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人喰い

「おめぇがさっきベルデを()った能力、あれぁガスパルと同じ能力だった。おめぇの能力は知力や技能を一時的に上げる能力じゃなくって、『他人からそれを奪う能力』なんじゃねえのか?」


 問答無用の肉体派だと思われていた剣士グラットニィであったが、意外にも高い洞察力を備えた人物であった。


 当然と言えば当然。ベネルトンの裏社会で生まれ、生き馬の目を抜く冒険者の世界でのし上がったのは決してヴェルニーの後光によるものなどではない。自分の見たものと、それから察せられる推測を交えてグラットニィはクレッセンシアに詰め寄る。


 一方クレッセンシアの方はというとグラットニィの顔と喋り方が怖いのでシモネッタの陰に隠れてガタガタと震えている状態である。


「あ、あの! そう怖い顔で詰め寄られてしまったら怯えてしまって会話などできません。もう少し落ち着いてください」


「は? 俺は怖い顔なんかしてるつもりはねぇんだけどな。まあいい。おいじじい!」


「げっ」


 クレッセンシアは怯えきってしまっていて話にならないというのは共通見解である。そもそも知能の低い彼女の話ではグラットニィは納得しないだろう。矛先を老爺の吟遊詩人ホルヘ・パルドに変えた。


「げ、じゃねえよ。じじい。てめえは仲間の能力を把握してんだろ? こいつはどうやって能力を発動すんだ? 言ってみろよ」


 グラットニィは床に刺していた剣を肩に担ぐ。


 ヘタな回答をすれば、おそらくは即座にその剣先が闇の中を舞い、あわれ老爺の首と体は泣き別れとなることだろう。


「それは……」


 グラットニィに応対しながらもホルヘはちらりとシモネッタに視線をやる。今は自分達とシモネッタ達の関係は良好である。しかしクレッセンシアの能力を開示した後でも果たしてそれは今まで通りとなるであろうか。「忌まわしい」と切り捨てられるのではないか。


 とはいえ、嘘が見抜かれれば今度は自分の首が切り捨てられるのはもはや自明の理。たとえリスクがあるとしても、正直に答えるしか選択肢はあるまい。ホルヘは観念した。


「そ、その通りじゃ。確かにクレッセンシアは他人の能力を奪う能力の持ち主じゃ。そして、素のクレッセンシアは見ての通り障害を抱えており、知能が低いが『能力』を使っている間は対象と同じだけの知能を手に入れられる……」


「能力を奪う方法は?」


 核心に触れる。しかし彼の対応からすると、どうやらグラットニィはそれについても大方予想が出来ており、「答え合わせ」をしているという感じに見える。もはや誤魔化しのきく状況にはあるまい。


「対象を……喰う」


 シモネッタが息をのむ音が聞こえた。


「相手の心臓を喰うと、能力を奪い、脳を喰うと、知力を奪うことが出来る。それがクレッセンシアの能力じゃ」


 食人により発動する特殊能力。受け入れがたい現実。シモネッタの表情にも珍しく嫌悪と恐怖の入り混じった色が乗っている。彼女が視線をクレッセンシアの方へとやると、気まずそうに目を逸らした。彼女自身、いくら知力が低かろうともこの『人喰い』が好まれざる行為であることは分かっているのだ。しかしグラットニィの反応は意外なものであった。


「さってと、奥へと行くとするか」


「ええっ!?」


 グラットニィの言葉に一同が疑問の声を上げる。


「なんだぁ? おめぇらもしかしてこのまま地上に戻るつもりか? だったら俺らはヴェルニー達と合流するために下に降りるからここでお別れだな」


 まさしく「この話はここでおしまい」と言わんばかりに話を打ち切ったのである。グラットニィはホルヘ・パルドの言葉を真実であると判断した。真実を話したゆえ不問とし、このまま下へと潜ろうというのだ。


「わ、私は……」


 シモネッタはハッテンマイヤーを見る。ハッテンマイヤーはこくりと頷いた。そうだ。クレッセンシアがどうだろうと関係ない。彼女の目的はただ一つ。


「私も下へ潜ります。同行させてください」


「ま、待ってくれ。ワシらも、ワシらも連れて行ってくれ」


 いまいちグラットニィの真意は測りかねてはいるものの、この第五階層からたった二人、しかも能力を失ったクレッセンシアを引き連れて地上へ帰還することなど不可能。許されるならば、ホルヘ・パルドもついていく意思表示をする。


「待ってよグラットニィ! こいつらはベルデとガーネットを殺して、ガスパルを喰ったのよ! そんな奴と一緒に行くっていうの?」


 これに異を唱えたのはウィッチのエルであった。しかし当然の事であろう。大切な仲間を奪われた上に、その肉を食ったなどという者を不問にするなどという割り切りはなかなかできない。ましてやその「元敵」に背中を預けるなどということがどうしてできようか。


「アーセルとルネも! こんな人食いの化け物と本当に一緒に行くつもり!?」


「んあ?」


 エルは助け舟を求めるべくフーシェ兄弟に矛先を向けるが。


「オレは別にアニキがいいってんならいいぜ」


「私も。グラットニィが文句ないなら別に構わないですわ」


 そもそも興味が無い、といった風情である。それともよほどグラットニィの事を信頼しているというのか、即答であった。少し予想外であったのか、エルはその返答に対して苦い表情を見せた。


「だって……ベルデは……ベルデが殺されて」


 感情が高ぶり、指先が震える。エルはまだ大分若い女性だ。ゲンネストの中でも古参メンバーのグラットニィ達のように割り切れてはいないのかもしれない。もしかすると、そのベルデと何か特別な仲にあったのかもしれない。それよりも何よりも「人を喰う」というクレッセンシアに対して忌諱感が強いのかもしれない。


「ふえ~、ふえぇぇぇッ」


 そんな時であった。不穏な空気を読み取ってか、それともただ腹でもすいたのか、ハッテンマイヤーの抱いていたメレニーが泣き出した。


 (二度目に)生まれてからほとんどの時間をダンジョンの中と冒険の旅で過ごしてきた赤ん坊だ。先ほどの戦闘でも大人しくしていたメレニーの泣き声で、空気が緩和した。


「シモネッタ様、うんちはしてないみたいなので、お腹がすいたのかも」


何とも形容しがたい異様な雰囲気が流れる。


 はっきりといえば、シモネッタ達以外はどいつもこいつも愛や平和といった言葉とは無縁といったような趣の風貌をしているし、実際その通りである。グラットニィに至っては自身の母の記憶すらない。


「調子狂うぜ。なんで赤ん坊がいんだよ」


 愛と平和の象徴ともいえるような存在「赤ん坊」をこれほどの至近距離で観察すること自体初めてであったのだ。

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