BSS
「見かけ以上の強度だな」
その刀身の半分ほどがぽっきりと折れてしまった自身の剣を見てヴェルニーが呟く。蟹の様な外骨格を纏ったリナラゴスの体。それが体のどのあたりまでを覆っているのかは分からないが、疲労していたとはいえ、まさかヴェルニーの両手剣をへし折るほどの物だとは予想だにしていなかった。
「フフ、Sランクパーティーのリーダーと言えどもこんなものか?」
リナラゴスは余裕の笑み。しかし次の瞬間それは憤怒の形相に変わる。
「だがグローリエンを寝取られた俺の怒りはこんなものでは満たされない。脳を破壊された心の痛みを思い知れ!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 寝てもいないのに寝取られっておかしくない!?」
ルカはほっと胸をなでおろす。ようやくまともな会話が成り立ちそうだ。そうだ。そもそも別にネトラレではないのだ。当然ながらヴェルニーもルカもグローリエンと肉体関係にあるわけではない。それなのに訳の分からない因縁を付けられたらたまったものではない。寝ていないだけ損である。
「寝言は寝てから言え! この童貞エルフが!!」
「ちょっと!?」
煽る方向に舵を切ったのだ。これだと「寝ていない」の言葉がかかる相手がルカ達ではなくリナラゴスになってしまうため、余計に拗れる可能性が高い。たとえ正論だとしてもだ。
「そもそもあんたとはただの幼馴染ってだけで赤の他人でしょうが! それが恋人づらして、気持ち悪い! 私は他人の矢印見てるのは好きだけど私に矢印向けてくる奴は大っ嫌いなのよ!!」
何やら専門用語が増えてきて会話が見えづらくなってきた。
「あんたのは『ネトラレ』じゃなくて『BSS』でしょうが!!」
「び、びーえすえす?」
― BSS ―
B:僕が S:先に S:好きだったのに の略称。
いわゆるNTRの亜種である。違いを説明するならば「誰かのパートナーだったのが第三者に身も心も篭絡されて奪われる」のがNTRならば、BSSはそもそも付き合ってすらいない片思いの相手が別の人間と付き合ってしまい、なんとなく奪われたような気持になるものの、片思いの相手にも第三者にも何の落ち度もない。あえて言うならヘタレの自分が一番悪い、という史上最高に情けないシチュエーションである。
(突っ込まないと……突っ込まないといけないんだけど、なんか専門用語使っててどう突っ込んだらいいのか分からない)
ルカは思い出した。そういえば彼女はハッテンマイヤーの著作を持ち歩くほどの腐女子であるということを。当然ながらその界隈の用語にルカは詳しくない。せめてリナラゴスもそうであれば問題ないのだが。彼はリナラゴスの様子を窺う。
「どどどど童貞ちゃうわ!!」
憤怒。
「いいか、エルフというものは、そこいらの凡庸な人間とは違うのだ。そんなエルフが人間と番うことなど許されぬ! それに……」
リナラゴスはヴェルニーの方を見てから、そしてルカの方に視線を移し、にやりと笑った。
「少なくともそっちの小男よりは、私の方がデカいぞ」
なんと浅ましい。
愛を大きさで測れるというのか。愛とは硬さだ。愛とはなんだ。ためらわないことさ。
それは別としてもヴェルニーの方にはケンカを売らないのが浅ましすぎる。勝てる相手だけにケンカを売ってそれが愛だというのか。浅ましい。そんなだから童貞なのだ。
「ぼ……」
どうやら先の言葉を受けてルカも怒り心頭のようである。何か反論があるようだ。
「膨張率なら……負けない」
もうお前ら二人とも帰れ。
「あんたらホント勘違いしてるけどね。女は別にちん〇んの大きさなんて興味ないのよ。ちん〇んの大きさにこだわってるのは男だけよ」
「なにっ!?」
「なんだと!?」
この二人、息ぴったりである。グローリエンはさらに言葉を継ぐ。
「デカ〇んが好きなのはね……男の方よ!!」
一同に電撃が奔る。
だが。
だが確かに。言われてみればそんなような気もしてくる。
いや、もうこれは間違いない。彼女の言っていることは正しい。一般ネトラレ物では確かに大きさに非常によく言及されるし、大きさに篭絡されるようなところがあるのだが、しかし女性向けのエロマンガで大きさに特に言及しているところなどほとんど見たことが無い。なに? 一般向け作品でエロマンガの話をするな? それはそう。
しかしそれはそうとしても心当たりがありすぎた。これはもう、間違いない。女よりも、男の方がちん〇んが好きなのだ。
だからなんだ。
「つまり私が何を言いたいかというとね……ルカくんとリナラゴスでファックをして、勝利した方が私を手に入れる。こういうのはどうかしら?」
「僕は別にグローリエンさんを手に入れたくはないんですが」
「私は……」
答えに窮するリナラゴス。なぜ窮するのか。検討の余地があるということなのか。
「なんだか面白ぇことになってきたな」
遠くで「我関せず」という感じで彼らの戦いを見守っていたガルノッソもあまりの横道への逸れっぷりに興味を持ったようである。
「僕も気になるな。決してルカくんはチ〇ポなんかに負けはしないと思うが」
「もうなんか、負けるフラグにしか見えない……というかですね! 勝ち負け以前に僕はその過程が受け入れられないんですが!? リナラゴスさん何とか言ってくださいよ!!」
長い沈黙を破ってリナラゴスが口を開く。彼の回答や如何に。
「本当に……私の物になるというのだな」
嫌な予感。ルカが身構える。
「ならばこのリナラゴス!!」
バッと纏っていたマントを投げ捨てた。とうとうこの全裸パーティーに新たな仲間の参戦だ。
「うっ……」
「うわぁ……」
全員が顔をしかめた。あの外骨格で覆われた腕からして、おおよそまともな体はしてはいまいとは思っていたが、予想のはるか上の悍ましい体をリナラゴスがしていたからである。
これが魔の眷属に堕ちた事への罰だとでもいうのか。
リナラゴスの体は腕から胸あたりまでを硬い甲殻で覆われている。それはやはり他の生物で言えば蟹のようにところどころに棘のある、悪魔の様なおどろおどろしい姿であった。
胸や腹部はエルフであった時の形をだいぶ残しているが、腰から下はやはり硬い外骨格に覆われている。
そして、陰部も……




