アウティング
「ちょっとヴェルニーさんに聞かなきゃいけないことが出来たんですけどね」
「なにかな?」
玄室の罠は解除され、第八階層へと続く扉も、引き返す通路に戻る石扉も、共に開いた。ルカ達の勝利である。
「そんな事よりルカ、なんでおめえあれが調律に使う道具だってすぐに分かんなかったんだよ。それでも吟遊詩人かよ」
ヴァルメイヨール伯爵とサキュバス三姉妹に貰ったもの、そしてこの玄室にも一本安置されていた合計三つのY字型の棒は音叉であった。
枝分かれしているフォークの部分を指などで叩くと特定の周波数の音を出し、それを基に楽器の調律を行う。
このダンジョンのマスターは侵入者が自分達と違う音楽体系を保持していることも想定した上でトラップが解除できるように仕込んでいたのだ。なんというきめ細かなダンジョン運営。
「そんなこと言われてもですね。僕らみたいな木っ端楽師は楽器の調律なんて記憶の中の音とずれてるかどうかで判断してるんで、道具なんか使わないんですよ」
「それじゃやってるうちに段々ズレてきたりしねえのかよ」
「ズレますよ? だからたまに他の人の音を聞いて調整します。宮廷楽師なんかはモノコードだとか音叉だとか、専用の調律の道具を持ってるって話は聞いたことありましたけど、それがどんな道具で、どうやって使うかなんて僕みたいな平民が知ってるわけないじゃないですか」
田舎で細々と吟遊詩人をやっているだけの人間なら楽譜の読み方すら知らない、という事もザラである。そこを考えるとルカはまだだいぶマシな方なのだ。読み書きもできる。
「それは別にいいんですよ。それよりヴェルニーさんです。ヴェルニーさん? なんか僕の名前呼びながら勃〇してませんでした?」
「なんのことかな?」
この期に及んで無様な誤魔化し。こんな勇者の姿は見たくなかった。
「まあ、私も少し気にはなってたんだけどね。ルカくんと違って本当に最初に私と会った時から全く何も反応がなかったから。自惚れるほど自分の身体に自信があるわけじゃないけどさ」
実際ルカは初めて裸のグローリエンと会ったばかりの時は随分と苦労した。最初は衣服を着用していたこともあって、何とか誤魔化せたのだ。
実際ヴェルニーが女に不自由しないほどのイケメンであるから彼女の裸に反応しなかったという事などあろうか。そもそもギルド内でも彼が女たらしだという噂があるどころか、浮いた話の一つすら流れてこない。
と、思っていたら、まさかの同性愛者疑惑である。
「まあまあ、いいじゃないですか」
間に割って入ったのはハッテンマイヤー女史。もうこの女が出て来た時点で嫌な予感しかしない。
「いいですかみなさん? 『美しい』ということは『正しい』という事です」
いきなりルッキズム全開である。
「鍛え抜かれた男の身体は、女よりも美しい。『美しい男』と『美しい男』が恋愛をする、つまりホモこそが、この世界における最も正しい愛のカタチなんです」
いろいろと問題のある発言ではあるが話は進んだ。ルカの口からは言いづらかったが、要するにこうだ。「ヴェルニーはホモなのか? ホモだからルカのナチュラルズ加盟に賛成したのか」と、つまりそういう事を彼は聞きたいのだ。
「まず、大変大きな誤解があるようだが、僕は別にホモではない」
ホッ、とルカが安堵のため息を吐く。しかしではさっき彼の名前を呼んだのは何だったのか。
「ただ少し、ルカ君の事を考えるとおちん〇んがふっくらしてくることがある、ということに気づいただけさ」
「余計悪いじゃないですか!」
ホモである。
「何度も言うが僕はホモではない。たまたま好きになった人が男性だったというだけさ」
「えらい!よく言った!!」
「ハッテンマイヤーさんは黙っててください。というかもうヴェルニーさんも黙っててください」
「羨ましいねえルカくん」
そう言いながらグローリエンがメレニーを彼に渡す。
「ハーレムパーティーじゃないの」
これをハーレムと言っていいものかどうか。
泣いているメレニーをあやしながらルカは絶望する。赤ん坊のメレニーと、巨人族のシモネッタ、それに男性のヴェルニーから好意を向けられているのだ。
ため息をつきながらも、ルカはその場に座り込んで水筒の中の母乳をメレニーに与えながら少し考えこむ。
とにかく、これで第八階層への扉は開き、そしてアーティファクト『黄金の音叉』も手に入れたのだ。おそらくは残るアーティファクトは三つ。
それを手に入れることで何が起こるのかは分からないが、おいおい真実に近づくこともあろう。今それに想いを馳せても詮無き事。
分かったことはいくつかある。
このダンジョンはヴェルニーが時折口にするような「侵入者を処刑するための罠」はなく、冷静に対処すれば必ず「出口」が存在するような罠が多いという事。
そしてここからはルカの願望交じりの想像になってしまうが、このダンジョンにはおそらくストーリーがある。ダンジョンマスターが何か「意図」を持って制作している。侵入者に「伝えたいこと」があるのではないか。そんな気がしてならなかった。
「けふぅ」
肩の上に頭を乗せてメレニーが可愛らしいげっぷをする。いつものパターンだとおそらくこの後うんちもするかもしれない。少し様子を見てから出発することになる。
「それにしても『黄金の音叉』ですか……なんでよりにもよってこんな重いもので作ったんでしょうね?」
ハッテンマイヤーが首を傾げながら音叉を一つずつ布でくるむ。硬度の低い純金は容易に傷ついて変形してしまうためだ。
鉄の倍以上も重く、熱処理をしていないとはんだのように柔らかい。正直言って扱いに気を遣う金属だ。貴金属故に高値で取引されるが、卑金属の方が工業的価値ははるかに高い。
「もしかしたら、わざわざ金で音叉を作った事にも、何か意味があるのかもしれませんね」
調律を元に戻しながらルカが呟く。
このダンジョンを作ったのは、まず間違いなくガルダリキの人間、魔人だ。そしてそれは魔竜王バルトロメウスである可能性が高い。彼がいったい何を意図してこんなダンジョンを作ったのか。
ハッテンマイヤーの名前からも分かる通り、ヴァルモウエの世界も北部に行けばガルダリキの言葉の特徴が色濃く残っている。
しかしそれでも調律の方法において魔族の言葉でもなく、人間の言葉でもなく、あくまでキーアイテムと楽譜だけによるトラップの解除方法を提示してきた。その意図はどこにあるのか。
だが今はとりあえず、冥界マツのヤニを手に入れることが先決だ。




