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金的

「!!??!?!?!?!?!!?!!!」


 後ろ側から、リナラゴスの股間にグローリエンの蹴り上げが命中した。


 金の玉。


 冷却のために体外にぶら下がってはいるものの、間違いなくそれは「臓器」である。他の臓器、肝臓や腎臓と同様複数の神経によって支配されており、それらは腹部や腰部に繋がっている。


 そのため睾丸への激痛は体の中心へと伝播し、身動きすらとることが出来なくなる。リナラゴスの睾丸は丸出しであったが、たとえ外骨格で守られていようと同じ事。


 格闘技や野球などでは陰部を樹脂製のファウルカップで守られてはいるものの、そこに攻撃を受ければ悶絶してしまう。外殻を伝わる衝撃だけでも十分に行動不能になるほどのダメージを与えることが出来るのである。


 要は、弱点を見せた時点でこうなることは当然の帰結。リナラゴスはその場に崩れ落ち、体を「く」の字に曲げて痛みに身悶えするのみ。


「大気に住まう炎の精よ、我が右手に集いて……」


 相手が動けなくなったのを確認して即座にグローリエンが呪文の詠唱を開始する。しかしそれをルカが止めた。


「ちょ、ちょっと待ってください、グローリエンさん。流石にそれは……陰部を強打して動けないところに、その、とどめを刺すっていうのは、いくら何でも残酷すぎるというか」


「ぼ、僕も同意見だ。少し可哀そうじゃないか?」


「はぁ? 何言ってるの? 相手はデーモンよ。どっちにしろ殺すつもりだったんでしょ? それに、あんたたち今の今まで自分のケツを狙われてたの覚えてないの?」


「いや、そうなんですけど……もう十分、報いを受けたかな、というか……」


 いまいち歯切れの悪い言葉である。しかし、分からないのだ。グローリエンには。ルカとヴェルニーには分かる。これがどれほどの屈辱で、どれほどの苦痛かが。しかし女性のグローリエンには分からない。これはもう男女の性差であるため仕方あるまい。


「ん? 何か……聞こえません?」


「ちょっとルカくん、話逸らさないでよ。何も聞こえないわよ」


 何かに気づいて顔を上げるルカであるが、それが何かをうまく説明できない。顔を上げた先、ダンジョンの通路の先にはガルノッソが腕組みをしてにやにやと笑いながらこちらを見ていた。


「ん?」


 そのガルノッソが鼻をひくりと動かして通路の中央を見る。しかし少し訝し気な表情を浮かべただけで再びルカ達の方に注視した。今度は笑みを浮かべてはいない。顎を手でさすり、何か考え込んでいるようである。


「報いも何も、とにかくこいつは私達の命を狙ってたんだから、当然やり返されて死ぬのも仕方ないでしょう? 反対されたって私は()るからね!」


 まあ、これは本来仕方のない事なのだ。元々命のやり取りをしていたのだから。ペニスフェンシングではなく。憐れみつつも、ルカもヴェルニーも仕方ない事なのだとは分かっている。


 魔力を集中させたグローリエンが右手を上げる。


「炎の聖霊よ! ……ん?」


 とどめを刺そうとしたまさにその時、少し。ほんの少しの違和感を覚えて振り返った。


 何もいない。いるはずがない。魔力の流れも、足音もしなかったのだ。こちらを向いているヴェルニーも、通路にいたガルノッソも何も気づいていない。


 しかし振り返ろうとするのと同時に、グローリエンの右肩から先が弾けた。


「あっ……ッ!?」


「ルカ君、さがれッ!!」


 直前まで、確かに何の気配もなかった。しかしグローリエンが何者かに攻撃された今、確かにそれは知覚することが出来た。


「アストリット!!」


 羽織っていたマントを脱ぎ、止血のためにそれを使ってグローリエンをぐるぐる巻きにしながらヴェルニーが叫ぶ。


 確かにいなかったはずの魔人がそこにいた。以前のように仮面はつけていないものの、女性の様な涼やかな顔立ちに、マントに包まれた大柄な体。冷ややかな笑みを浮かべている。


「フフ、よく気付いたな。素肌ゆえ攻撃の直前の風を読み取ったか」


 確かにもう一瞬気づくのが遅れていれば体の芯に攻撃を受けていたことだろう。とはいえ致命傷は致命傷だ。


 止血のため、患部を圧迫する。傷口よりも心臓に近い位置で紐などで締める治療が一般的であるが、壊死を起こす可能性があるため、清潔な布で患部を圧迫するのが最も好ましい。とはいえ、グローリエンは肩を破壊されたのでどちらにしろこの治療法しか取れないが。


「ルカ君、もっと下がれ。なるべく距離をとるんだ。それと、回復の調べを!」


 恐慌状態に陥っていたルカに的確な指示を出して治療を促す。しかし、ルカの回復魔法の効果はささやかなものだ。グローリエンの命を助けられるか。


「お前たちの仲間、スケロクとか言ったかな? 奴も始末してやったぞ。今頃はもう冥界への門をくぐっている頃だろう」


「なんだと!?」


 おそらくは身の軽さやサバイバルスキルにおいてはこのナチュラルズの中でも最も優れているのがスケロクである。俄かには信じがたい言葉。


「まあ信じる信じないは君達の自由だ。いずれにしろ、私を侮辱した君達を、私は許す気はないのだからな」


 メレニーとシモネッタの置き土産である。複雑な表情を浮かべるヴェルニー。同じ気持ちのルカであるが、今はそれどころではない。今は右腕を失ったグローリエンの治療に専念している。


「まずはその死にぞこないのエルフからだ。その程度の回復魔法で延命できるとは思えんな。どれ、私が()()()()をうってやるとしよう」


 痛み止めとはすなわち、とどめを刺すということである。敵の能力も何も分からないが、あの右手が異常な力を秘めていることだけは分かる。


「安心しろ。すぐに残りの二人も後を追わせてやる。それからあの巨人族の女だ。一人も生かして帰さん」


「巨人族……シモネッタさんがこのダンジョンに?」


 ルカが聞き返す。


 何らかの人の気配を察してスケロクが先行していったものの、それが如何なる人物かまではルカ達は把握していない。ベネルトンの町で待機しているはずのシモネッタとメレニーが来ているとしたら、彼女らをこの悪魔から守らねばならないのだ。


「順番の違いだけだ。死ね!!」


 アストリットが一気に間合いを詰めようとした。しかしその体が蔦に絡めとられるように制止される。


「ぐっ……い、行かせるわけにはいかない」


 全く予想外の事態であった。


 廊下に這いつくばっていた半死半生のリナラゴスが、アストリットの脚にしがみついてその動きを止めたのだ。

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