僕にもさっぱり
「冥界……? 死神でもいるってのか?」
スケロクがそう発言した瞬間、バサリと大きな音がした。
「俺が!!」
声をかけてスケロクが前に出る。ヴェルニーの振り回す得物は巨大であるし、何より暗闇の中での音だけでの戦い。同士討ちになる可能性が高い。こういう時の対応も慣れたものだ。
激しい金属音が二回聞こえたのち、バサバサと羽ばたく音が遠ざかっていく。
「人間のくせに少しはやるようだな」
羽ばたきの音で大まかな場所は判別出来るであろう。しかしその闇夜の中で敵の攻撃を捌くのはいったい如何なる術理なのか。
「鎌みてえな、大きく湾曲したナイフか、爪を両手に持ってる。気を付けろ」
スケロクの言葉が終わると、コォン、と再び音が響いた。グローリエンがまた杖で床を叩いたのだろう。今度はルカにもはっきりとカマソッソと名乗った巨大なコウモリの姿が認識できた。
確かに言うとおり巨大なコウモリといった感じであるが、大きさからするとまるでマントを羽織った人間のように感じられる。しかし天所にぶら下がっているのにもかかわらず逆さまになっていないマント、いや翼か。それに両手のナイフはどうやら親指の爪か何かのようだ。
「グローリエン、その杖のやつ、連続では出せないのか?」
「えっ、それは流石に無理」
初撃こそ何とかスケロクが堪えたものの、こんな戦い方では長く続くはずもないし、防戦一方になる。いわゆる「攻めあぐねている」という状態だ。
「下がってろヴェルニー、また来る!!」
グローリエンのソナーが連続で出せないのなら、五感に優れたスケロクが対応した方がいいのは確かなのだろう。
「いぃつまで続くかなぁ?」
闇の中で、激しく金属がぶつかり合う。カマソッソはヒットアンドアウェイを繰り返し、何度も間合いへの出入りを繰り返しながら攻撃を続ける。確かに奴の言うとおり、こんな戦い方がいつまでも続くはずがない。
その戦いのさなか、ふと思いついてルカはリュートの弦をはじいた。
「これなら……!!」
連続で弦を弾き、その振動波に魔力を乗せて流す。
「でかしたルカ君!」
ヴェルニーの声と共に床石を蹴る音。彼が跳躍したのだ。もちろん標的カマソッソへ向かっての攻撃。グローリエンのソナーを参考に考えたルカはリュートの弦の音に魔力を乗せてその反射によって敵の姿を確認する方法を思いついた。
そしてその意図を汲んで、すぐさまヴェルニーが反撃に出たのだ。
「クソッ!」
しかしカマソッソのその後の行動は咄嗟に連携を果たしたルカとヴェルニーの合わせ技のさらに上をいくものであった。
最前線でスケロクと戦っていたカマソッソ、そこへツヴァイヘンダーを振りかぶって突っ込んでいったヴェルニー。その後ろにはルカとグローリエンが控えていたが、カマソッソはヴェルニーを潜り抜けるように身を低くしてさらに突進。
「えっ!?」
そう、前の二人を無視してルカに肉薄したのだ。今の一瞬のやり取りで「ルカをまず先に殺るべき」と判断したのである。
そして二人の影が交差する。
「勝てる」と思った一瞬の油断からか、ルカの守りに誰も動けなかった。ドッ、と大きな塊が石床の上に落ちる。その鎌のような爪で、ルカの首が落とされた。
「ルカ!!」
スルーされたスケロクとヴェルニーが振り向くが、時すでに遅し。ルカの首が床の上をゴロゴロと転がる。
「ひっひっひ。ザぁコ共がぁ!!」
カマソッソは床を蹴って再び天井に逃げたのだが、その時異様なことが起こった。
首を落とされたルカの身体が、またもリュートを奏でたのだ。
「逃がすか!!」
その刹那、スケロクの投げた棒手裏剣がカマソッソの喉を貫く。この闇の中でわざわざ声を出すことがどれだけ愚かな行為か。カマソッソもまた、勝利の感触に油断したのだ。
そして、ルカの最後に出した音によってヴェルニーもカマソッソの位置を正確に把握していた。
「ぐぅっ!?」
天井にぶら下がったカマソッソの腹を、彼のツヴァイヘンダーが貫く。
「おおおおッ!!」
そしてそのまま全体重をかけてカマソッソの身体を床の上に引きずり下ろし、叩きつけた。
「ルカ君! ルカ君、どうなってるんだ!?」
誰もが状況の把握を出来ていない。首を落とされたはずのルカの身体がなぜリュートを奏でたのか。そもそも本当に彼の首が刎ねられたのか。
しかし、その次の瞬間も。いやしばらく彼の身体はそのままリュートを弾き続けていたのだ。
「こりゃあ……いったいどうなってやがるんだ」
「それが、僕にもさっぱり」
床に転がったままのルカの首が答える。明らかに、リュートを弾いている彼の身体と、回答している彼の首が、違う場所にあるのだ。
「カマソッソ、まだ生きてるか? 無駄な抵抗はするなよ、何がどうなってるのか、しっかり教えてもらうぞ」
「ひぃぃ……」
「ヴェルニー、とりあえずここじゃ話にならねえ。この暗黒回廊から出る」
ここはあくまでも暗闇の領域。ここにいるだけでヴェルニー達にとっては不利である。しかし慎重に通路を進むしかない。彼らはとりあえず真っ直ぐ回廊を進んでいく。
「どうなってるの……ルカくんの足音、普通に歩いてるんだけど……?」
「それが僕にもさっぱり」
「カマソッソ、この先に明るい場所はあるか?」
「聞いたところで信用なんかできねえぞ、ヴェルニー」
言葉が飛び交う。それしか周囲を確認できる方法がないのだから仕方あるまい。とりあえずカマソッソを拘束した効果かどうかは分からないが、コウモリ達の攻撃が止んだことは僥倖であろう。
しかし、そのノロノロと暗黒回廊を進んでいく中、不審な物音をスケロクがキャッチした。
「おい……何か来るぞ。後方からだ」
「くっ、こんな時に次から次へと」
後方、つまりは先ほど自分達がいた方向からである。一瞬「引き返した方がいいのか」とも考えていた一行ではあったが、この事態によりその方策も潰えた。
「どんな状態だ? スケロク」
回廊を先へ進む足は止めずに、カマソッソを引きずったままヴェルニーがスケロクに尋ねる。一方のスケロクはすぐに壁に耳を当てて状態を確認する。
「ん、止まってるのか? どうやら向こうもこの暗黒回廊に面食らって、思う様に前に進めねえって感じらしいな」
「どうする? 今の状況なら通路いっぱいに魔法を放って一網打尽にすることもできるけど」
グローリエンの提案。確かに敵と交錯することのない今の状況ならばこの狭い通路ではグローリエンの魔法は最大の威力を発揮するではあろう。
「いや、さすがにそれはまずい……敵対的な存在じゃないどころか、ヘタすれば人間の可能性もある」
それはそうである。とりあえずの安全策としては、距離を置くしかあるまい。
「ん、今一瞬、見え……あ、段々黒い霧が晴れてきたぞ」
別に息が苦しいわけではなかったが、霧から頭を出して、ぷはあ、とヴェルニーが深呼吸をする。回廊の中は、だんだんとまばらに霧の晴れる場所が散見されるようになってきており、互いの状況を確認できるようになってきた。
「る、ルカ君……それはいったい、どういう状況なんだ」
「それが僕にもさっぱり」




