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失われた笑顔

 第四階層。


 ルカ達が前回第五階層の『鍵』を解除して新しい通路を出現させるまでは実質的な最下層のような扱いを受けていたフロア。複数のオークや、時折ドラゴンまでも出現するこのフロアは並大抵のパーティーでは突破不可能。


 ヴェルニー達も慎重に、ダンジョンの侵入から休息も含めてほぼ一日をかけてここまで侵入した。


「しかし、シモネッタ姫が冒険者になるってのは少しまずいかもしれないな」


 第四階層でグローリエンが魔法によって焚火を起こしての休憩中、ヴェルニーが思い出したように前日の話を持ち出した。どういうことかとルカが尋ねるとヴェルニーは話を続ける。


「例えばトラカント王国の人間がマルセド王国で人を殺した場合、どちらの法が適用される?」


 干し肉をかじりながら、少し考える。が、すぐに答えは出た。


「それは、当然罪を犯した国の法で裁かれますよね? だから犯罪者って国外に逃げるもんだし」


「その通り。じゃあダンジョン内での犯罪はどこの国の法で裁かれる?」


 考えたが、今度はすぐに答えは出なかった。確か受付嬢のアンナには「面倒なことになるからダンジョン内では絶対に法を犯すな」とは言われてはいたが。それがなぜだったかまでは思い出せない。


「ダンジョンはどこの国にも属さない。ゆえに、どこの国の法律も適用されない」


 ダンジョンは、普通の洞穴とは違う。内部の時空はねじ曲がり、それがどこに、どの国に繋がっているのか、ヴァルモウエ内の別の国か、下手すればガルダリキに繋がっているという噂もある。あとあとのことを考えるならそれが「どこの国であるか」は保留にするしかないのだ。内部の把握すらできていないのだから。


「それじゃあ、ダンジョンの内部は犯罪をし放題ってことじゃないですか!」


「その通り。だから、冒険者の犯した罪は、冒険者が(そそ)ぐ」


 ルカは初めてギルドでヴェルニー達と話した時、彼らはダンジョン内の無法者(ローグ)退治の直後であったことを思い出した。


 警察機構の未発達であった時代、犯罪に対する措置は、基本的に自力救済である。


「つまり、ターゲットであるシモネッタ姫がダンジョンに潜るとなれば、刺客からすれば

チャンスが増えるということになる」


 マルセドの王家がどの程度こちらの実情を把握しているのかは分からない。どの程度本気で狙ってくるのかも分からない。しかしダンジョンの中は命を狙われる彼女にとっては危険な場所となるのだ。


「さて、そろそろ……」


「待ちな」


 一息ついてさあ出発というところでスケロクが「待った」をかけた。


「人の痕跡がある。俺たちの他に今日誰か探索に来てるんじゃねえのか?」


「え? アンナに聞いたら他にダンジョンの探索に出ているパーティーはいないって聞いたけど……」


 基本的に冒険者がどういう活動をしているかはギルド側は常に把握している。これも冒険者同士のトラブルを避けるための知恵である。先ほども述べたようにダンジョン内でトラブルがあれば面倒なことになる。それを利用して人のいないときにダンジョンの中で全裸になるなどという不埒な輩がいるのだがそれはまた別の話。


「無届で来てるか、僕達よりも後に出発した人たちがいるってことですかね?」


「どうだろうな? ま、行ってみりゃ分かるが。慎重に進むとするか」


 ここからは今までよりもさらにゆっくりと進む。このダンジョンがここ二週間ほど、多くの冒険者を引き付けていた理由、それはもちろんルカ達が見つけた第五階層の先にあった。


 ルカ達が見つけた玄室の祭壇の奥から繋がっている通路、その先はそれほど複雑な迷路にもなっておらず、少し進むと再び大きめの玄室にたどり着く。そこに待ち受けているのは以前ルカ達が邂逅したせむしの魔人(デーモン)、イゴールであった。


 しかしイゴールは他のダンジョンのボスのように戦いを挑んできたりはしないのだ。むしろその逆である。「笑わせろ」と。「道化を演じろ」と言ってくるのだ。


 笑顔というものを忘れてしまった主人のヴァルメイヨール伯爵。彼女を笑わせることが出来たならば、財宝と、ダンジョンのさらに奥への通行権をやろうと、そう伝えてくる。


 魔人のくせに何をふざけたことを、と切りかかれば手練れの冒険者でも簡単に返り討ちにあってしまう。グローリエンのパーティーですら彼への攻撃は諦めたという。


 だが逆に言えば、戦闘能力の劣るパーティでも、この「難題」を突破しさえすれば先に進めるのだ。やがて、その突破も難しいと分かるとギルドからの懸賞金もそう高額でないこともあり、人も消えていったが。


「失われた笑顔を取り戻すダンジョンねぇ……いったいどんな理由があるのか知らないが」


 ダンジョンを進みながらヴェルニーが振り返り、ルカに視線を送る。


「うちなら大丈夫さ。なんせ前人未到の通路を発見してくれた吟遊詩人(バード)様がいるんだからね」


 そう言って見せた笑みは太陽の下、輝くひまわりのようだった。


「グローリエンさん、ワンダーランドマジックショウは、イゴールさん達に対してマルコさんはどんなことをしたんですか? あとは、その……実際そのどんな雰囲気だったのか、ヴァルメイヨール伯爵の人物像とかもわかると嬉しいんですけど」


 ちょっとしたカンニングである。だが、事前に情報を得られるというのは非常に大きなアドバンテージになるのは確かだ。伯爵の人物像に合わない催し物をしたところで勝ち目は薄いだろう。


「伯爵は、女性だったよ」


 少し意外であった。多くの場合ヴァルモウエでは爵位を持つ貴族は男性であるため(マルセド巨人王国は例外の方である)、何となく男性であると考えていた。もっとも、人間の世界の爵位とガルダリキのそれが同じであるという保証は全くないのだが。


「うちのときはねぇ、バードのマルコが汚名返上とばかりにはりきって有名な喜劇の内容を諳んじたんだけど、笛吹けど踊らず。全くダメだったよ。まるで……うん、人形みたいだった」


「人形?」


「そう。人形。格好はまるで人間の、貴婦人のようだったけど、トークハットを被って、黒いヴェールに……黒いドレス。あれは、もしかして喪服だったのかなあ」


「喪服……か」


 グローリエンの言葉を聞きながら、ルカはリュートを一掻きしたが、すぐにスケロクに咎められた。


「おっと、悪いが、今は弾くな。もう相当近いぜ。しかも、まさかとは思ったが、知った顔だ」


 一同に緊張が走る。


 スケロクが確認できた先行者は、全く予想していなかった人物。エルフの男と吟遊詩人(バード)の組み合わせ。


 ワンダーランドマジックショウのリーダー、リナラゴスと、バードのマルコであった。

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