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ヒールホールド

 床には地雷式の魔法陣が仕掛けられていた。


 ヴェルニーとユルゲンツラウト子爵とのファーストインパクトの際にその陰に隠れて床に魔法陣をグローリエンが仕掛けていたのだ。当然それに気付いていたヴェルニーは魔法陣を飛び越えてバックステップし、子爵が魔法陣の上に落ちるように立ち位置を調整した。


 炎は床から天井に向かってほんの五秒間程度の間吹き上がっただけであった。しかしのその威力は充分。強烈な上昇気流で天井に硬質なユルゲンの身体がめり込む音までもが聞こえた。


「やったか」


 レッドドラゴンの皮膚すらもただれさせるというグローリエンの魔術。いかに防御力の高い相手であろうと生物である以上そう長くは耐えられまい。


 誰もがそう思ったのだが、炎が止んだ後、天井にめり込んでいるのは直径一メートルほどの鉄球であった。


「なんだこりゃ? ユルゲンの野郎はどこに消えた」


 しかしその直後バクン、と鉄球が開き、天井から落下しながら折りたたまれていた手足と頭部が姿を現し元のユルゲンの姿となって着地したのだ。


「ぬるい攻撃だな。これでどうやってヴァルメイヨールを倒したんだ?」


 しかし口上を静かに聞いているほどナチュラルズは礼儀正しくはない。着地とほぼ同じタイミングでヴェルニーが袈裟懸けに大剣を叩き込む。十分に距離をとった質量攻撃ならばいくら硬質セラミックの身体だろうと叩き潰せる。そう考えての行動。


「ぬるいと言っている」


 これも通じない。ユルゲンは左半身だけを折りたたんで球状にして受けた。厚みで衝撃を受け、内部で威力を分散する。


 それと同時に、リュートの音が奏でられた。首から上はメレニーが支えたままであるが、ルカが能力向上(バフ)の曲を弾き始めたのだ。


「リミテーション!」


 アップテンポなリュートの旋律がヴェルニー達の敏捷性(アジリティ)攻撃力(ストレングス)を上げる。


「ヴェルニー、お前が以前倒したってのは子爵級だったか」


 スケロクは上級魔人(グレーターデーモン)と戦うのは初めてである。


 ゲンネストが総がかりで戦ってようやく倒したという子爵級デーモン。スケロクには想像するしかないが、おそらくはとんでもなく強い魔法を使うだとかユニークスキルを使うだとか、そんなものを想像していたのだが、まさかこう来るとは思っていなかった。


 シンプルに硬くて速い。


 竜の首を一撃で落とすヴェルニーのツヴァイヘンダーが直撃しても傷一つつかず、攻撃に転じれば音速に近い攻撃を放ってくる。搦手を使わないこういった強さはつけいる隙が無いのだ。


「ヴァルメイヨールも老いたな。こんなザコどもにやられるとは。爵位持ちにふさわしくない」


 立ち位置としてはスケロクとヴェルニーに挟まれて、ヴェルニーの後ろにはグローリエンが控えているという状態。この状況でもユルゲンは全く気負いがない。


「こんな奴らでは」


 口上など述べさせない。ヴェルニーはツヴァイヘンダーのクロスガードの部分を手で支えて支点にし、剣を回転させるように一撃を入れる。


「話にもならん」


 ユルゲンの胸元に切っ先が打ち下ろされるが、刃が通らない。ルカのバフで能力が上がっているが、剣先が表面で踊って斬撃としても打撃としてもダメージが通らないのだ。


 だがヴェルニーの攻撃は陽動であった。防御もせずに余裕で攻撃を受けたユルゲンの足元にするりとスケロクが潜り込む。


 足先を左手でつかみ、獣脚の踵を右手でつかむ。そのまま両足で太ももを挟み込んでヒールホールドに持ち込んだ。お約束で成り立つ人間同士の試合やスパーリングとは違う。そのまま体を反らせて頭頂部を支点にきりもみ回転を加える。全身のばねを使ってねじ切る様に一気に足を破壊しようとしたのだが……


「間抜けか貴様?」


 しかし全身のばねを使って捻っても堪えられてしまったのだ。


「デーモンの力に人間で対抗できるとでも思ったのか」


 逆に動きの止まったスケロクの方がピンチだ。ユルゲンが右手を振り上げスケロクに照準を合わせる。


「フリーズスラスト!」


 だが次の瞬間グローリエンがヴェルニーの件に魔力を付与した。そのままスケロクを攻撃しようと振り上げた腕の隙を縫って脇腹に切りつける。


「ぐっ!?」


 さすがにこれは効いたか。剣が直撃するとその急激な冷却により脆性が増し、同時に筋繊維は委縮する。


「でりゃあッ!!」


 止まってしまった反転を再度試みるスケロク。ユルゲンの脚一本に対し体全体を使って、それも三人がかりでのサブミッションであるが、その試みは成功した。


 めきり、と嫌な音を立ててユルゲンの脚がねじれる。硬質な表皮も破損して、足がその役目を失ったことが確認されるとスケロクは技を解除して飛び退いた。


「人間を舐めるなよ」


「く、うっ……」


 苦しげにうめき声を上げるユルゲンはかろうじて立ってはいるものの、その右足はなんとか体を支えている程度。もはやこれまでのような遷音速での踏み込みは望めないことは明らか。


 先ほどのヴェルニーの攻撃によるダメージも残っている。その上目の前ではさらにヴェルニーが剣を振りかぶり、通路の幅いっぱいに勢いをつけた横薙ぎの予備動作に入っている。ルカのバフも効いている状態、今度こそ乾坤一擲の攻撃で粉々に破壊し尽くす一撃を。死刑執行のギロチンがユルゲンを襲う。


「やはりぬるいな。この程度で勝ったつもりか。魔人を舐めるなよ」


 腰辺りを狙った横薙ぎの攻撃を躱すには跳躍するしかあるまい。だがその足ではそれも不可能。そう考えての攻撃だったのだが、ユルゲンはどさりと通路に仰向けに寝転んで躱した。


 ルカとスケロクはその意図を読みかねる。確かに躱すことは出来たが、この状態でどうやって次につなげるというのか。ただのじり貧ではないのか。そう考えてヴェルニー、スケロク、ともに武器を握りしめて次の攻撃動作に入った時であった。


 ユルゲンツラウトは再び体を丸めて鉄球の状態になった。

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