案内
「案内してよ、ルカのとこに」
「え?」
ピンチである。
しかし当然と言えば当然の仕儀。光ひとつない闇の中、一メートル進むのにも難儀する中、お目当てのパーティーの人間を見つけたというのだ。これを逃す手はあるまい。
「案内してって」
「……え、何が?」
「何が、って」
酷い誤魔化し方である。よりによって聞こえなかったフリはあるまい。戦闘においては臨機応変、千変万化の動きでありとあらゆる事態に対応するスケロクであるが、喋りにおいては全くアドリブが効かない。
「ルカのとこに案内してって言ってるんだけど? 一緒にいるんだよね?」
「いや、あの……うん。うん分かった。あの、ちょっと、ちょっと待っててね。その……」
考え込むように、しばらくスケロクは黙った。
「これ。裁縫道具。渡しとく」
「あ、うん。そっちは大丈夫なの?」
「じゃまた」
暗闇の中からスッと現れてグローリエンに裁縫道具を渡し、スケロクは再び闇の中に消えていった。
「えと、ルカのところに案内するんだっけ?」
「ああ、うん。なに? 今の間?」
まさかの荒業。
メレニーとの会話の最中に少し考えこむふりをして黙り込み、その隙に一気にルカ達の場所まで移動、裁縫道具を渡して戻ってきたのである。スケロクの無音歩行技術と人並外れた脚力があればこそ可能な技。息も全く切れていない。
「で……今日は、どうしたの? 珍しいとこで会うよね」
町中で会社の同僚と出会った時のようなリアクション。
「だってさぁ、聞いて? あいつあれだけ言ったのにまたあたしに何の断りもなくダンジョン潜っちゃうんだもん。腹立つよ」
しかし幸いにもメレニーは彼の何かおかしい言動は気にしないようであった。
「わかる~」
コミュ力の低いスケロクではあるが、女のこういう語りにはとりあえず同意しておけばいい、という事は風のうわさで聞いている。
「ていうかスケロクさん達が連れ出したんでしょうが。責任取ってさっさと案内してくださいよ」
「あっ、ハイ」
しかしそういうわけにもいかないのだ。ルカの首を繕う時間が必要であるし、あの裁縫道具もそのままでは使えない。通常の衣服と違って人体を縫う時は針を反対側に通せないので曲がった針を使わねばならない。その辺も今グローリエンがどうにかしているはずである。
もう少し時間を稼ぎたいところなのだ。スケロクは「案内する」と言って、可能な限りゆっくりと進み始める。
「ていうかルカ、ケガとかしてないですよね?」
「え?」
怪我どころか首が切断されている。突如として核心を突かれたスケロクは阿呆のようなリアクションを返してしまった。
「いや聞こえてますよね? ルカ、ケガしてないですよね?」
「え? なにが?」
こんなひどい誤魔化し方があるか。五歳児でももう少しましだぞ。
「あの……え? ケガ?」
「何か隠してますね」
鋭いハッテンマイヤーはスケロクの不審なところにすぐに気づいた。まさか首が落ちているとは思ってもいまいが。
「とりあえず行きましょう。早く案内してください。ケガしてるかどうかも会ってみれば分るでしょう」
「そうだね。それともまさかさあ、ルカ、縫うようなケガしてるんじゃ……ないよねぇ?」
縫うどころの怪我ではない。普通なら縫ったところでエンバーミング(※)にしかならないような大怪我をしているのだ。というか致命傷である。
※エンバーミング……損壊の激しい遺体を修復する技術。または長期保存するための技術を指す。
「いやまあ、行けば分かるんで。あの……真っ暗なんでね。ゆっくり行こうか。あ、案内はするよ? もちろんするけど、ゆっくりね」
「チッ」
舌打ちをしたのはメレニーである。
メレニーとスケロクが初めて会ったのは二週間ほど前に遡る。例の、ルカが初めてナチュラルズの探索に参加して、メレニーを救出した日。
あの日、ヴェルニーに抱きかかえられてギルドに送り届けられたメレニー。その時にギルドで目を覚まし、ヴェルニー達『ナチュラルズ』の一行と出会い、言葉を交わしたのである。
メレニーからすればヴェルニー達は雲の上の殿上人。尋常であれば言葉を交わすこともない遥か上の高みにいる人間である。もちろん彼ら三人に対してメレニーは敬意を抱いているのは間違いない。
間違いないのだが、それぞれに対して微妙な心持ちの違いがある。ヴェルニーに対しては直接自分を抱えていたことと、やはりその美しい外見から文句なく敬意を抱いている。
グローリエンに対しては、敬意を抱いてはいるのだが、同じ女であることと、その美しい外見から多少の嫉妬、やっかみがあるのが否定できない。「まさかとは思うがルカといい仲なんじゃないだろうな」とも思っているかもしれない。
そしてスケロクに対してはさらに微妙な感情を抱いている。
衣服を着用している状態の彼しか知らないメレニーは、彼のその臆病ではっきりしない態度から「どうせナチュラルズの中でも格下の存在なんだろう」と思っているのだ。そこから転じて、スケロクの事を軽く見ている。
言葉は行動になり、行動は思想になる。さらに言うなら衣服着用時にスケロクがメレニーに対して下手に出ていたために、頭では「格上の人間だ」と分かりつつも、深層意識で「こいつはナメていい」と判別していた。
「さっさと案内しろよ」
そこになかなかルカのところへ案内してくれない不満とが織り交ざって、彼のケツを蹴り上げるという蛮行に及んだのだ。
「あ、ハイ。すんません」
ケツを蹴られてもなおスケロクは大人しくしている。しかし同時に「なんで俺がここまでされにゃならんのだ」とも思う。
元のパーティー『黒鴉』が非常に環境がよく、彼がその態度から重要な地位を占めることがなくとも、決して軽んじられることなどなかったからこそ、このメレニーの態度に腹が立った。「このメスガキ、いつか分からせてやる」と。
「ほぅら、キビキビ案内する!」
「あ、あの、メレニーさん? 案内していただく方に、そのような態度を取られては」
王族出身のシモネッタの方が他者への敬意があるというのが何とも皮肉なものである。
「いいんだよ、いいんだよ。こいつ絶対ルカにケガさせてるもん。ほら、さっさと進む」
そう言ってまたケツを軽く足で押す。
何か妙だな、とはメレニーも感じていた。歩いている時の衣擦れの音が全く聞こえないし、蹴った時の感触もおかしい。何かがおかしい。
「あっ、一瞬明かりが見えたかも」
暗黒回廊は黒い煙のような、光を吸収する粒子を孕んだ気体で満たされていることで暗闇を保っている。ゆえに出口付近はまばらに暗闇が分布しているような状態になっているのだ。少しずつ暗黒回廊の終わりに使づいてきていることが分かる。
(グローリエンの奴、ちゃんと首の接合は終わってるだろうな……)
最低限の動きで作戦を遂行してきたため言葉足らずで意図が通っていない可能性はある。それでも仲間を信じるしかないのだ。スケロクは暗黒の中から歩み出た。
「グローリエン、メレニー達を連れて来たぞ。ルカはいるか?」
「キャアアァァァァァ!!」
しかし、暗闇の中から出てきた瞬間、その惨状にメレニーが悲鳴を上げた。




