流れるような濡れ衣
ユルゲンツラウト。子爵級魔人。
岩のような硬質な体は細身ではあるものの、その足は獣脚形状をしており、高い敏捷性と頑健な体を両立していることが伺える。体の大きさは人間と変わらない程度に見えるが。
しかしその後ろに控えている大男については何も情報がない。ユルゲンだけを前に戦わせて、口も利かないという事はもっと上の階級のデーモンなのかもしれない。
しかし、今はそんなことなど全て吹き飛んでしまうような事態が彼らの身に降りかかっていたのだ。
「キャアアァァァァァ!!」
洞窟内に響く甲高い悲鳴。その声の主はメレニーであった。
いったい何があったのか。もしや先ほどの攻撃で誰かが大怪我でもしたのか。ヴェルニー達は前方のデーモンに気を払いながらもメレニーの方に注意を向ける。
「いやっ、ルカが、ルカがァァ!!」
ルカの首が取れていた。
「る、ルカが、るっ、いゃ、ああぁぁ! ぅ、ゔェ……」
ガチ泣きである。いい歳こいてえづくほどの本気泣きを見せる人間をヴェルニー達は初めて見た。と、同時に自分達の不用心さを呪う。ほんの少しの衝撃が命取りになると分かっていたはずなのに。いろいろなことがあってすっぽりと抜け落ちていた。
とはいえ、不可抗力であったことも事実。あのスケロクですら攻撃の直前まで気配を読むことが出来なかったのだ。これが上位魔人の実力なのだろう。
それはそれとして、どうしたものか。まず喫緊の課題は目の前にいる実力不明のグレーターデーモン二匹の処理ではあるが。しかしルカの方もどうにかしないといけない。様子を見てみると、ルカは体を硬直させている。どうしたらいいか分からず、とりあえず死んだふりをしているのだろうか。
「よくもやりやがったな!!」
さてどうしたものか、とヴェルニー達が思案していると、突然スケロクが大声を上げた。
「ユルゲンツラウト! てめえの名前は覚えたぞ!! よくも、よくも俺達の大切な仲間のルカを殺りやがって!!」
この言葉にヴェルニー達はハッとした。
「ルカ、おめえの仇は必ず、必ずとってやるからな!!」
「ルカァ~~~~~~ッ!!」
迫真の演技(演技ではない)のメレニーの泣き声が合いの手のように勢いをつける。
(スケロク、お前まさか)
ヴェルニーとグローリエンもようやくスケロクの意図したところを理解した。
(あの魔人に全部ひっ被せるつもりね!)
スケロクは確かに会話においては全くアドリブが効かないが、それ以外ならば当然その限りではない。むしろ臨機応変に立ち回るのは得意分野である。
つまりは暗黒回廊の中で敵の動きを取りこぼしてルカの首を落とされたミスを、全てユルゲンツラウトの責任にしてしまおうと考えたわけである。
「結果的には同じじゃないか」と思うかもしれないが全然違う。暗黒回廊の中にいた時はヴェルニー達三人しかいなかったが、今ヤられたならメレニー達もいるので責任が大分分散される。しかも一番近くにいたのはメレニーとシモネッタなのだから自分達には恨みが来にくい。そこまで考えての擦り付けである。
そして当然意図に気付いたヴェルニーとグローリエンもそれに乗る。
「メレニーさん、ルカ君の頭を体の上に乗せて固定して!」
「え?」
「早く!!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、メレニーは言われた通りルカの頭部を首の上に乗せる。
「冥界に迷いし招かれざる魂よ、今一度この大地に戻り給え、生命の、え~っと、うにゃうにゃむにゃむにゃ、リザレクション!」
即座にグローリエンが適当な呪文を唱える。
「蘇生の魔法だ」
「蘇生!? ……そんなものが」
ない。
そんなものは無いが。しかしあるとする。
「……ぷはぁッ!! い、生き返ったァ!!」
「ルカ!!」
若干熱い温泉に入った時のリアクションのようであるが、ルカも生き返った演技をする。今ここに、ナチュラルズのメンバーの想いが一つになったのだ。
「ちょ、ちょっと、メレニー、その、首が取れちゃうから、あんまり強く抱きしめないで!」
「へ? 首が取れる? なんで?」
「いや、その……」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、メレニーはルカに抱擁を交わそうとしたが、しかしはっきり言って状況は何も変わっていないのだ。あまり激しい事をされるとまた首が落ちるのも変わらない。
「メレニー、ルカくんの魂は戻ってきたけど、体の怪我が治ったわけじゃないの。それもここまでの深手となると、簡単には治らないわ」
「そんな! どうやったら治るの!?」
「冥界シウカナルに生えているという、冥界マツのヤニをつければ、治るかもしれねえ」
いかにも今思いついたような感じで、スケロクが言う。
「冥界? 冥界って、あの世ってこと? そんなところにどうやって行けっていうの!」
しかし事情を知らないメレニーには無茶振りに聞こえたのだろう。再び半狂乱になって叫ぶ様に問いかける。
「落ち着いてメレニー。エルフの里に伝わる言い伝えによれば、どうやらこのダンジョンの八階層に、冥界に繋がる通路があるらしいわ」
当然ながらエルフの里に伝わる言い伝えではなく、さっきカマソッソから聞いた話である。
よくもまあこう次から次へと嘘が出てくるものだ。
「本当!?」
再びその顔に希望の色を輝かせるメレニー。さっきから感情がジェットコースター状態である。幼馴染が目の前で死んだ、と思ったら生き返った、と思ったら首が取れる。そしてそれを治す方法を提示される、と状況が二転三転しているのだからそれだけ感情の起伏がつくのも仕方ない事なのかもしれないが、しかしなんだかナチュラルズの面々にいいように手のひらの上で転がされているようで可哀そうでもある。
しかし本当に可哀そうなのは彼女ではない。
「そんな……首が落ちるほどの威力は出してない筈なんだが」
突如として全ての罪を被せられたこの男、ユルゲンツラウト子爵である。




