化け物
「いかにも」
暗黒回廊の出口には異様な雰囲気が立ち込める。二人の前に対峙する、人の欲望を具現化したような悪魔。
「私がその小説の、作者ですが」
「なに強キャラ感出してやがんだてめえ! 勝手に人の事小説にしやがって、しかもこれ、出版社通して一般に流通してやがんのか?」
ヴェルニーは本の奥付けを確認して、ある違和感に気づく。
「どういう事なんだ。この本、初版は二年ほど前だけど、その頃はまだ『ナチュラルズ』すらなかった時代。何故そんな頃に僕とスケロクを題材に?」
「ふうぅぅ」
ため息をついて、荷物を回廊の床の上におろす。ゆっくりと、前腕でその豊満な胸を弄ぶ様に腕組みをした。
「好みのタイプの男二人を絡ませるのに、理由が必要だとでも?」
「こいつッ……!!」
「畜生め、こんな化け物が身近に潜んでいやがったとはな」
「待って、二人とも」
恐怖と憎悪に顔を歪めるヴェルニーとスケロク。さすがに武器に手を伸ばしたりはしないが、一触即発状態になっている二人にグローリエンが声をかけた。
彼女は、静かに、ゆっくりと、自分のポーチの中に手を伸ばし、本を取り出す。
「サイン、もらえますか」
「なんでてめえも同じ本持ってんだよ」
「グローリエン? 君もそんな目で僕達を見てたの!?」
しっちゃかめっちゃかである。怪物は、どこにでも潜んでいるものなのだ。
「えっとですねえ、そろそろ私の話に戻ってもよろしいでしょうか」
そうだった。シモネッタの話の途中であった。しかしアラフォー腐女史のインパクトが強すぎて正直誰もどんな話だったのか覚えていない。
「ともかく、やはり私を助けて下さった方はルカ様だったということですわ」
パン、と両手を胸の前で叩き、同時にガシャリと金属音がする。
その迫力に一同が少し身を引くほどの大きさ。改めてみるとやはりデカい。このダンジョンに出現するモンスターは、天井の低さもあり、なかなかここまでの大きさのものはいないのだ。
そしてガシャリと金属音がした理由は彼女の纏っているフルプレートアーマーゆえ。金属板のぶつかる音からしても通常のものより厚い鉄板が使用されていることが伺える。右手にはメイス、左手には扉のように巨大な大盾。とても乙女のするような格好ではない。
「ところでメレニーさん。メレニーさんはルカ様の事が好きなんですよね?」
「は、はぁッ!? なななななに言ってんのよ! あたしが! こんな、かわいい系の男の子好きなわけないじゃんッ!! あたしの好みはもっとこう、音楽の素養があって、地域の風俗にも通じてて、物腰は柔らかいけど野盗に襲われてる人がいたら自分の危険も顧みずに助けに行くような勇気も持ち合わせてる漢気のある奴がタイプだしッ!!」
「ルカ君だね」
「ルカじゃねえか」
「頭悪いのかな」
拒否の意を示しつつも速攻でセルフフォローをするメレニーであったが、シモネッタはあえて最初の一文だけを額面通りに受け取る。
「好きでないなら、私がいただいても問題ありませんわね」
そう言ってメイスを投げ捨てると、ぎゅっとルカを抱きしめた。メートル越えの爆乳を持つシモネッタの抱擁。本来ならば嬉しいところなのだろうが、全身鎧を着た状態ではただ固いだけである。
「ちょ、ちょっと、首が!」
しかもその巨大な胸を収めるためにテーラーメイドのブレストアーマーは胸の部分が大きく張り出しており、ルカの頭部を落としそうになる。ルカは片手で頭部を押さえ、片手でシモネッタを押して振りほどこうと必死である。
ちなみに左手には大盾を持ったままなので傍から見るとまるでルカが鉄の塊に取り込まれたようである。
「ルカ様。やはりあなたは私の運命の人。どうか、私の夫になってください」
逆プロポーズ。シモネッタは回りくどい事は嫌いなようである。
「ちょっ、いきなり何言いだすのよ!」
焦りの色を見せるメレニー。しかし必死にシモネッタを引き剥がそうとしているルカを見て、ふふんと鼻で笑った。
「こんな汚くて暗くてじめじめしたところで愛の告白だなんて、頭イカれてんじゃないのぉ? ルカだってそう思うでしょ?」
「告白は嬉しいんだけど」
「なに」
おいどーいうことだ。ギルドで告白した時と態度が違うじゃねーか。とは思うものの、グッと我慢するメレニー。相手は貴人であるし、そもそも聞き間違いだと思われていた自分の時とはシチュエーションが違うのだ。
そもそもまだメレニーに至ってはシモネッタのように積極的にはなれず、ルカにも、周りの人間にも自分の気持ちを知られる気恥ずかしさが勝る、という子供っぽさもある。
「まあ。嬉しいんでしたら何の問題もありませんわね。ルカ様、私の気持ち、受けてくださいませんか?」
シモネッタにはそんな感情は存在しない様で、ストレートに気持ちをぶつけてくる。
「いや、気持ちは嬉しいんだけど、ダンジョン探索中にするような事ではなくない?」
「そーだよ。分かったらさっさと離れろこのデカ女!」
そう言ってがっちりとルカを拘束している左腕を引き剥がそうとするのだが、一メートル近い身長差もあるため、子供が腕にぶら下がっているようにしか見えない。
「いやあ、なかなか面白いことになってきたわね」
その騒ぎを遠巻きに眺めているヴェルニー達。グローリエンはにやにやと笑っている。
「グローリエン、君は他人の事『恋愛脳』とか言ってバカにしてなかったかな?」
「私は自分に矢印向けてくるサカった恋愛脳のゴミカスどもは大嫌いだけどね。他人の恋愛に首突っ込むのは三度の飯より大好物なのよ」
「いい根性してやがるぜ。これだからエルフは……ん?」
くい、とスケロクが通路の先に顔を向けた時であった。空気が渦巻き、そして轟音。このダンジョンの閉鎖空間で突風か、いや衝撃波だ。通路いっぱいに広がった衝撃波が一行を襲った。
何者かの襲撃。いや、どちらかと言えば示威目的のあいさつ代わりの攻撃といったところか。それでも衝撃波に対しては物陰に入る以外に回避のしようがない。
メレニーとハッテンマイヤーは大盾を持っていたシモネッタの陰に隠れ、残りの人間は何とかこらえた。
いったい何者の仕業なのか。通路の奥に視線をやると、二人の人影が見えた。
「ふん、伯爵が通したというからどれほどの者かと訝しんでいたが、俺様の強襲にも気づかんとは、期待外れだな」
「何者だ」
「名乗らせていただこう。俺様はユルゲンツラウト。山をも穿つ触れられぬ雨滴と謳われし者」
二人組のうち前に立っていた獣脚の魔人はそう答えた。表面は硬質な岩か金属のような質感を放っており、細身。スピードはありそうだが、脆そうに見える。
奥にいる二メートルほどの大男は斜めに構えており、何もしゃべる気はなさそうである。
「ちなみに階級は、子爵だ」




