見覚え
「なんで裸あぁぁぁぁ!?」
「あ、忘れてた」
スケロクはすっかりと忘れていた。ルカの首が落とされてしまい、それを気取られることを危惧するあまり、ルカも含めて自分達が全裸であることを忘れていたのだ。
暗黒回廊から出た瞬間、メレニーは両手で顔を塞いでその場にうずくまった。一方のスケロクの方はというと、それまで「わからせてやろう」と思っていたメスガキが取り乱す様を見て冷静さを取り戻したようで、周囲を確認する。
問題ない。全員いる。カマソッソはいなくなっているようだが、例のマツヤニを探しに行ったのだろうか。ヴェルニーとグローリエンもいるし、ルカの首も繋がっている。目を凝らしてみてみると、首のところに継ぎ目があるが、どうやら繋がったようだ。
「やはり! やはりそうだったんですね!!」
一方、この状況に異常に興奮しているのがシモネッタのようであった。彼女のこの反応にルカは思い出したかのように手で陰部を隠す。
「確信しました、やはりルカ様、あなたが『花のつぼみの君』だったのですね!」
「花の……? 何の話なの」
しゃがんで顔を隠していたメレニーが指の隙間からシモネッタを見上げ、ルカ達が視界に入りそうになってまた慌てて顔を隠す。
「実は以前にルカ様に助けていただいたことがあって」
「は? なんでそれが前会った時じゃなくて今確信すんのよ」
「いや、ちょっと落ち着けお前ら。いろいろ言いたいことがあんのは分かるがよ」
とにかく、色々と渋滞している状態だ。順序を付けて整理をしなければならない。しかしメレニーはスケロクの言葉に全く違う違和感を覚えたようだった。
「なんか……急に喋り方変わってない?」
「ああん?」
その言葉と共にスケロクの方に視線をやった。しかし当然ながらスケロクは全裸。そしてメレニーはしゃがんだ状態。ちょうど目の前にそれは鎮座していた。
「キャアアアァァァ!!」
整理しなければいけない話題は色々とある。シモネッタとルカの出会いとはなんなのか。何故全裸のルカを見てシモネッタは確信を得たのか。全裸という事は、裁縫道具は何に使ったのか。だが、やはり一番気になるところは「何故全裸なのか」だろう。それも全員。
「いや……待って」
ゆっくりと、メレニーが両手を下ろす。もちろん視線は男性陣の方にあわせないようにしながら。
「あたしこのちん〇ん、見覚えがあるわ……ていうか」
戸惑いながらもヴェルニー、そしてルカにも視線を流す。
「全員のちん〇んに……見覚えがある」
ギクリ、とナチュラルズのメンバーに悪寒が走った。そう。たしかに彼女は全員のちん〇んを見ているのだ。彼女が「石造の悪魔」の間で救助された時、至近距離で三人のそれを直視しているのである。その後ショックで気を失ってしまい、なんとなく有耶無耶にはなっていたが、当然ながら彼女はそのことを覚えていたのだ。
そして今、記憶の中のちん〇んと、現実のちん〇んが一致したのだ。(ちん〇ん同一性)
「まさかとは思うけど……あんた達、ダンジョンに潜る時は毎回脱いでんの……?」
全てを悟られた。
一応言い訳は考えてはいたのだ。戦闘で服が破れてしまっただとか、伯爵の笑いをとるために衣服を着用してこなかっただとか、苦しくとも言い張れば否定は出来まい。そう考えてはいたのだが、メレニーが記憶を取り戻したことで全てが一気に露呈してしまった。
「いやあの……毎回ってことは、ないんだけども」
言い訳をしながらルカが近づくが、その違和感にメレニーはすぐに気づいた。
「なんであんたそんな寝違えたみたいな動きなのよ」
首がすわっていないからである。
当然ながら首を落とされて、普通の糸で縫っただけで癒着するはずがない。というか普通は死ぬので癒着なんか絶対にしないが。
つまり、今のルカの首は殆どただ乗っかっているだけの状態。
もちろん糸で縫ってあるので多少は堪えてはくれるのだが、グラグラとなんだか頼りないので落っこちるのが怖くてルカ自身激しい動きをする気になれない。顎紐を止めずにヘルメットをかぶっている状態と言えば一番感覚的に近いだろうか。そう簡単には落ちないとは思うがなんとなく落ちそうな不安な状態。
もちろん筋肉も繋がっていないので首を回すこともできず、あまり斜めにすると首が落ちそうで怖いので下も向けない。
横を向くときは体ごと向け、下を見たいときは首は真っ直ぐのまましゃがむ。「寝違えてる人」みたいな動きの完成である。
「いや、それは別にいいじゃん。そんな事より……」
ルカ自身も首を落とされたことをあまり知られたくはない。さんざん「行くな」と言われていた結果がこれなのだから、何を言われるか分からない。
「そんな事より……裸の事なんだけどさ」
一番知られたくない話題を避けるために二番目に興味を引きそうな話題を振らざるを得ない。
「まあ、こういう感じでやらせてもらってます」
としか言いようがあるまい。
「なんで」
まさか自身がヴェルニーに対して言った疑問をそのままメレニーに言われるとは夢にも思っていなかった。自分が言われる側になってしまったのだ。そんな存在になってしまったのだ。
「その、メレニーさん。これには深い訳があってだね……詳しくは長くなるからまたの機会に説明するけど、まあ要するに全裸の方が強いんだよ、僕達は」
大分端折ってヴェルニーが説明する。ルカは「そういえばそんな設定もあったな」という心持ちである。もう彼の頭の中では(自分含めて)「ナチュラルズはただの変態」という認識であった。
「まあ、ヴェルニーさんがそう言うなら」
「え、なにその反応」
少し顔を赤らめながらメレニーは顔を逸らしていた。まあ、全裸の男がいるのだから当然の反応なのではあるが、彼女にとってヴェルニーは前述のとおりナチュラルズの中でも少し一目置く存在である。ルカは「なんだこいつメスの貌しやがって」と受け取ったが。
しかしながら、今は問うまい。とりあえずはそれで誤魔化せたのだから御の字である。そのはずなのであるがなんとなく納得いかない。
むしろギルドでのプロポーズを正面から受け取ったわけではないものの、メレニーの好意には気づいていながらスルーしているくせに彼女が他人に好意を向けると不機嫌になるのならば自分勝手というほかない。
だが今は、その二人の間に流れる険悪な空気すら好機と見る人間がいるのだ。
「ということは、私を助けて下さったあの日も、やはりダンジョンの帰りだったのですね」
シモネッタ姫である。




