YOUは何しにダンジョンへ?
第七階層。
その有り様はこれまでの階層とは大きく変わっていた。
基本的な構造としては石壁で作られた床と壁の通路からできており、これまでと変わらないのだが、ところどころ石床を押しのけて草や木が生えており、そして最も変わっているのが天井だ。
「太陽が、ある」
上を向いて、呆けたようにグローリエンが言った。
彼女の言う通り、確かに天井には太陽があり、青空が広がっているのだ。ヴァルモウエでは世界の中心にある太陽は常に北側に傾いており、おそらくこの場所だと石壁に遮られてそう長い時間日は差さないのだろうが、確かに外と同じように、太陽がある。
スケロクが落ちていた小石をヒュッと上に向かって投げるとカツッと天井に当たった音がして落ちてきた。
「高さは身長の倍くらいか。一応天井はあるな。幻燈みたいに天井に空が映し出されてんのか」
本来的には幻燈とは紙やガラスなどの透過性のあるスクリーンに絵をかいて裏側から光を当てて映像を映し出す装置を指す。このダンジョンの場合、光源がどこにあるのかは不明だが。
「でも太陽の暖かさは感じますね。不思議な空間だ」
ルカは天に手をかざして日の温かみをその肌で受ける。空を見つめてよく観察したいところではあるが、現在彼の首は細い糸で縫い留めているだけなので、首が落ちそうで上を向くことが出来ない。
「こういうダンジョンってよくあるんですか?」
ルカに問いかけられてヴェルニーは考え込む。スケロクの黒鴉は基本的にダンジョンの攻略はしないし、グローリエンのワンダーランドマジックショウも閉所での戦いは不得意なのであまりダンジョンには潜らない。この中で最もダンジョンの経験が豊富なのは彼だ。
「ダンジョンの中ではいろいろと不思議なことが起こる。空間がねじ曲がったテレポート区間だとか、そこにないはずのものが見える幻燈だとかね。でもここまでの規模のものは聞いたことがないなあ」
彼も不思議そうにあたりを見回している。
「でも基本的にはやることは変わらないさ」
そう言って背負っていたベルトの金具から両手剣を外す。
そう。変わらないのだ。まるでダンジョンの外にいるかのような錯覚を受けるが、基本的にはダンジョンの中。石壁もあり、巨大迷路の様相を呈してはいるものの、やることは変わらない。
「むしろあったかくて快適だね」
グローリエンが目を細めて太陽に顔を向ける。日が差すせいか、ダンジョン内に温度の偏りがあり、そのため風も吹いている。匂いに鈍感な人間には変わらないが、魔物には少し有利になるかもしれない。
「全裸で外歩いてるみたいでちょっと興奮するね」
この女とんでもないことを言い出す。しかしそよ風が陰毛を撫でる解放感はダンジョンでは得られない快感だろう。
「やっぱり興奮するから脱いでるだけなんじゃないの。この変態集団」
メレニーだけが不快感を示した。シモネッタとハッテンマイヤーはもはやナチュラルズの格好については当然の事のように受け入れているが、彼女だけが目のやり場に相変わらず苦心しているようだ。
「まあ木陰とかの遮蔽物が多いから気を付けないとね。ルカ君、索敵を頼む」
ヴェルニーに頼まれてルカはリュートを優しく弾き始める。魔力を乗せて弦を弾く。暗黒回廊で習得したエコーロケーションが新しく彼らの定番探索方法に加わった。
遮蔽物が多く、風によって物音が絶えず聞こえるここでは大いに役立つだろう。
「上級魔人が闊歩するこの階層で野生動物や普通の魔物に警戒する必要あるんでしょうか?」
リュートを弾きながらもルカは手を止めずにヴェルニーに質問をした。彼には強大な魔人が存在するこのフロアに、木陰に身を隠して強襲しないと生きていけないような生物が生息しているのか疑問に思えたのだ。
「もちろんいるよ。上のフロアでも前に倒したドラゴンの死体が今回は無くなっていたろう? ということは死体をあさるスカベンジャー(※)がいるってことさ。ダンジョンの中には、生態系がある。気づきにくいことだけどね」
※スカベンジャー:狭義には死体をあさる動物を指す。この場合は汚物や腐肉を分解するバクテリアから弱い生物であれば襲って食う魔物も指す。
「ダンジョンの中が世界を切り取って幻燈みたいに映し出す小さな世界になってんのさ。こういうのもダンジョンの楽しみだろ」
スケロクがにやりと笑う。
「グローリエンさんもそういうのが好きでダンジョンに潜ってるんですか?」
「そうだね。私はダンジョンに限らず、せっかく生まれたからには世界中を見て回りたいな、って思っただけだけどね」
ただの変態ではなかったのだ。
たしかに命を削って進むハイリスク・ミドルリターンのダンジョン探索は「好き」でなければできない仕事である。
「だからルカ。おめえには感謝してるんだぜ。ただのしょぼいダンジョンだと思ってたこの『竜のダンジョン』の深淵におめえのおかげで近づけた」
「あたしには全ッ然わかんないよ!」
しかしスケロクの言葉にメレニーが噛みついた。この二人、どうも相性が良くないようである。
「そりゃ好奇心が刺激されるのは分かるよ? でもね、そのために命までかけるってのは絶対間違ってるよ!」
メレニーの視点から見てみれば、実際に幼馴染のルカが無茶な冒険に付き合わされて命を落としているのだ。かろうじて命を拾ったものの、普通であれば絶対に助からない怪我。というか今なぜ生きているのかもよく分からない状態。
実際にはルカは首を切られてもそもそも死んでおらず、さらに彼が自らこの冒険に参加しているのでいくつかの事実誤認の見られる認識ではあるが、しかし冒険と命を天秤にかけること自体に理解のないメレニーからすれば大同小異であろう。
「おめえ冒険者向いてねえんじゃねえのか? なんで冒険者になったんだよ」
「それは……ッ」
応えようとするが声が出ず。ルカの方をちらりと見てから顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「いいねえ。青春だねえ」
爽やかとは言い難い、血と瘴気を孕む風を股間に受けながら、グローリエンはにやにやとメレニーを見ている。よりにもよって恋敵と一緒に愛する人を探しに来てしまったメレニーは、この鈍感な彼氏に今後も苦労することだろう。
「ヴェルニーさんはどうなんですか? やっぱり色々な物を自分の目で見てみたいから冒険者に?」
異様な雰囲気の渦中に自分が放り込まれそうになっていることを敏感に察知したルカはヴェルニーに話を振った。以前に「世界中の謎を解き明かす」と言っていたこともあるし、おそらくヴェルニーもそうなのだろうと思っての問いかけであったが、しかしヴェルニーは苦笑しながら答えにくそうに言葉を濁すばかりだった。
「まあ……ね」




