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挟み撃ち

「クレッセンシアは、本当は人なんて食べたくないんでしょう」


「ママ……」


 シモネッタが抱きしめると、クレッセンシアも彼女を強く抱きしめ返した。


「たべたいと、おもう。でも、たべちゃいけないとも、おもう。たべたら、わたしもみんなとおなじように、あたまがよくなれる。つよくなれる。でも、ふつうは、ひとは、ひとをたべない……」


 自分の行動に少しでも疑義を差し挟めるのならば、それをすべきでないとシモネッタは考えた。


「面白いな。そいつは人を喰うのか。いいじゃないか食べてみたまえ。私も見てみたいな」


 そう言って悪魔公爵アストリットはエルの顎に手をかけ、まるで粘土細工を千切る様に首をねじ切り、自分の顔の横にそれを並べてクレッセンシア達の方に向ける。


「ほら、こうすれば食べやすいだろう。食べるかい? お腹が空いているんだろう」


 冷たく怪しい笑み。


「なにやってやがる、すぐに下がれ! こっちに来い!!」


 後方からグラットニィの声がする。彼は少し下がったところでアストリットの出方を窺うつもりのようだ。


「伏せてッ!!」


 その時閃光のようにハッテンマイヤーの声が響いた。とっさにシモネッタはクレッセンシアを庇うようにしゃがみ、同時に自分の頭の少し上あたりに烈風を感じた。


「よく今のに気付いたな」


 アストリットの攻撃、腕の振りが空を切り裂いたのだ。なんということか。ほんのついさっきまで、まだ五メートルほど離れた位置にいた筈なのに、シモネッタから一歩の距離にまで近づいていた。そのことに彼女は全く気付いていなかったのである。


「なぜ気づいた。貴様、何か力を隠しているな」


「下がれってんだろ大女! こっちに来い!!」


 声をかけるもののグラットニィは未だ距離をとったまま。シモネッタはすぐに後退しなければならないが、体勢を崩したまますぐには動けない。第二撃が来る。


「まあいい。人を喰うところを見てはみたいが、まずはこの大女はいらないから消すとしよう」


 大きく腕を振り被る。シモネッタの着用している巨人鋼の鎧ならば耐えきれるか。先ほどのエルの惨状を見ればその可能性は低い。まだ体勢を立て直せていない。絶体絶命である。


 その時だ。


 薄暗がりの中で、何かが激しく舞い、何かが激しく煌めいた。


 続いて耳障りな金属音が響き渡る。


「チィッ!!」


 剣が、シモネッタの頭上を飛び越えてアストリットに切りつけたのだ。これは予想の外であったらしく、公爵は後ろに跳躍して距離をとる。


「スケロクさん!!」


「くっそ、こりゃ一体どうなってやがるシモネッタ!!」


 何処(いずこ)から現れたのか。スケロクがグラットニィ達をパスし、シモネッタの頭上を飛び越えてアストリットに切りかかったのだ。


「邪魔が入ったか。まあいい。逃がしはせんぞ。場所も()()()()


 そして、ここにスケロクが来たという事でシモネッタは一つの事実を確信した。おそらく先行してきたのはまだスケロクだけであるが、やはり先ほどエルが目撃したのはナチュラルズのメンバーなのだ。


「グラットニィさん! 後退して!! おそらく通路の向こうにヴェルニーさん達がいます!!」


 絶体絶命の状況。しかしヴェルニーがいれば、好転するかもしれないのだ。


「言ったろう、()()()()と」


 アストリットの声が怪しく響く。


 ズン、と大きな音がする。グラットニィ達のいるところのさらに奥の通路だ。


「天井か!?」


 グラットニィの言葉通り、激しい音と共に天井が崩れて瓦礫が振ってくる。何者かが上階の床を破壊して降りてこようとしているのだ。やがてひときわ大きな天井の塊が落下し、大きな音を響かせた。


「ようやく来たか。イェレミアスの手勢だな。まったく、奴は気分屋で困る。しかし、障害物程度になればよしとするか」


 アストリットがにやりと笑みをこぼす。全員が公爵の方を警戒しながらもそれとなく視線を崩れた瓦礫の方にやった。


 正直言ってこのアストリット公爵よりも厄介な相手がいるとは思えない。ならば通路を戻ればヴェルニー達と合流できる可能性がある。ならば、公爵の相手はスケロクに任せて新手を突破すべきか、グラットニィはそう考えた。


「ほう、グラットニィか。相変わらず不格好な筋肉を纏って、むさくるしい」


「よほど縁があるみてえだな。ダンジョンの中でも会うことになるとはな」


  四階層から降りてきたのは、なんと二人だったのだ。クロークを羽織ったエルフと、炎を纏ったトカゲのようなシルエット。


 ワンダーランドマジックショウの元リーダーであるエルフ、リナラゴスと、サラマンダーとしての特性を得た、ガルノッソ。刺客は二人であった。それも両者ともに遠隔の範囲攻撃を得意とする。攻め方を間違えれば一気に全滅も有り得る敵だ。


「スケロク! てめえ黒鴉(クロガラス)のスケロクだな! なんで裸なんだよ!! ヴェルニーはどこにいる!?」


「大分離れちまってるがヴェルニーはあの通路の向こうにいる。全裸でな!」


「何が起きてんだよッ!!」


 別に何も起きてない。通常通りだ。当然グラットニィは知らないだろうが。


 とにかく、この状況を抜け出さなければ話は進まない。進むか退くか。アストリットは未だ未知数の力を秘めていそうはあるが、それはガルノッソとリナラゴスとて同じ。リナラゴスがギルドを裏切ってデーモンに与したことは共有されているが、その能力は明かされていないのだ。


「お前らはそこを塞いでいるだけでいい。こいつらはこの私が始末する」


「うるせー、命令すんな!」


 ガルノッソはデーモンの傘下に入ったとはいえその反骨心は失っていないようではある。しかし彼の背後に突如として炎が現れ通路を塞ぐ。逃げ道はない。一度戦っているグラットニィは奴の厄介さをよく理解している。


 ならばアストリットを倒すかパスして通路を進む方がまだ目はありそうに思える。


 奴が手の内を全てみせたとは到底思えないものの、ここまで見せたのはエルを殺した直接攻撃のみである。突如としてシモネッタとの距離を縮めたのはどんな方法か分からないが。


 グラットニィは慎重に脳内でシミュレートする。


(俺自身は、多分、どうとでもなる。奴をパスできる。アーセルとネルも同じだ。問題があるとすれば()()()()。じじいは多少デキるとは思うがデカブツとアホ女、それに侍女は誰か()られるかもしれねぇな。それでも炎で蓋された通路を進むよりはよほどいい目だ。後ろの奴らは後から来たヴェルニーが始末してくれることを祈る方が良さそうだ。エルフの女もいるはずだからな)


 方針は決まった。


「こいつらは俺が牽制する。スケロク! なんとか隙を作って公爵をパスすんぞ! 一気に駆け抜ける!」


 公爵を背にしてガルノッソとリナラゴスを相手にするのはたとえヴェルニーと挟み撃ちが成立したとしても厳しいとの判断である。


「チッ、簡単に言ってくれるぜ」


 スケロクの額に冷や汗が浮かぶ。

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