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丁字路

 谷底の回廊の中腹にいた冥界の住人“凪の谷底の”ヴィルヘルミナ。彼女を慎重にパスし、先に進んだ一行を待っていたのはここに降りてきたのと同じような上層へと通じる階段であった。


「まさかとは思うけど、テレポーター?」


ダンジョン内で似たような景色を何度も見かける場合、まず疑わしいのがテレポーターである。というか、その可能性を早めに潰しておかないと後々痛い目を見ることになる。


「僕は経験したことないんですけど、テレポーターなんてものが本当に実在するんですか?」


「そうそうよく目にするものじゃないけどね。実在はするよ。何より、本当にダンジョンがガルダリキからのゲートの役目をしているんだとしたら、ダンジョン自体が巨大なテレポーターみたいなものだからね。中に小型のテレポーターがあっても不思議じゃないわ」


 実際にユルゲンツラウトやヴァルメイヨールのようなガルダリキの住人にすでに出会っているのだからそれは間違いない。


 ガルダリキとヴァルモウエは壁で隔てられているのではなく断絶されて泣き別れになっているのだ。穴を掘ったところで向こうとこちらを行き来できるはずがない。


 ならば魔力か何かを使って時空を捻じ曲げて「繋いで」いるのだ。その魔力の影響を無視はできない。


「もう一つ、可能性はあるだろう。実際に、上へと繋がっている」


 ヴェルニーが言うのも至極まっとうである。上に階段があるのなら、実際に上へと繋がっているのが一番考えられる。ダンジョンが下へと潜るばかりとは考えられない。


「このダンジョンの反対側がガルダリキにも繋がっているというのなら、ある程度まで潜って、あとは上りになっているんじゃないのかな?」


「つまり、ちょうどこの八階層がヴァルモウエとガルダリキの中間点っていうことですか」


 いよいよとガルダリキの空気が近づいてきているのだ。自然とルカ達の胸も高鳴ってくる。何しろこの先に、まだ誰も人類の行ったことのない未開の大地が広がっている可能性が見えてきたのだから。(といっても、ヴァルメイヨール伯爵の夫のように偶発的に向こうの世界に迷い込んだ人間はいるようだが)


「とはいえ、今はまず冥界のマツヤニだな。フロアの把握が第一優先だ」


 スケロクがそう言って道具袋から小さな筒を取り出し、岩の上に中身の粉を出すとぐりぐりと石でそれを塗りつぶすように押した。


「それは?」


「狼煙を上げるときに使う顔料だ。こいつで目印をつけて、反対側まで戻ってみようぜ」


 なるほど、案ずるよりも生むがやすし。そもそも魔物もデーモンもいないこのフロアでは実際に確認した方が早いということだ。長い距離を歩くのは少々手間ではあるが安全に確認できるのならそれもいいだろう。一行は引き返して第七層の階段まで戻ることにした。


 途中半ばの辺りを通るとまだヴィルヘルミナが岩場に座ってぼうっとしていた。ルカが会釈をしたものの、まるで寝ているかのように何の反応もない。亡者……その言葉が一行の脳裏をかすめる。


「ねえな……」


 谷底の反対側、第七階層への階段の辺りまで来てスケロクが辺りを見回すが、先ほどの硫黄で作られた黄色の顔料の塗りたくられた岩場はなかった。

 ということは、テレポーターではない。反対側は、別の階層へと繋がっているのだ。


「ってことはだ。この階層は巨大な丁字路の構造してるってこったな」


 基本は一本道。そこに繋がるようにヴィルヘルミナのいた冥界に繋がる黄泉平坂(よもつひらさか)がある、といった形である。


「ところで、途中部屋があることには気づいたか?」


「ヴィルヘルミナのいたあたりだね。そこも調べてから彼女に冥界に案内してもらうとするか……シモネッタさん達もそれで……あれ?」


「いねえな……途中から鎧の音がしねえとは思ってはいたが」


 思っていたのならなぜ言わないのか。しんがりを務めていたシモネッタとハッテンマイヤーが一行から消え失せていた。まさか何者かにかどわかされたというのか。しかしスケロクは落ち着いた様子で手のひらで筒を作って遠眼鏡のようにそれを覗く。


「ヴィルヘルミナのとこにいるな……何してやがんだ?」


 ピンホール効果によって瞳孔径を絞って焦点深度を深くして遠景を見通す技術。パーティーの中でも最も視力のいいスケロクがこれをすることで他の者では物影の認知すらできない遠くまではっきりと視認することが出来るのだ。読者の皆さんも試してみよう!


「危険はないとは思うが、すぐに行こう。どちらにしろあそこまで戻らないといけないからね」


 すぐにヴェルニーが小走りで駆けだす。たとえ小走りでも身軽なヴェルニー達は大変なスピードで谷底の道を進む。赤ん坊を抱いているうえに首も落ちないように気を使わないといけないルカだけがやや遅れて彼らの後を追う。


「はあ、はあ、シモネッタさん、ダメじゃないか、ちゃんとついてきてくれないと」


「あらヴェルニー様、すいません。ついお話に花が咲いてしまって」


「話?」


 あの無感情に見えるヴィルヘルミナと話が盛り上がっていたというのか。信じられない、という表情をヴェルニーは浮かべる。


「ふぅ……」


 話疲れたのかヴィルヘルミナは岩に座ったままため息をついた。フードを目深にかぶった彼女の表情は杳として知れないが、その死者のように青白い肌に赤い唇だけが異様に光って見える。


「ヴィルヘルミナさん、意外と面白い方なんですよ。楽器の演奏が趣味らしいのでルカ様とお話が合うかも……」


「あ、ああ。その話はまた聞かせてもらうから。それよりも、ちょっといいかい?」


 ヴェルニーが彼女の手を引いてヴィルヘルミナと距離を取ったころにようやくルカも追いついてきた。


「七層への階段まで戻ってみたんだが、ヴィルヘルミナに冥界を案内してもらう前に向かいにある玄室を調べることになった。日暮れまでの時間を考えるとあんまり時間もないから急ぎたい。いいね?」


 もともとこの谷底には日の光が差さないのでわかりにくいが、崖の日影が大分上に移動している。日が落ちてしまえば今以上に真っ暗になってしまうだろう。その前にこのフロア全体の概要を掴んでおきたいところなのだ。


「まあ、こんなところに玄室があったんですのね?」


 ダンジョン内で特に大した理由もなく単独行動に出るなど自殺行為である。熟練者でも危険な行為を今日初めてダンジョンに潜ったような小娘がしたとあっては、本人の資質よりはまず教育係の不行き届きが問われる場面だ。


 ヴェルニー達はヴィルヘルミナのいた岩場とは通路の反対側の壁、そこにあった岩陰から延びる洞窟のような通路を歩きながら彼女に(今更であるが)ダンジョン内での行動の注意点を滔々と語ったが果たしてどれだけ彼女に響いたことか。


 ともかく、このフロアに来て初めて出くわす人工物に一行は対峙した。洞窟の奥には大きな石扉が設えてあったのだ。全員でそれを押してゆっくりと扉を開ける。このフロアにまったくいなかった敵対的存在がいないことを祈りながら。


「星空?」


 外と同様、玄室の中にも、全く想像だにしていなかった光景が展開されていた。

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