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調律

「グローリエンさん、メレニーは!?」


 ルカがまず気にしたのはそこであった。グローリエンはルカから受け取ったメレニーを抱きかかえているはず。もちろん普通の赤ん坊と同じ生態なのかどうかは分からないが、まだ生後一日の乳幼児なのだ。


 彼女の方を見てみると、メレニーを抱きかかえたまま蹲っていた。


「だ、大丈夫よ……魔力の障壁を展開して、何とか持ちこたえてる」


 見れば、メレニーとグローリエンの周りには傘のように薄い膜が広がって彼女らを守っているようだ。もちろん重力は目に見えないが、どうやら何らかの魔力が作用してこの部屋の重力を上げているようである。


 一方跪いているシモネッタは立ち上がれそうな様子ではない。


 アリは自分の体重の五十から百倍の重量を持ち上げられるが、ゾウはジャンプする事すらできない。筋力は断面積、すなわち二乗に比例するが体重は体積、つまり三乗に比例するため、体長が大きくなればなるほど相対的な筋力は落ちることになるのだ。


 これにより自分の体重とアーマーの重量に耐え切れなくなったシモネッタは自重を支えることが出来ずに崩れ落ちてしまったのである。


「アーティファクトが盗まれていなかった理由はこれか」


 おそらくは中央の祭壇に安置されているY字の黄金の棒が取り払われると仕掛けが作動する仕組みになっていたのであろう。


 前後の扉が閉まり、天井が降りてくる。それと同時に部屋全体に重力を増加させるような魔法がかけられていたのだ。そして、それはY字の棒を元の場所に戻しても元に戻ることはなかった。


 天井には祭壇をよけるように窪みが彫られており、部屋全体を圧し潰すようになっている。このままでは全員天井に潰されてしまうだろう。


「くそっ、鍵穴も何もねえな」


 スケロクが扉の周辺を探ってみるが、何も発見することは出来なかった。いや、そもそもこの部屋には余分な装置や装飾の類が一切ないのだ。唯一あったのが先ほどルカが確認した『楽譜』の彫刻くらいのものである。


「何か、何かヒントになるもんはねえのか?」


 祭壇の周りを探すが何も見つからない。祭壇にはまだ金属棒を刺す穴が三つ残っているが、もしこれも刺さないと装置を止められないというのならばもう「詰み」だ。


「アーティファクトを刺す穴に印のついてる物があるけど、これも関係なさそうだね……そもそも大きさ順なら入れる位置は決まってそうだし……」


「となると、やっぱ『鍵』は『楽譜』か。ルカ、頼むぜ」


「そもそも」


 天井が大分降りてきた。ヴェルニーは両手剣をつっかえ棒のように床に刺して直立させてからスケロクとともに仁王立ちになって両手で天井を支える。天井は自由落下してくるような速度ではない。おそらくは水車か何か、動力を使ってギアで変換、メカ的に圧し潰そうとしているのだろう。


 天井の降下速度は大分遅くなるが、二人の骨格がみしりと悲鳴を上げ、両手剣の切っ先が床にめり込む。不服の声をあげることなくヴェルニーは言葉を続けた。


「突破できる『罠』だとは限らない。侵入者を処刑するための仕掛けかもしれない」


「僕は……」


 ルカは重力で落ちそうになる首を支えるために祭壇に寄りかかってリュートを構える。


「このダンジョンからは『意思』を感じます。作った人の『意思』を。きっと何か、意図があるはずです」


 先ほどの三音を再びリュートで弾く。何度か弦を変え、抑える位置を変えながら弾きなおしてみるものの、しかしそれでも天井は止まることはない。


 唯一手の空いているハッテンマイヤーは、何か装置を無効にする方法はないかと天井と壁の隙間などを観察していたが、諦めて中央の祭壇を調べ始めた。


「このアーティファクト自体に何か仕掛けがしてある可能性は……?」


 彼女は祭壇の穴からY字棒を引き抜いて調べようとして、それを取り落としてしまった。元々が鉄の倍以上の比重を持つ純金製である上に魔法によって重力が上昇しているのだ。


 その時だった。三つのアーティファクトのうちの一つがコォン、と高い音を鳴らした。


「今の音……まさか」


 ルカが何か気づいたようである。


 壁の方を見る。先ほどの「楽譜の装飾」はまだ天井で隠れてはいない。


「そうか、三つの音……楽譜の上三つの線だけを使って描かれている音」


「どうしたルカ君、何かわかったのか?」


 苦しそうに天井を支えながらヴェルニーが尋ねてくる。


「ここまでに手に入れた三つのアーティファクト……そうか、そういうことか!」


「このアーティファクトが、何なのか分かったんですね……くっ、重い」


 ハッテンマイヤーは取り落としたY字棒を持ち上げようとするが、両手で持ち上げるのがやっとである。


「そういうことだったのか。このダンジョンのマスターは、僕が疑問に思う事なんて当然理解していたんだ。楽譜が読めないことも、当然理解していた」


「何言ってやがんだ? 楽譜が読めるようになる力があるのか? そのアーティファクトに!」


「スケロクさん、このアーティファクトは、そんな不思議な力のある魔道具なんかじゃない。もっと単純なものです。このアーティファクトは『音叉(おんさ)』だったんです!」


「おんさぁ?」


「おそらく、その三つの『黄金の音叉』が上の三つの音を調律するための道具です! ハッテンマイヤーさん、その音叉の持ち手を持って、二股に分かれている部分を叩いてください!」


 叩くといってもどうすればよいのか。ハッテンマイヤーはようやくY字の下の部分を両手で把持している状態である。結局音楽の事はよく分からない彼女はそのまま二股に分かれた先端で祭壇を叩こうとしたのだが、ルカがそれを止めた。


「ま、待って! そんな固いところ叩いたら変形しちゃいます! もっと柔らかい……いや、表面は柔らかくても芯のある固さのモノで叩いてください!」


 この期に及んで難しい注文を付けてくる。


「そんなこと言われても……この状態でいったいどうしろって言うんですか」


 珍しくハッテンマイヤーが焦燥感を隠せていない。それも仕方あるまい。こんな極限的な状況で難しい注文を付けられているのだ。しかも初めて見る道具を使おうとしているのに。


 そして、ルカ自身も、初めて見る使い方の知らない道具を使おうとしているのは、同じなのだ。


「ひとつ……ちょうどいいものがある」


 言葉を挟んだのは、ヴェルニーであった。

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