裁縫道具
「いやいやいや、メレニーとはそういうんじゃないですから!」
「そういうのいいから」
「そこはどうでもいんだよ」
「照れなくていいよ」
なぜそんな偶然が、という心持ちである。第五階層からルカ達の後を追ってダンジョンに侵入してきたのはルカのパーティー、『オニカマス』のメレニーであった。
「一人で? メレニーが一人でこんなところまで来れるとはとても思えないんですが」
「一人じゃねえぜ。あの大女、シモネッタとか言ったか? こいつもお前のカキタレだろ。それとそのお付きのババアの三人だ」
「三人で……?」
はっきりと言って無謀な人数である。しかもメレニーはCランクの冒険者なのだ。自殺行為と言ってもいい。いいのではあるが、ルカは先日のシモネッタの凄まじい戦闘力を思い出していた。素手で一撃で、野盗を葬り去る実力があれば、あるいは……
いや、それ以前になぜ彼女達がダンジョンに潜ってくるのか。確かにシモネッタは「冒険者になる」と宣言していたし、メレニーはルカがナチュラルズのメンバーとなってダンジョンに潜ることに反対であった。まさか、その当てつけに?
「幸い、この暗黒回廊に面食らってかなりゆっくりとした速度で進んではいるが、こりゃまずいぜ」
まずい。
いろいろとまずいのだ。
まず、彼らは今全裸である。当然ながら部外者であるメレニーにもシモネッタにも、こんな姿は見せたくない。シモネッタはまず間違いなくまた『花のつぼみの君』などと言ってくることであろう。その呼称もヴェルニー達に知られたくない。
「まずいね……」
串刺しにされてもがいているカマソッソを見下ろしながらヴェルニーも呟く。
彼も当然全裸を部外者に知られるのを恐れてはいる。しかし一番の気がかりはそこではない。ヴェルニーはスケロクとグローリエンと顔を見合わせ、そして最後にルカの方を見た。
彼らの今の活動は「部活動」、冒険者パーティーの正規の活動ではないのだ。要は、『オニカマス』からルカを借りている状態である。
しかもここまで彼の大きな活躍があってダンジョンを進むことが出来たという事情もある。
「どうしましょう」
その彼の首が、落とされているのだ。
「メレニーって女、この間ギルドでお前に求婚してた奴だよな?」
「そ、そういうのじゃないですから! 彼女とは!」
「そういうのいいから」
「そこはどうでもいんだよ」
「照れなくていいよ」
本パーティーのメンバーで、ルカに自覚があるかはともかく、おそらく彼に惚れている女性。その女性が危険なダンジョンの中にまで追いかけてきた、と見る方が自然であろう。まさか暇つぶしで来たわけではあるまい。
その愛しの彼の首が、落とされてしまった。
「やべえよ、どうしよう」
「怒られたくない怒られたくない怒られたくない怒られたくない」
「何とか誤魔化す方法ないかなぁ」
滅茶苦茶怒られるであろう。そして、ナチュラルズのメンバーは精神的に追い詰められると非常に弱い。
「そうだ、グローリエン、おめえ裁縫道具持ってねえか?」
何を言いたいのかはなんとなく分かる。
「あるわけないじゃないそんなもの」
衣服をいろんなところに引っ掛けて破いてしまうことの多い冒険者には裁縫道具は必需品である。そうでなくとも現代日本のように工業的に安価に衣服が作れない時代、破れた服を繕って使うのは当然の仕儀。
「何で持ってねえんだよ! それでも女か」
これはよくない。ジェンダーロールを決めつけるような仕草は非常にセンシティブな問題を引き起こす。しかし何故「あるわけない」のか。
「何を繕うっていうのよ!」
言われてみればそうである。針と糸があっても縫う衣服がない。
「メレニーなら……持ってると思いますけど」
ルカの提案。
確かに彼女達のパーティーなら持っているに違いない。というか普通は持っているものなのだ。
さて、明言していなかったが、当然彼らのしようとしていることは冥界のマツヤニで怪我を治すまでの間、首を縫い付けて誤魔化そう、という事である。
事であるが、よりにもよってその誤魔化そうとする相手に裁縫道具を借りようというのだ。大胆な作戦である。
「じゃ、行ってくるわ」
「さて」
暗闇の中での行動は勝手知ったるスケロクが対応する。一方こちらはカマソッソへの尋問の再開である。
「冥界ってのは先ず、どこにあるんだ? そんなにすぐ取って帰ってこられるものなのか?」
「うぐ……」
大分苦しそうである。血も吐いているが、まさかそのまま死んでしまったりしないだろうか。
「し……死神は、このくらいじゃ死なない。ただ、シウカナルの外に出ると、ケガの直りが遅いから、お願いだから帰らせてくれ。マツヤニも取ってくる」
信用してよいものかどうか。コウモリと言えば裏切り者の代名詞である。正直言ってファーストインプレッションでもその粗野な言動に辟易としたものだ。
「で、その冥界はどこにあるんだ?」
「このダンジョンの、八階層の下に冥界への入り口がある」
当然ながら初耳である。謎の多いダンジョンだとは思ってはいたが、まさか冥界に繋がっているとは。しかもおとぎ話の中の存在だと思われていた冥界などというものが、本当に存在しているとは。
しかしそれはそれとして、まずは現実的な問題がある。
「グローリエン、こいつを拘束しておく、なにかいい手はないかな?」
「う~ん……」
しばし考えこむ。カマソッソとルカは戦々恐々としている。カマソッソは自分の処遇をめぐる不安。ルカはメレニーの方がどうなったのか気になって仕方ないのだ。
「妖精に盗ませるか」
「盗ませる?」
「まあ色々方法はあるよ。たとえばね」
そう言ってグローリエンは小さな紙を一枚取り出す。五センチ×十センチ程度の小さな紙。それをカマソッソの目の上に乗せた。
「もく、もく」
意味の不明な言葉を言ってからパッとその紙をとる。
「れん!」
「あっ!」
「うぎゃ!?」
カマソッソが情けない声をあげる。見れば、グローリエンの持っている紙にカマソッソの目が移動していた。当然カマソッソの方に目はない。落ちくぼんで、真っ暗な闇が二つ、あいているだけである。
「なっ、なにこれ!? 目を返して。あっ」
グローリエンはそのまま紙を二つ折りにしてポーチの中に入れてしまった。




