次は
「なぁ~~~~~んでか!?」
冷えに冷えてさぶいぼだらけになっているルカ達をよそに、マルコは絶好調であった。
「それはね、エルフは、長い耳を持っているから!!」
一つネタが終わるとまた情熱的にリュートを掻き鳴らし、ネタはまだまだ続いていく。
続いていくのだが、当然のことながらヴァルメイヨール伯爵はくすりとも笑う気配はない。というかもうそこにいるのかどうかわからないぐらいに気配を感じない。覗き込んでみると、確かに椅子に座っているのだが。
「ある街で、セイレーンが殺人を犯したが捕まらなかったらしい」
まだまだネタは続く。もういい加減にしてほしい。諦めが悪すぎる。まさかとは思うがもう相手が根負けしてお情けで笑ってくれるまで永遠に続けるつもりなのだろうか。いやさすがにそれよりも前にネタ切れすることであろう。
「なぁ~んでか!?」
マルコは演奏を止めて伯爵に視線を送る。それだけでは飽き足らず彼女の方にスッと手を伸ばした。
まさか。
「なぁ~~んでか!?」
まさか。
最悪の事態だ。相手に回答を求めているのだ。
「~~~~~~~~~~ッ!!」
ルカが声を押し殺した悲鳴を上げて、のけ反ってその場に倒れた。
共感性羞恥。
読んで字の如く、自分が恥をかいた時ではなく、他人が恥をかいている時に共感性を発揮してしまい、関係ないはずの自分までもが羞恥心を覚えてしまうことである。この場合、まさに恥をかいているマルコ自身は全く恥ずかしいと感じていないのがさらに手に負えない。
(やめろ、やめてくれ! 見てるこっちが恥ずかしい! 普通そういう視聴者参加型のやつはもっと客が温まってきてからやるもんだろうが!! 見てらんない)
「どうしようヴェルニー、なんかルカくんが謎のダメージを受けてるんだけど」
「とりあえず僕達にできることはないとは思う。あまり大きな音を出さないように押さえつけておいてくれ」
仕方あるまい。この中で職業が同じバードのルカだけが共感性羞恥心を覚えたようだった。普通ライブでも観客にマイクを向けるのはもっと中盤か、終盤になってからだ。あの冷えた状態でそんな非常識なことをしたマルコが全て悪いのだ。
「なぁ~~~ん……」
「うるさい!!」
「んごおおおぉ!!」
とうとうイゴールが切れた。まったく無反応であった主人の心の内を代弁したところもあるのだろう。不用意に近づいてきたマルコを殴り飛ばしたのだ。
「うげ、う……」
マルコは吹っ飛ばされた拍子にリュートも壊れ、醜態を晒したまま地に伏している。おかしいのはリナラゴスだ。この期に及んでただ冷たい目線でマルコを見下ろすだけ。狼狽した様子もなければ、フォローもしようとしない。
「愚か者めが」
イゴールが手を振りかざすと、魔法の詠唱もなく極大の火の玉が出現し、マルコに襲い掛かる。直径が人の身長ほどもある巨大な火の玉である。
「ホーリーガード!!」
直前にマルコは魔法障壁を展開し、威力を殺したが、しかしそれでも中位の魔人の攻撃は殺しきれるものではない。炎が包み込み、彼は吹き飛ばされた。
「ぐあ……が……」
「ほう、しぶといの」
しかしイゴールの方はまだこれだけでは物足りないようであった。あんな意味不明な芸を延々と見せられれば当然と言えば当然かもしれない。一方のリナラゴスはやはり冷淡な目つきでマルコを見下ろしたまま、ふう、とため息を一つついた。
「無様だな」
「り、リナラゴス……脱出を」
さすがにリュートもなくし、まだぶすぶすと黒煙をそこかしこから上げているマルコは笑わせるのは諦めたようだった。彼ならアカペラで続けるかもしれない、と少し考えていたルカは安心した。
「脱出か」
リナラゴスは懐から糸巻きのようなものを取り出す。
「アリアドネの糸……あんな高価なものを隠し持ってるなんて」
グローリエンが呟く。ダンジョンの深層部からでも入り口にまで一瞬で転移して脱出することのできるアイテム。ルカも聞いたことはあるが見るのは初めてである。
「逃がさんぞニンゲンどもめ。貴様らのせいで冷えた空気を温めてやる。おとなしく火種になれ」
イゴールの方も逃がす気はないようだ。頭上には先ほどよりも大きな火球が浮かんでいる。
「ひっ……リナラゴス、早く脱出を」
「マルコ、君は我らのパーティーの面汚しだ。これ以上生かしておいてやる理由も特に見つからない」
「なっ!?」
彼にしてみれば全く予想だにしていなかった言葉。そしてイゴールの火球が発射されると同時にリナラゴスはアイテムを使い、小さな穴に吸い込まれるようにフッとその場から姿を消してしまった。火球を前に身動きの取れないマルコを残して。
「ぐあああぁぁぁ!!」
火球の直撃を食らい、火だるまとなったマルコが部屋の外まで吹き飛ばされ、ルカ達の目の前に落下した。
「ああ! ああぁぁぁ……」
しかしそれでも彼はまだ生きていた。炎の中、揺らめいてほとんど前の見えないはずの視界の中でグローリエンを捉え、彼女に手を伸ばす。
「ぐ……ろ……」
見えているのであろうか。しかし現実のものであるとは思うていまい。偶然にもダンジョンの最奥で想い人に出会い、しかもそれが全裸であるなどと。
「マルコ……無茶をするから」
慰めの言葉すら見つからなかった。もはやこれだけの炎とケガでは、回復魔法では治せない。ましてや魔力も高くないルカの力では。
「……ヴェルニー、痛み止めを」
グローリエンがそう呟くと、彼女の後ろから両手剣が伸び、マルコの心の臓を貫いた。
もはや助ける方法などない。しかし炎に包まれながらの死は、地獄の苦しみな上に、なかなか死ねないのだ。こうすることだけが、救いであった。後には轟々と燃え盛る人だったものが残るのみ。
ルカは歯を食いしばり、目を伏せた。ギョームに続いて、人の死を間近で見るのはこれで二度目である。何度やっても、慣れぬものは慣れぬ。
「さて」
まだ暴れ続ける火の精霊も落ち着かぬうちに、老人の声が近づいてきた。
「さっきからチラチラと見えておったぞ。次の挑戦者よ」
イゴールが、玄室の外までルカ達を迎えに来たのだ。
「真打ち登場といったところか。悪魔の踊りの謎を解いたおぬしらならば、この試練も突破できるやもしれんのう」
そう。ルカの番なのだ。




