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公爵との邂逅

「イゴール、なんか面白い事して」


 ダンジョンの中の一室で、落ち着いた、少し低めの女性の声が発せられる。ダンジョン内の壁はヒカリゴケを含む多くの植物がその生を花開かせており、その細かい凹凸が吸音するため、あまり音が響かないが、その中においてもはっきりとわかるほどイゴールは大きなため息でもって返事とした。


「お嬢様、イゴールめは道化師の類ではなく執事にありますぞ」


 ガルダリキの魔人(デーモン)の爵位は基本的に家に与えられるものではなく一代限りのものであり、それは全てデーモンとしての強さのみに依存し、支配している領地の大きさや家格には依存しない。それにもかかわらずヴァルメイヨールは二代続いての伯爵であり、執事のイゴールは親子二代にわたって彼女らに仕えてきた家臣である。当然ヴァルメイヨールの事も生まれた時から知っており、夫を亡くした彼女にとっては唯一気のおけない親しい中でもある。


 そのためイゴールも人前では彼女のことを「伯爵閣下」と呼ぶが、二人きりの時には昔のように「お嬢様」と呼び、ヴァルメイヨールの方も彼に対してだけは遠慮のない少女のようにふるまう。


 一時期はふさぎ込んでしまい、誰に対しても心を開かなかった彼女がここまで砕けた顔を見せるのは良いことなのだろうが、人目が無いとはいえこれではあまりにも威厳が無さ過ぎる。


「ルカさん達は一旦上階に戻ると言っていたわね。私も暇だしこちら側の地上まで行けないか試してみようかしら?」


 自由を重んじるガルダリキのデーモンにしてはこの程度の我儘はかわいいものである。しかし振り回される従僕としては、ここは諫言せねばなるまいとイゴールが顔を上げた時であった。


 カンテラの炎が、揺れた。


 ガラスに守られて風に吹かれるはずのない炎が、揺れたのだ。


何奴(なにやつ)ッ!!」


 魔力は電磁波の一種としてふるまう。それゆえ強い魔力がプラズマ体である炎に干渉することがある。それを知っていたイゴールはすぐさま持っていた杖で()()()()()()に向かって斬りかかった。


「ぐッ!?」


 だが、次の瞬間異様なことが起こった。確かに虚空に向かって杖で殴り掛かったイゴールであったが、その杖の先は自らの喉元にぴたりと当てられていた。気づけば、自分で自分に攻撃を加えようとしていたのだ。


「随分と、元気のいい従者を連れているな」


 そしてイゴールの数歩先には、先ほどまでは確かに存在しなかったはずの人影がある。二メートル越えの大柄な体を外套で包み、顔はマスクにて隠している人物。悪魔公爵アストリットである。


「気配を消して近づくような無礼を働くのだから、攻撃されても仕方ないでしょう」


「フン、だからこそ私も殺さないでおいてやったのだ。それとも二人ともまとめて始末してやろうか?」


 凍りつきそうなほどに緊張した空気が両者を包み込む。イゴールは冷や汗をかきながらゆっくりと杖を下ろして後退する。ガルダリキには魔人の間の「掟」はあっても「法律」はない。殺しに対する忌諱感などはなから欠片もないのだ。


「ちょうどよかったわ。あなたに言いたいことがあったの」


「伯爵如きが私に意見か」


 緊張の糸を乱暴に引きちぎったのはヴァルメイヨール伯爵であった。デーモンの爵位は強さに準じて付けられる。公爵の二つ下である伯爵との間には策略や相性では埋めがたい実力差があるものの、彼女は一歩も引く気はないようである。


「あなたが子飼いのデーモンを連れてやっているヴァルモウエへの侵攻、あれやめてくださらないかしら。目障りなのよ」


 扇子で口元を押さえながら、相変わらず落ち着いた口調での言葉ではあるものの、理由すら付けない一方的な物言い。交渉の余地などないことを示している。


「魔王様もきっと望んではおられないわ」


「陛下がか」


 一言言い、アストリットは嗤いだす。


「ハッハッハ、ハハハ……そうだな。陛下がそう言っているのならば考えんでもないが、なんだ? 陛下がそうおっしゃったのか?」


 伯爵は答えるすべを持たない。魔王バルトロメウスがまともな受け答えのできる状態でないことは周知の事実。


「偉そうな口をきくなよ、伯爵の分際で。それにこれは、ヴァルモウエに並々ならぬ執着を持っているらしい陛下のためを思っての行動なのだ。ヴァルモウエを手に入れて世界を一つにする。それこそが陛下の望みなのだ」


 言葉が終わるか終わらぬかの内に、ヴァルメイヨール伯爵の右手が奔る。関節を全く無視し、鞭のようにしなって、そして距離的に届くはずのない位置にいた公爵の頭部を恐るべき速度で襲う。


「!?」


 しかし、先ほど何もなかった空間から突如として現れたのと同じように、何もない空間にかき消えてしまった。


「くッ!!」


 それと同時に、背後から何か鋭いものが伯爵のわき腹に突き刺さる。


 驚愕とともに振り返ると、彼女を背後からついたのはイゴールの杖であった。


「……お、お嬢様!?」


「なるほど」


 何かに得心(とくしん)いったヴァルメイヨールはイゴールの纏っているぼろきれの襟を掴んで彼女らのいる玄室の出入り口まで彼を放り投げた。イゴールは転がるように着地してそのまま部屋から逃げ出す。


「侍従など逃がして意味があるか? 間抜けめ。その代わりに貴様はここで死ぬことになるのだ」


 これまたいつの間にか出現していたアストリット公爵が伯爵に対して死の宣告をする。出入り口と伯爵の間に遮るように立っているのだ。逃がすつもりはないのだろう。


「それにしても薄情な下僕だ。裏切ったうえに、主人を置いて逃げてしまうのだからな」


 その言葉を聞いて伯爵は笑った。


「ふ……ふふ、間抜けはあなたの方よ。私はいつでも逃げられる。だからイゴールを先に逃がしたの。それよりも、あなた、今の一連のやり取りで能力がバレてしまったわよ?」


「黙れ!!」


 轟音を立ててアストリットの腕が振り下ろされ、伯爵の頭蓋骨をたたき割る。その衝撃で後ろの壁までもが粉々に砕け散ったが、予想外のことが起きた。


「あ~あ、間抜けね。本当に間抜け。そんな攻撃で私を倒せると思ったのかしら」


 均整の取れた美しい顔立ちのヴァルメイヨール伯爵であるが、アストリットに殴られた部分が大きく凹み、逆にその横は風船のように膨らんでいる。


「悪いけど」


 どこからか伸びてきた吸盤付きの触手がアストリットの腕に絡みつき、ぐぐっと持ち上げる。たちまち歪んだ伯爵の顔はつるんと元の形に戻る。


 触手は、見てみればヴァルメイヨール伯爵のスカートの下から延びている。どうやら彼女の体の一部のようである。


「私はここでおさらばさせてもらうわ。交渉は決裂というところね」


 そう言い残すとヴァルメイヨール伯爵は彼女の後ろに出来ていた床と壁のほんの少しの隙間に変形しながら吸い込まれるように消えていった。

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