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シグヴァルド伯爵

「ヴァルモウエからのお客人か」


 通路の奥から異形が現れた。


「チッ、魔人(デーモン)の方と先に接触してしまったか」


 からくり仕掛けの自動人形のような外見。長いマントを羽織ってはいるが、覆われていない顔と腕は硬質なケイ素構成物の様な表皮で覆われている。パッと見ではユルゲンツラウト子爵の外見に近い。顔は、まるでマスクのように無表情である。


「イェレミアスは何をしているのだ。やはり男爵程度では役に立たんか。まだ我々では地表まで出られんというのに……」


 何やら独り言をぶつぶつと言っている。しかし当然こちらに気付いていないという事ではない。攻撃を仕掛けるのなら今しかないだろう。


「ポール、行け。攻撃を仕掛けて様子を見ろ」


 なぜ俺が、という言葉が口を突いて出そうになったが飲み込む。彼も分かってはいるのだ。もはや事ここに至っては対等な立場ではない。ゲンネストに戻れない以上、ポールはゲー・ガム・グーにおもねって生きるしかないのだ。


 そして、新入りの彼は危険を冒して信頼を築いていかないといけないという面もある。「なぜ自分ばかりがこんな目に」と後悔したい気持ちもあるが、スラム街に生まれ、冒険者として生きてきた人間はどこも似たようなものだ。諦めてポールは剣を構え、慎重に前に出る。


「ニンゲン、イェレミアスを見なかったか?」


 デーモンは全く警戒することなく話しかけてくる。もしかしたら、敵対的ではないのかも……そんな考えが一瞬だけ頭をよぎったが「攻撃を仕掛けろ」と言われたのだ。他の選択肢などない。


 ふっと息を吐き、一瞬の脱力から神速の抜き放ちを叩き込む。ショートソードの切っ先十センチほどがデーモンの顔面に襲い掛かる。完璧な居合い抜きである。


 しかしまるで石像でも切りつけたかのように硬質な音をさせて剣は弾かれた。どうにも妙な感覚。見た通り石の仮面の様な材質であったとしても、ポールの剣技ならばそれを叩き割るくらいの力は伝わったはず。


「背は君よりも十センチほど小さいくらいの小柄な奴だが、見なかったか?」


 まるで今の斬撃が何もなかったかのように何気なく話を続けたのだ。


「クソッ!!」


 ポールは怒りに取りつかれ、しかし冷静に再度攻撃をする。左腕のバックラーで相手を押し、半歩よろめいて下がったところに右の関節蹴りを膝に、体重を乗せて叩き込む。そこからさらにコンビネーションでショートソードの斬撃。


 しかしやはり結果は同じ。尋常であれば二発目の関節蹴りで膝を開放骨折し、ショートソードで確実に首を落とされるところ、二歩ほどノックバックしただけである。実際後ろで見ていたミゲルアンヘルもその技量の高さに驚いたほどであったが、全く効いていないのだ。


「どうかしたか? 何をそんなに怒っているのだ? 私は君とは初対面のはずだと思うんだが」


「舐めるなッ!!」


 実力勝負の冒険者の世界で最も恐れるべきこととは「メンツを潰される」事である。これが自分に訪れた「危機」であると判断したポールはショートソードでデーモンを滅多打ちにする。


「何故そんなに怒っている。私が自己紹介をしていないからか? これは失礼だった。私の名はシグヴァルド……」


 もはやポールをおちょくっているのだろうという事は明らか。攻撃の波の中でも全く意に介さず自己紹介を続けるポールが仕掛けたのは投げ技であった。如何に体の頑丈な生き物であろうと投げ技は有効。特に体重の重くてかたい敵に程効果を発揮する。


 ポールはショートソードを逆手に持った腕でシグヴァルドの腕を極めながら後ろ手に拘束して首の前方に刃を位置させ、大外刈りを仕掛けながら前方に転倒させる。これならばシグヴァルドの全体重の刃の上に乗せられて、首が切断されるはずである。


「……ちなみに爵位は、伯爵だ」


 転倒したシグヴァルドの首は切り傷一つついていなかった。それどころかそのまま首をぐるりと回転させ、ポールの方を向き、大きく口を開ける。腹話術の人形の様なその口の中からは砲身のような射出口が露出していた。


 いや、射出口のようなもの、ではない。射出口だったのだ。砲身の先の虚ろな穴から強力な熱線が発せられ、ポールの右肩から先を吹き飛ばしたのである。


「ああっ……ぐッ!!」


 通常であれば致命傷。傷口が焼かれたために出血はさほどでもないが、しかしそれでも死に至る傷であろう。ポールはよろけて後ずさり、後ろに居たクレッセンシアに支えられた。


「化け物め!!」


 ポールの身体を盾にして、クレッセンシアは水の鞭を使う。彼が取り落とした剣を絡め捕り、鞭のリーチを得たショートソードは人間の力では到底出せない速度で泳ぎ、舞う。さながら霹靂(へきれき)の如き一撃であったが、しかし弾かれた。


「これでも効かないっていうの!?」


 ショートソードの剣先が割れ、破片が舞う。一方シグヴァルドの腕には傷一つついていない。あれほどの攻撃であればたとえ巨岩であろうとも粉砕できるはず、という感覚はあった。


「クソッ、どういうからくりだ!」


 異常な強度である。何かからくりがなければこれほどの強度はあり得ない。そう感じたクレッセンシアは折れた剣を走らせ、彼の身体を覆っているマントを切り刻む。


「!! ……これは!?」


 その攻撃の最中に違和感を受けたクレッセンシアは、シグヴァルドの腹を横薙ぎに攻撃した。するとショートソードは全く抵抗なく木の葉を切るが如く彼の身体を真っ二つに切断した。


「ひどいな……せっかくの一張羅がボロボロじゃないか」


 余裕を感じさせる言葉を吐きながら、シグヴァルドはボロボロになった自らのマントをはぎ取っていく。敵の秘密を暴くためにマントを切り刻んだクレッセンシアであったが、そもそもシグヴァルドはそれを隠す気などなかったのである。


 顔や腕のみでなくマントの下の彼の身体もやはり硬質な外骨格で覆われていた。しかしそれ以上に異様な点があった。


 腹の部分、へその少し上に当たる位置に球が浮いており、下半身も上半身もそれに直接接することなく浮いていたのである。さきほどクレッセンシアが両断した部分には、そもそも体がなかったのだ。


「とにかく、一旦引いて体勢を立て直します!」


 ディエゴ神父が間に入って大きく両手を広げて構える。指先からの歯舌射を打ち込む。しかしそれも体表で弾かれてしまうため毒も注入できず、本当にただ足止めをするだけである。


「ふふっ、くすぐったいですね」


「くそ、斬撃も、歯舌射も、効かないのか」


 攻撃のさなか、クレッセンシアが奇妙なことに気付いた。攻撃を受けるほどに、腹部にある球体が回転を増していくのだ。


「攻撃を……吸収している?」

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