舐めプ
「なんなんだ、とは、何がかな?」
全裸。
「スケロクもそうだったが、なンでお前ら全員全裸なンだよ!?」
「気づいたか……」
気づかない方が無理がある。「何かあったのだろう」と察してスルーを決め込むにはあまりにもナニかが主張しすぎているのだ。
「しかし待ってくれ。今そんなことを話している場合だろうか?」
それはそうであるが、しかし捨て置くにはあまりにあんまりな事態である。貴族の落胤ではないかという噂までたつ、美丈夫で知られるヴェルニーがちん〇んをブラブラとさせているのだ。これはただ事ではない。
とはいえ、グラットニィも何となくは気付いているのだ。ここまで、グローリエンに会ってはいないが、ナチュラルズとして活動しているメンバーが全員全裸だったのだ。そして今まで、ナチュラルズの活動実態については謎の部分が多かった。
そこから導き出される答えは一つ。
「まあ……こういう形で活動させてもらっている」
「こういう形って……」
しかしそうとしか説明のしようが無いのだ。
「なんでまたそんなことに」
その疑問も当然と言えば当然の仕儀。しかしそういう性癖なのだからこれはもう仕方ない。これ以上は要素分解の仕様のない事象であると言えよう。
「……グラットニィ、君も脱いでみるかい?」
グラットニィの拳がヴェルニーの顔面を襲った。
「あのよぉ、ヴェルニー」
鼻血を垂らしながら床に這いつくばるヴェルニーを見下ろして言葉を続ける。
「お前の鎧、あれ確か魔術的な防護も掛けられた高ぇやつじゃなかったか? それをおめぇ、これから今まで遭遇した中でも間違いなく最強の化け物と戦うってのに、わざわざ脱いで舐めプで勝てると思ってんのか!?」
「舐めプ」とは舐めプレイの事。要するに相手を舐めて手を抜いた戦いをしている、と言いたいのである。
「ですよね! グラットニィさんもそう思」
「それは違うよグラットニィ。僕達はこの状態でこそ十全たる自分の実力が発揮できるんだ。この格好はいわば制約にして誓約。衣服を脱ぎ捨てることによって身軽さを求め回避能力を高め、皮膚を晒すことで感覚を鋭敏に保ち、そしてちょっと興奮する。むしろ君の方こそ、そんな重いものを身に着けていて戦えるのか? 君も脱ぐべきじゃないのか? いや、脱ぐべきだと思う」
突然に早口になったヴェルニーであったが、グラットニィが嫌そうな表情をして拳を固めるのを見るとさすがに語るのをやめた。
ここで全裸パーティーに勧誘するのはいくらなんでも無理があるし、それで乗る方がどうかしてるとしか言いようがない。ルカの場合は不可抗力であったのだ。グラットニィからは不信感の眼差し。彼はヴェルニーが女性を愛せないということ自体は知っていたが、まさか自分を狙っているのではないか、という疑いの目を向けているのだ。
「ヴェルニーの言っていることは、間違いないわ」
しかし思わぬところから援護射撃が入った。クレッセンシアである。
「確かに彼らは『脱ぐ』ことで己の力を高めている。それはこの私が一番よく知っているわ」
「ん……」
納得いかないながらもグラットニィが頷く。しかし今度はヴェルニー達の方が納得がいかないであろう。それもそうだ。名前も聞いたことのない初対面の女が突然出てきて「自分が一番よく知っている」などと言われても「お前が知ってるはずがないだろう」の一言で終わりである。
「あの、ですね……実はクレッセンシアさんは『ある方法』で、スケロクさんの能力と知識を受け継いでまして」
「『ある方法』なんて言葉を濁したって仕方ねぇだろ。こいつぁスケロクの死体を喰って能力を貰ったんだ」
時間が無いのは確かだ。シモネッタの言葉を即座にグラットニィが補足する。ヴェルニー達は驚愕の表情を見せながらも、仔細詳しく話している時間などない。シモネッタやハッテンマイヤーの態度を見ていればスケロクとクレッセンシアの間に対立があった結果喰われたということでないというのも分かる。
「スケロクの能力を……? どのくらい継承しているんだ? 全てと考えていいのかい?」
「そう考えてもらった構わないわ」
ヴェルニーは腕を組んで考え込む。
スケロクの死で感傷に浸りこんでいる暇などない。冒険者は即座にスイッチを切り替える。「生存」のための方策を探らねばならない。
最初は単純にこちらにスケロクとグラットニィ、それにプラスアルファの戦力があればアストリットに対抗し得ると考えていた。
しかし実際にはスケロクはすでに亡き者となっており、ならば撤退という選択肢も浮かんだ状況ではあったが、クレッセンシアがスケロクと同じだけの能力を備えているとなれば話が違ってくる。
「……第六階層の暗黒回廊に引き込めば、何とかなるかもしれない」
ルカが首を落とされた暗黒回廊。
あの光というものの完全に焼失した暗闇の帳の中ならば、視覚に頼ったアストリットよりは、五感全てで敵の姿を察知できるクレッセンシアの方が有利となる。もちろん彼女が本当にスケロクと遜色のない働きが出来るならば、の話だが。
「状況を整理しよう。アストリットの脅威は、触れただけで対象物を破壊する腕による攻撃、それと方法は分からないが相手の認知を歪める力だ」
「そっちの方ならワシが分かるぞい」
ヴェルニーの言葉に意見を挟んだのは老爺の吟遊詩人ホルヘ・パルドである。
「奴は音……何か振動波の様なものを操って、こちらの認知を歪めておる。ワシの音楽によってそれに干渉し、邪魔することが出来るかもしれん」
「音楽……それなら僕もお手伝いできます」
数奇なことではあるが、今このパーティーには吟遊詩人というレアなクラスが二人もいる。
「それに、攻撃さえ届けば、奴の防御力はそこいらのデーモンと変わらないわ。さっきは、スケロクの攻撃で出血していた」
クレッセンシアの情報。先ほどの交錯、スケロクの刃は確かにアストリットの喉元に届いていたのだ。
「あの時は認知を歪められるという能力を知らなかったから、スケロクは深手を負ってしまったけど……確かに視覚から得られる情報と、その他の情報に、ズレが……違和感はあった」
「なるほど。暗闇の中で奴がどんな行動に出るか分からないから、未知数の部分がまだまだある作戦ではあるが、僕は目があると思う。みんなはどうだ?」
「俺ぁ異議はねえぜ」
「私も賛成です」
「僕は、リーダーに従います」
「どうやら決まりのようね」
手負いの狼の群れ。
ただの獣と思ってアストリットが油断して近づけば、背水の陣を張る彼らから手痛い反撃を受けることとなろう。
方針は決まった。しかしヴェルニーは少し考え込んで、クレッセンシアに話しかける。
「君は脱がないのか」
グラットニィの拳がヴェルニーの顔にめり込んだ。




