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花のつぼみの君

『花のつぼみの君』


 これほどの侮辱を受けたのはルカは初めてであった。


 寒さで縮んで、若干皮が余った状態をそう形容したのであろうか。いや、そんなことはどうでもいい。そもそも命の恩人に対して生殖器にちなんだあだ名をつけるというのは如何なものであろうか。そういうセンシティブなことをしてしまう神経が信じられなかった。


 尤も、そんなセンシティブな格好で人前に出るなと言われればそれまでだが。


「何度も言いますが、私は『花のつぼみの君』などではありません。人違いですよ」


 そう言って出されたコーヒーを一口飲む。「この話はこれでおしまい」という意思表示である。


「ところで、何故マルセド王国の姫がこのトラカントに?」


 そして積極的に話題を変えた。「なぜあんな人気のない山道を少人数で?」とも聞きたかったのだが、それを問えば正体がバレてしまう。


 ハッテンマイヤーとシモネッタはちらりと視線を合わせると小さくうなずいてから離し始めた。


「実を言うとですね、殿下がこの国に来られたのは深いわけがあるのです」


「今なんかアイコンタクトしましたよね?」


「殿下は、国内での立場が微妙なのです」


「無視しないで」


「マルセド王国では男女にかかわらず長子が国を継ぐのが慣習となっております。現在アルディエッロ国王の長子はシモネッタ様なのですが、実は殿下は国王の正妃の子ではない、どころか私生児なのです」


 どうやらルカのツッコミは全て無視して話を進めるようである。というか、おそらく正攻法での問い詰めに見切りをつけて「プランB」に移行するようだ。


「それでまあ、形式上は『留学生』という形で国を追い出されてしまったのです」


 しかし、留学生とはいずれは戻ってくるものだ。そんな形で国を追い出すなどという話は聞いたことがない。それどころかあとあとモメる種を国外にバラまいただけなのではないのか。


「まあ留学生というのは方便。実際にはこの国の王子と婚約でもさせて、嫁にやってしまおうということだったようなのですが……」


 なるほど、それなら分からないでもない。シモネッタ姫は見た感じでは体が大きいが立ち振る舞いや顔立ちは二十歳前の少女に見える。それに見合う王子といえばこの国では第二王子のアルバンあたりだったであろうか、ルカは記憶の糸を手繰り寄せる。見たことはないが、確かまだ十代前半だったはずだ。


「ですが、先日お茶会に招待したところ、殿下を見るなり卒倒してしまわれまして」


 分からないでもない。


 ルカも先ほどの人間杭打ちを見せられて卒倒するところであった。ましてや温室育ちの坊ちゃんだ。こんな化け物を至近距離で目の当りにしたらそれこそ驚きのあまり失神してしまうこともあるだろう。


「へぇ~、そうなんや」


 ルカはまた一口コーヒーを飲む。「だからなんやねん」の構えである。「わしにはカンケーないやろ」の意思表示だ。


 乙女の行き先が暗雲立ち込める無情の中に潰えたとしても、いち冒険者のルカには毛先ほども関係ない。ましてやお貴族様のお家騒動など、心の底から知ったことか。


「ですが、私は幸運にも、運命の白馬の騎士様が、すでに現れていたのです」


 頬を染めて目を伏せるシモネッタ姫。しかしデカすぎて目を伏せてもまだ上から目線である。


「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ」


 ルカの行き先に暗雲が垂れ込めてきた。


 結婚相手を求めてこの国に来たはずなのに? なぜそれが冒険者の話になる?


「仮にも一国の王女でしょう? そんな『男なら誰でもいい』みたいなことが?」


 正直に言って、冒険者など「無頼漢」の類である。たとえ私生児であろうと王族と釣り合うはずがない。何よりいくら何でも相手側の王家が許すはずがない。格が下がる。


「誰でもいいなんてことありませんわ。あなたは、自分の危険も顧みず、多勢に無勢にも拘わらず裸一貫で敵に立ち向かってくださいました」


 文字通り。


「国では疎まれ、他国では化け物扱いされる私を、初めて手を刺し伸ばし、お姫様扱いしてくれたのが、あなたなのです」


「はぁ!?」


 普通は姫扱いしたものに陰部を見せつけたりはしないとは思うが、彼女の眼にはそう映ったらしい。


「きっとこのおちん〇んが私の運命の人なのだと、私の目には焼き付けられたのです」


 そんなものを焼き付けるな。


「それにマルセド王家の方も、国へ帰ってこなければ殿下の結婚相手になど気を払いはしません。もちろん、殿下にも国に返り咲いて……などという野心もありません。この国で、心安らかに過ごせればそれでいいのです」


「い、いや、うう……」


 ハッテンマイヤーにも逃げ道をふさがれる。デカ女になど興味ない、とでも言いきれれば逃げられるのかもしれないが、童貞のルカにそこまでの胆力は無かったし、シモネッタ自身は巨人ではあるものの、女性としてほとんど抗いがたいまでの魅力に満ち満ちた女性であった。


「いや、違う! そもそも僕はその『花のつぼみの君』じゃないし! もしそうだとしても今は冒険者としての生活にかかりきりで、恋愛も結婚も全く考えてないから!!」


「聞いておりますわ。『せむし男のダンジョン』の攻略に随分と貢献なさっているとか」


 そこまで調べていたのか。ハッテンマイヤーは今日確信を持ったようだったが、もしかするとある程度目途はつけていたのかもしれない。


「分かってくれるでしょう、だったら僕は」


「私も、冒険者になりますわ」


「はぁ!?」


 青天の霹靂とはまさに此れ也。


 王族が、それも姫が冒険者に身をやつすなど聞いたこともない。奴隷に身をやつす話ならばいくつかルカのレパートリーにもあるのだが。


「まずはお友達からお願いしますわ。ルカさん、私をあなたのパーティーに加えてください!」


「冗談じゃないよッ!!」


 返答をしたのはルカではなかった。個室のドアを開け放って侵入してきたメレニーであった。どうやら馬車の後をつけていたようだ。


「この個室は現在関係者以外立ち入り禁止のはずですが」


「関係者だよッ! あたしはッ!!」


 メレニーはずんずんと部屋の中央にまで入ってくる。シモネッタの前に立つが、椅子に座っていてもなおシモネッタの方が上背がある。


「話を聞いてりゃ結婚相手だとかパーティーに入るだとか好き勝手言いやがって! 温室育ちのお貴族様に冒険者なんかできるわけないだろ!!」


 とはいうものの、先ほどならず者を一匹あいさつ代わりに始末したところであるが。


「だいいち、オニカマスはルカ一人のパーティーじゃないんだ!! あんたみたいな足手まとい、仲間に入れんのはあたしは反対だよ!!」


「あら」


 にこりとシモネッタはほほ笑むと、メレニーの両脇の下に手を入れ、そのまま立ち上がって彼女を持ち上げた。


「わっ、バカ!! 降ろせ!!」


「うふふ、可愛らしいお嬢さん。お人形さんみたい」


 シモネッタが立ち上がって「たかいたかい」をすると、その高さは優に三メートルを越える。メレニーの髪が天井にカサつく。あまりの高さに彼女はゾッとした。


「今後ともよろしくお願いします。決して足は引っ張りませんわ」

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