黄金の音叉
骨がきしみ、筋肉が悲鳴を上げる。
床と天井を繋ぐ柱と化している両手持ちは大きくたわんで座屈している。
魔導の罠によって重力はおよそ二倍になっている極限状態の中、スケロクとヴェルニーは天井を支えていて身動きが取れない状態。グローリエンは魔力の障壁によって乳幼児となってしまったメレニーを守っている。シモネッタは自身の体重と鎧の重量によって体を支える事すらできず、カギを握るルカは頭部を落とさぬよう身動きが取れない。
唯一動けるハッテンマイヤー・エルトマンは両手で把持するにはあまりにも頼りない面積のアーティファクトの柄を、無理やり両手でつかんで何とか持っている状態なのだ。この状況で音叉のフォーク(二つに枝分かれした部分)を叩かねばならない。
まさかこれほどの人数がありながらも音叉一つ叩くことが出来ないほどに人手が足りないとは。
よりにもよってなぜ鉄の倍以上の比重を持つ黄金などでこの音叉は作られているのか。こうなることが分かっていて嫌がらせで作ったとしか思えない。こんな状況でルカはさらに無茶な注文を付けてくる。
曰く、フォークの部分に触れるな。
曰く、固いもので叩くな。
曰く、柔らかいものも駄目だ。
曰く、表面は柔らかく、芯に固さのある物で叩けと。
「無茶な注文を……ッ!!」
いつも飄々としているハッテンマイヤーが苛立ちを隠せないのは珍しい事である。
要は指の背だとか側面、そんなところで叩けばよいのだが、元の重量の倍以上になっている黄金の音叉は、ハッテンマイヤーの力では両手で把持するのが限界。そして他に身動きの取れる人物もいない。
そんな状況で声をあげたのがヴェルニーであった。
「ひとつ……ちょうどいいものがある」
苦しげな吐息と共に声を絞り出す。
一同がその言葉の意味を測りかねた。それもそのはず。道具が無いと言っているのではないのだ。手が自由に動かせる者さえいれば、指の背を使ってハッテンマイヤーの持っている音叉を叩けばいいだけの事。
それができる人がいないから困っているのだ。言葉を発したヴェルニーとて天井を全力で支えていて手が離せないではないか。とうとう状況此れ極まってすわ気でも狂ったかと思われたが、当然違う。ナチュラルズのリーダーでもある彼が、どれほどに絶望的な状況でも諦めず、道を切り開いてここまで生きてきた彼が、道に窮して倒錯するなどあり得ないのだ。
「僕のちん〇んで、音叉を打つ」
倒錯したかもしれない。
「ちょっとヴェルニーさん! 真面目な話をしてるんですよ!!」
「僕だって真面目な話をしている」
当然ながらこんな状況でふざけている余裕などない事は両者ともに理解している。確かに立ち位置的にヴェルニーはハッテンマイヤーのすぐ目の前に立ってはいるが……
「ヴェルニーさん、さっきも言ったように、『柔らかいもの』で打っても音叉は響きません。『表面は柔らかく』、『芯は固い』もので打たないと……」
「勃〇したちん〇んならどうだ?」
まさかヴェルニーの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。スケロクなら言いそうだが。
だが。
だが確かに。
勃〇したちん〇んならば、確かに音叉を打つには最適なのだ。(異論は認める)
しかしこの状況で、果たして勃〇が出来るというのか。ただでさえ全身の力を使って天井を支えているという状況。股間に血流は集まりにくい。
ましてや、ルカは一度も。ただの一度もヴェルニーが勃〇したところなど見たことがない。グローリエンの裸をいつでも見放題な普段ですらしない勃〇を、今この状況で出来るというのか。
出来る。
出来るのだ。
脂汗を滴らせながら、全力で天井を支えているこの進退窮まる状況で、勇者ヴェルニーはちん〇んを固くすることが出来るというのだ。
彼は目をつぶり、遥かな三千世界ともいえる妄想の扉の中に想いを馳せる。目の前にいるハッテンマイヤーの助力などを彼は必要としない。勇者はそんなセクハラをしたりはしない。女性の目の前で裸になるのも勃〇するのも十分セクハラだろうと言われればその誹りを免るるに足る論拠を持たないが。
「ルカ君……」
「!? はい?」
返事はしたが、どうやら彼を呼んでいるわけではなさそうだ。ルカはイヤな予感がした。
「ルカ君……ああ♡ ルカ君!!」
「なんでボクの名前を呼びながら勃〇してるんですかァッ!!」
それにどれほどの意味があろうか。この部屋のトラップを解除することの前には些事に過ぎない。ともかくも、勇者はその真の姿を現したのだ。
「今だッ! ハッテンマイヤーさん!!」
「応ッ!!」
しかしルカとは対照的にハッテンマイヤーは逆にこの状況において水を得た魚の如く活き活きとしていた。体力の限界にも思えた彼女はまるで樵のように音叉を振るう。
コオォォォォ……ンと、音叉の音が響く。いろいろと言いたいことがあるルカであったが、とりあえずその気持ちをぐっと飲みこみ、つまみを捻って音を調整する。音が残っているうちに、つまみを捻っては弦を弾き、弾いてはつまみを捻り、何度も何度も一瞬のうちにそれを繰り返す。
「オーケーです。次ッ!!」
体力は限界に近い。しかしハッテンマイヤーは謎の回復を見せ、音叉を持ち換えてフォークでヴェルニーのちん〇んを横薙ぎに叩いた。
乾いた音が長く響き、再びルカが調律作業に入る。
「次ッ!!」
「ルカ君ッ♡♡♡」
萎えてきた自分を奮い立たせるためか、再びヴェルニーがルカの名を呼ぶ。ルカは聞こえなかった振りをする。
三度目の音が響き、ようやく調律の作業が終わった。
「これで……この音で、きっといけるはず!!」
調律の終わったルカは、既に天井の陰に隠れて見えなくなってしまった音の組み合わせを、リュートで再現してその音を旋律に乗せる。
「と……止まっ……た?」
それまでうなりを上げて軋んでいた天井の降りてくる音が、ふいに消えたのだ。そしてしばらくすると、それは逆に上昇し始める。
いつの間にか全員を苦しめていた重力も、元に戻っているように感じられる。
「どうやら、トラップが解除できたみてえだな」
天井を支えていたスケロクとヴェルニーは安堵のため息をついて地べたに座り込み、それとは逆に重力によって床に縫い付けられていたシモネッタは立ち上がる。
「えっとですねぇ」
そして、祭壇を支えに首を固定して座っていたルカも立ち上がった。
「ちょっと……ヴェルニーさんにお聞きしたいことがあるんですけどね」




