か、ルカ君!!」
「奴の振動波に僕のリュートの出す振動波で干渉して振幅を乱します!!」
「だったら……」
後顧の憂いは絶った。ならばここは乾坤一擲反撃に出るべき。ヴェルニーはそう考えた。
「後詰めは任せろ」
そしてスケロクはフォローを申し出る。
ヴィルヘルミナはヨモツイクサの軍団の先頭にいる。今ならば。
「喰らえッ!!」
人とは思えぬほどの跳躍で十歩以上の距離を一気に詰めて斬りかかる。
「ヴォオオオオ!!」
刹那ヴィルヘルミナのデスヴォイスが交錯する。だがそんな隙など与えない。ヴェルニーのツヴァイヘンダーが袈裟懸けに彼女の体に食い込む。
「ぐくっ……なに!? なぜ……」
しかし食い込んだだけだったのだ。
常ならばヴェルニーの両手剣はヴィルヘルミナの僧帽筋から入り込み心の臓を両断して腸腰筋までぶち破って突き抜けるはずであったが、実際には剣は肩に食い込んだだけで止まってしまったのだ。
「攻撃だけじゃないわよ」
ヴィルヘルミナが手のひらでヴェルニーの両手剣をぐい、と押す。抗えない。こんな痩せっぽちの女にヴェルニーが押されているのだ。
「中級とはいえ私は魔人のシャーマン。攻撃される際にカースでお前の攻撃力を下げたのよ」
「ヴェルニー!!」
スケロクの声が聞こえる。
そうだ。チャリオットに乗っているヴィルヘルミナに切りかかったのだから、すぐ後ろにはそれを引いていた二人のヨモツイクサがいるのだ。
「くそっ!」
慌てて反転し、ヨモツイクサのうちの一人を切り払うと今度は真っ二つに両断できた。カースはほんの一瞬しか効果がないようだ。
「退くぞ!!」
もう一人のヨモツイクサを切り殺しながらスケロクが叫ぶ。その言葉を聞き終わるか終わらないかのうちにヴェルニーは再び跳躍してチャリオットから距離を取った。
「ド畜生め。なんて厄介な敵だ」
スケロクが毒づくが、ある意味完成された強さなのだ。
遠距離には音波で攻撃し、足を止めて仲間のヨモツイクサに仕留めさせる。反転、攻撃してくれば自分の身はカースで守る。突き崩す方法が見つけられない。
「やっぱり逃げるしかない!!」
チャリオットならば階段は昇れないはず。第七階層までやはり退くしかないのだ。




