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ゼレンスキー

「あの……まだ何もしてないんですけど」


 此は如何(いか)なることか。何故(なにゆえ)斯様(かよう)仕儀(シギ)相成(あいな)ったのか。


「ふふふっふっふっふ、ひーっ、ひーっ……」


「おお、二百年の間、決して花開くことのなかった主の顔に、これほど満面の笑みが咲くとは。やはりわしが見込んだ男。感謝の言葉もない」


 激しく体を上下させながら笑っているヴァルメイヨール伯爵と、感謝の言葉を述べるイゴール。決して悪い状態ではないのであるが、しかし釈然としない。


 彼はまだ、何もしていないのだ。


 どんな曲を弾けばいいのかと思案して、ただ伯爵の前に立っただけである。


 とりあえず。


 とりあえず、一曲弾こう。当初の予定通りに行動しよう。そう考えて、ルカはリュートを掻き鳴らし始めた。心が洗われるような、大地の広がりを感じさせる、そんな落ち着いた曲を。


「ちょっと、ほん……んっんっふふ」


 伯爵は一段と大きく体を震わせ始める。よく分からないが、ルカは演奏を続けた。


「まっ、まじめな顔して、全裸でリュート弾いてるっうっふっふっふふふ、ああっはっはっはは」


 とうとうのけ反って大口を開けて笑い始めた。これは一応、試練をクリアしたということなのだろうか。演奏を続けたらいいのかどうか、ルカは思案のしどころだ。


「ちょっ、ホントに待って、いったん、止め……ふっふっふっふっふ……」


「ルカ殿、いったん止めてくだされ。主が呼吸困難に陥っておる」


「はぁ……」


 単独で、上位魔人(グレーターデーモン)相手にこれほどのダメージを与えたのは、おそらく彼が初めてであろう。ルカはとりあえず演奏を止めた。


 さて、話は少し戻るが、やはり笑いというものはある程度共通の土台となる文化を共有したうえで初めて成り立つものなのだ。


 しかし笑いの世界の中には、そういったものを全く必要としないで笑顔にアクセスし得るものも存在する。


 そう、下ネタである。


 その中でもやはり全裸ネタは鉄板なのだ。某国の大統領もコメディアン時代得意としていたネタ。全裸で楽器を弾く。そのネタをルカは無意識下でやってのけたのである。


 何食わぬ顔をして、全裸で普通のことのように行動する。もうそれだけで面白いのだ。彼がそれを意図してやったわけではないとしても。


「ルカくん!」

「ルカ君、やったじゃないか!」

「やるじゃねえか! さすがだぜ」

「なんで全員全裸あぁっあっはっはは」


 ヴェルニー達がルカのことを讃えながら駆け寄ってくる。ようやく呼吸の落ち着いてきた伯爵はまたも噴き出した。


「わっ、ちょ、ちょっと、グローリエンさん!?」


 グローリエン達はそのままルカに飛びつき、抱擁を交わした。もちろん全裸でだ。


 ふにょん、と柔らかい感触が肌に触れる。


「ちょっ……」


 ヴェルニーのちん〇んの感触である。


「ちょっ、ホントにやめてくださいよ!!」


 ともかく。いまいち釈然とはしないものの、ルカ達は試練を突破したのだ。


「なんかこう、達成感がないというか……いや、その、『笑わせる』のと『笑われる』のは違うと思うんスよね」


「おぬしには役不足であったか。くふふ、おぬしらが衣をまとっておらんかったことも、これを見越してのことだったのか」


 そんなわけがあるか。そもそも最初に全裸でイゴールに出会ったときは二週間も前の話で、しかも次の試練など分かっていなかった時であろうに。


「ガルダリキとヴァルモウエが分かたれてから一万年の時が過ぎた。てっきりその間に人間の文明が退化して衣服を着用することが無くなったのかと思ったが」


 マルコ達や初めて会った時のルカはちゃんと服を着ていたはずである。


「それで、僕達が服を着ていなかったことには特に触れなかったんですか……」


「うむ、もし文化的な制約ならばそれに触れるのは無粋かと思うてな」


 デーモンから気を使われてしまっていた。


 まあ、それはいい。全裸のことをあまり深く突っ込まれると返答に困るのもまた事実なのだ。


「まずは、もてなそう。紅茶などいかがか」


 そう言ってイゴールがパチンと指を鳴らすと、何もない空間から大きなテーブルが出現し、どこからともなく現れた醜悪な使い魔の集団があっという間に茶菓子と、お茶の準備が整った。


「さてどうぞ、冒険者のお歴々」


 ようやく呼吸も落ち着いてきたヴァルメイヨール伯爵も席に着き、ちょっとしたお茶会が始まった。当然伯爵以外は全員全裸の、異様なお茶会。伯爵は、時折肩を震わせるようにしながら目を伏せることがあるので、まだ面白いのだろう。


「っ……ふぅ。私の夫は、実は人間だったのです」


 深呼吸をしてから伯爵が話し始めた。しかしこれはルカ達は全く予想していなかった言葉であった。紅茶をすすっている伯爵は、一見して人間と変わらないような外見をしているが、彼女の孕む上位魔人(グレーターデーモン)としての実力、その漏れ出る魔力はやはり並大抵の生命体ではないことを感じさせる。時折笑いながら紅茶を飲んでいるだけでも、それだけの力を無意識に見せている。


 そんな、人間にとっては「上位存在」ともいえるようなデーモンの夫が、人間だったということなどあるのか。そもそもガルダリキに人間がいるのか。


「彼がどこをどう辿ってガルダリキについたのかは分かりませんが、ともかく彼と私は愛し合っていました。ですが、人間の寿命は我らデーモンよりも、遥かに短い」


 つまりは、その二百年前に彼女の夫が亡くなってしまったということなのだろう。


「それで、悲しみのあまり、伯爵は笑うことを忘れて」


「いえ」


 伯爵は、ことりとソーサーの上にカップを置いた。


「その、全く逆なのです」

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― 新着の感想 ―
破壊力凄まじいですね! ぷにょんとふにょんも。 伯爵のお話は気になります。
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