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深手

「アーセル!!」


 アーセルの左ひじあたりが爆ぜ、ぼとりと前腕が落ちる。すぐさま彼の二の腕を糸の様なものが束縛した。


「アーセル、早く逃げて!!」


 どうやら彼の腕を糸で止血したのは少し離れたところにいるルネの能力のようである。


 危機的状況。痛みでショック状態になっているアーセルを抱え上げてグラットニィが走り出す。アストリットの方はアーセルに攻撃を受け流されたせいでバランスを崩し、即座に攻撃には移れないようである。


 そして、残っていたホルヘ・パルドの支配下にある不死隊が戻ってきて、アストリットに覆いかぶさって足止めをする。


「走れ走れ! とりあえず距離をとるぞ!!」


 すでにシモネッタ達はかなり離れた距離まで逃げている。グラットニィ達もその先導に従って全力疾走をする。


 いずれは叩き潰してやる。しかし今じゃない。体勢の立て直しが必要だ。そのためにはいったん距離を取って、どこか迎え撃つのに都合のいい場所を探さねばならない。それに腕を失ったアーセルの治療もしなければならない。


 グラットニィの体力をもってすれば痩せ型のアーセルと巨大な剣を担いだまま走ることなどわけない事である。千切れた左腕はルネの()で止血されているし、とりあえず命の危機はない。


 直後に後方で爆発音がした。不死隊の彫像が粉々に破壊されたのだ。ダンジョンの外では木製の像であってもグラットニィの斬撃に耐えた不死隊。ホルヘが連れてきていたのは石像であり、より強度は高かったであろう。それが一瞬で粉々に破壊されたのだ。


「アニキ、俺はもう大丈夫です、走れやす」


「いけるか?」


 アーセルを下ろす。走ればその分血流が増え、出血の恐れはあるがとりあえずは大丈夫そうである。


「それよりも……」


 アーセルは前方を見る。シモネッタ達がこちらを気にしながらも前に進んでいっているようだ。だが、その足跡に、血が混じっている。それも夥しい量だ。


「おい! 誰かケガしてんのか!?」


 アーセルの視線に気づいたグラットニィが大声で呼びかける。すぐさまシモネッタが立ち止まって仲間の状態を確認する。


 最も気を払っていたハッテンマイヤーとメレニーに異常はない。年老いた吟遊詩人ホルヘ・パルドも息を切らして体全体で呼吸をしているものの、出血はないようである。ならば、この血は……


「スケロクさん!!」


 なんということか。本来なら一番先に気づけてもよかったはずだ。衣服を身に着けていないのだから出血にはすぐに分かるはず。「まさか彼に限って」、そう考え、油断があった。


 スケロクはわき腹を強く押さえ、そこからは鮮血が滴り、足を濡らしている。


「俺のことは気にすんな……今はとにかく距離を取る……せめてどこか分岐路のあるところまでな」


「おぶさってください、スケロクさん!」


 大盾とメイスを持っていてもシモネッタの力にはまだ十分に余裕がある。血を垂れ流しながらもなんとか一行は移動していく。


「スケロクさん、がんばって……」


 声をかけるが、返答はない。時折うめき声を上げているから死んではいないが、かなり深い傷だ。シモネッタは頭の中で第五階層のマップを展開する。さきほどガルノッソとリナラゴスの現れた通路の先、その先にヴェルニー達が、ルカもいるはずだ。今このダンジョンの中にいるメンバーで、回復魔法が使えるのは彼だけである。


「シモネッタ……」


 しばらく進んできたころ、スケロクが声を発した。


「シモネッタ、降ろしてくれ」


「スケロクさん……大丈夫ですか?」


 早く浅い呼吸。大分体力を消耗している状況が危ぶまれる。


「クレッセンシア、周囲を警戒しておれ」


「う、うん」


 後から追いついたグラットニィがスケロクの様子を見る。ルネは少し離れたところでアーセルの手当てをしているようだ。


「こいつは……もう」


「ああ……」


 スケロクがグラットニィの言葉を肯定する。彼は、自分の死を覚悟したようであった。


「ま、待って! 待ってください! ヴェルニーさん達と合流できれば、ルカさんがいます! 彼の回復魔法で、きっと助かるはずです!!」


「もう無理だ。遅かったンだよ。それに向こうにゃガルノッソとリナラゴスがいる。奴らがヴェルニー達に気づかねえと思うか?」


 そう。ヴェルニー達があの通路のすぐ先にいたとしても、スケロクが大けがを負っていることなど知りえない。それどころか悪魔公爵アストリットという強敵がいることも知らない。


 それゆえ急いで別の通路からシモネッタ達と合流しようという発想を持つかどうかも分からない。そして実際、今現在クレッセンシアが通路の床に耳を当てて周囲を警戒しているが、彼らが近づいているという痕跡も見つけられない。


 それよりなにより、もうスケロクが限界なのだ。


「俺はもう、ダメだ。ここに置いていけ。先に行って、ヴェルニー達と合流するんだ。足手まといにはなりたく、ねえ……」


「そんな……」


 言葉を失うシモネッタ。半年間一緒に旅をしたスケロクと、まさかこんなところで別れることになるとは。


「一つ、奴はどうやら他人の『認知』に干渉する力がある」


 攻撃を直接受けたスケロクだから分かることである。彼は確かに、余裕をもってアストリットの攻撃を躱したはず。しかし回避能力に優れるスケロクにアストリットは深手を負わせたのだ。今はもう傷口を押さえてすらいないスケロク。腹が破れ、腸がはみ出ている。失血だけでなく、感染症の危険もある致命傷である。


 グラットニィの時もそうであった。彼は確かにアストリットの横を駆け抜けた瞬間、方向感覚を失っていた。何らかの方法で「認知」を乱したのだ。その方法は未だ分からないが。


「まだ奴と戦うのは早い……なんとか、ヴェルニー達と合流して……」


 呼吸が浅く、弱弱しい。


「死ぬのなら……喰え、クレッセンシア」


 ホルヘ・パルドの無情な声が響いた。

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スケロクっ!?
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