サキュバス三姉妹
「ええい!」
何とも緊張感のない女性の声とともに、その声とは全く不釣り合いな巨大な鉄の塊が凄まじい速度で毛むくじゃらの化け物に突撃する。
突撃を受けた醜く大きな鼻のトロールは壁との間に挟まれ、衝撃で一時的に身動きが取れなくなり、そのすきを狙うようにスケロクの小太刀に命を刈り取られた。
「ユルゲンの野郎に随分と苦戦したから構えてたが、上級魔人はそうそううろついてるわけじゃねえみてえだな」
トロールは時折ヴァルモウエの地上でも現れることのある妖精の一種である。個体差が非常に大きく、人間に友好的なこともあれば、家畜を弄ぶように爪裂き、人を取って食らうこともあるが、危険度で言えばヒグマと変わらないレベル。それでも一般人であれば一撃で肉塊へと変えるだけの膂力の持ち主ではあるが。
「何よりシモネッタさんがこれほど強いとはね。彼女がこれだけの戦力を持ってると最初から知っていれば、ユルゲンツラウトにもあれほど苦戦することはなかったかもね」
E=mC^2を持ち出すまでもなく質量とは力である。現在シモネッタは第六階層で落としたメイスは回収したものの、それは使用せずに体当たりによるシールドバッシュのみで相手の動きを止めることだけに専念している。これが滅法強いのだ。
「この第七階層は大した敵はいなさそうだな。環境といい、はったりだけの階層だ」
本来斥候であるスケロクはもはや油断しきっている状態である。しかし確かに最初このフロアに入った時にはまるで外のような環境と空に驚いたものの、彼らを悩ませるような強敵には未だ遭遇していない。
「まあ、気は抜かないようにね。強くなくてもどんな搦め手を使う奴が現れるか分からないし」
ダンジョン探索が専門でないとはいえヴェルニー、スケロク、グローリエンの三人は熟練の冒険者である。油断から壊滅的打撃を受けることなどない。とはいえ、ダンジョンの中に巣食う魔物はそれを分かったうえで侵入者を餌食にする、こちらも熟練の捕食者なのだ。
実際そんな七人を遠巻きに観察する集団があった。
「珍しいわね。このダンジョンに人間が侵入してくるなんて。まだこちらの気配には気づいてないんでしょう?」
「今ゾフィーが様子を見に行っているわ。女もいるみたいだけど、問題はないでしょう。むしろあの子が抜け駆けして食い荒らしたりしないか心配だわ」
このフロアのどこか。
静かな森の木陰の下で茶会をしている二人の淑女。その所作は優雅の一言であるが、身に着けている布は衣服とは言い難いほどに淫猥で、ともすれば隠さなければならない場所が見えそうな、下着といった方が正しいような逸品である。
「うふふ、デーモンの精気も吸い飽きたところよ。ちょうどいいわ。人間って繁殖力だけは旺盛な雑魚でしょう? 私達の獲物にはおあつらえ向きじゃない」
「あらコンスタンツ、噂をすればゾフィーが帰ってきたようよ。あの子、つまみ食いしてないでしょうね」
その帰ってきたゾフィーという女性もやはり煽情的な水着のような衣服にその豊満な体を包み、惜しげもなくそれを見せつけている……のであるが、若干背を丸め、何やら疲れたような表情を見せていた。
「……どうしたの、ゾフィー。サキュバスがそんなふうに背中を丸めてはいけないわ。体一つで高慢な男どもを手玉に取って女王として君臨するのが私達の矜持なのよ?」
ゾフィーと呼ばれたサキュバスは目を伏せ、背中を丸めたまま自ら椅子を引き、どさりと尻を乗せる。衝撃でぶるんと胸が揺れるが、その疲れた表情のためか、煽情的というよりは、だらしなく感じる。
「ど、どうしたの? ゾフィー」
問いかけれども、応えず。たっぷり三度ほど大きくため息をついてから、ようやくゾフィーは言葉を発した。
「……自信なくした」
「ちょ、ちょっとどうしたのよゾフィー!! いったい何があったっていうのよ!!」
「落ち着いて、イングリッド。時間はあるわ。ゆっくりと話を聞きましょう」
ゾフィーの言葉は何とも要領を得ないものである。いったい何があったというのか。侵入者との間に何かあったのか。サキュバスが「自信を無くす」ということは侵入者はサキュバスよりもセクシーな体つきをしていたとでもいうのか。イングリッドとコンスタンツは問いただすものの、ゾフィーははっきりと答えない。
いや、はっきりと答えられないといった方が正しいか。彼女が見たものを、彼女自身が受け入れられず、上手く伝えられないという感じである。
「ねえ、イングリッド」
自分の体を見下ろしながら、ゾフィーは両手でそのメロンのように大きな胸をぐい、と持ち上げながら話しかける。尻は椅子を押し潰しそうなほどに大きく、逆に腰は飴細工のように頼りない細さである。これほどの性的魅力に満ち満ちた女性が何を自信喪失などとと宣うのか。
「私達は、常にだれよりもセクシーであらねばならない……そうよね?」
「当然でしょう。そりゃ人によっては『奇乳じゃ抜けない』だとか『リョナしか勝たん』とか『ヤギコン』とか言う特殊性癖の人もいるけど、最大公約数的に私達は十分にセクシーなはずよ」
確かに三人が三人ともに性的魅力を備えている。胸の大きさもそれぞれ小・中・大とバリエーションがあり、腰から尻、足に繋がるラインは一様に女性的な魅力にあふれていると言えるだろう。
「そのために、私達はこんなほとんど動きづらいだけの痴女みたいな服装をしてる。そうでしょう? イングリッド」
露出度が高いだけではない。見えるか見えないかのギリギリを攻めたその服装は、少し走るだけでいろいろと具がはみ出るような仕様になっており、少し動くと着衣の乱れを直す必要がある。
たとえ「見せる」ことが前提であったとしても、揺れるがままに放っておいたら、それは「セクシー」ではなく「だらしない」としか映らないのだ。当然である。
なので彼女らはその所作にも、服装の乱れにも、異常に気を使う。ただ露出度の高い服装をして見せびらかしているだけではないのだ。
「何が言いたいの、ゾフィー。侵入者は、いったい何者だったの? まさか、私たち以上のセクシーメイト(※)が現れたとでもいうの?」
※セクシーな人
ゾフィーは、震える手で額の汗を拭き取りながらゆっくりと問いかけに応える。
「……あいつら、真っ裸だった」




