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第四階層にて

「野郎ッ!!」


 グラットニィの反応は神速ともいうべきものであった。


 寝ている間にクレッセンシアの水の鞭によって首を落とされたベルデ。その首が床に落ちるとともに目を覚ましたグラットニィは即座に起き上がって両手剣を正眼に構えた。状況を問わず防御に優れた構えである。まずは危機に備え、それから状況を把握する。


(あんな離れた位置から、どうやって、ルネの結界にも気づかれずに?)


 しかしさすがに起きて数秒の脳では全てを理解することはできない。


 転がっているベルデの首の近くにはショートソードが落ちている。しかしこの剣で首を切り落としたというのか。敵のいる場所からグラットニィの位置まではずっとルネの糸の結界が蜘蛛の巣のようにはりめぐらされており、少なくとも直線的に剣を投げて攻撃できるような位置にはない。


「ひっ……」


 そんな時であった。ふわりとショートソードが宙に舞い、僧侶のガーネットの胸元に突き刺さったのだ。


 いや、浮いたのではない。暗くてわからなかったが剣の柄に何かが絡みついている。


 過去の経験、知識からグラットニィにはそれが()であるとすぐに分かった。


「こいつぁ!! ガスパルのッ!!」


 剣はガーネットの胸からずるりと抜け、ウィッチのエルを狙うが、グラットニィがそれを即座に叩き落とす。それと同時に敵とグラットニィ達を隔てていた空間が真っ白な壁となり、()はその壁に染み入って消えた。


「糸の密度を増して壁にしたのだわ! すぐに退避を!!」


 反撃が可能であろうがなかろうが、奇襲を受けたら一旦下がる。これは戦闘の基本である。


「くそっ、よりによってガーネットが……」


 敵の攻撃を受けて死んでしまったのは戦士のベルデと僧侶のガーネット。ベルデはともかくとしてガーネットはこのメンバーの中で唯一の回復手段の使い手であった。


「ダンジョンの奥に逃げやしょう!」


 グラットニィ達の休んでいたのは第三階層の中でも一番奥の区画であった。上から降りてきた敵を迎え撃つにはやはり奥に逃げるしかないし、奥の階層へ行くという事は第三者、つまりは魔人(デーモン)の存在も無視できない。それが吉と出るか凶と出るかは運次第であるが、奇襲を受けた時点でグラットニィ達は不利なのだ。悪い賭けではない。


 それよりなにより奥へと行けばヴェルニー達と合流できる可能性がある。これができればグラットニィ達は圧倒的に有利になる。すぐに彼らは三階層最奥部の階段から第四階層へと降りる。


 このダンジョンは第四階層までは割と分岐の多い巨大迷路のような作りとなっているが、その先は割と規模が小さく、分岐も少ない。


 要は彼らの今いる四階層までは人を探すには本格的な探索をしなければならないが、そこから下ならば、ほぼまっすぐ進んでいけば目当ての人物に出会えるという事である。


「とりあえずは『糸』を撒きながら進んで、ヴェルニー達を探すぞ。奴らよりも先にだ」


 ヴェルニー達はダンジョンの外で何が起きていたのかも、当然ゲー・ガム・グーのことも知らない。できればこの二者を接触させるのは避けたい。何が起こるか分からないからだ。


「まずはゲー・ガム・グーの警戒を優先するのだわ……でも」


 ルネはちらりとウィッチのエルを見る。彼女と一緒についてきたゲンネストの一般冒険者二人、ガーネットとベルデは一瞬で殺られてしまった。


「私の『結界』をキャンセルする能力者がいるみたいなのだわ」


「それだけじゃねえな」


 地図を広げて歩きながらグラットニィが呟く。


「さっきのベルデ達を殺した技……ありゃガスパルの技じゃねえか? たまたま同じ能力の持ち主なのか?」


 ガスパルの得意な魔法は水を操る魔法。その中でも特に得意手なのはゲル状のスライムの様な液体を自由自在に操る技術である。たとえば、師匠が同じ……などの理由があれば得意手が被ることはあり得ないことではない。


「まさか……相手の能力を奪う能力者、ってことですか?」


 ウィッチのエルが尋ねるとグラットニィはこくりと頷く。


 しかし重要なのはそこではない。


 重要なのは、ガスパルの能力を奪ったかもしれないクレッセンシアだけでなく、ほとんどの敵の能力が判明していないという事なのだ。


「いずれにしろ、今戦うのは得策じゃねえ。とにかく、奥へ急ぐぞ」


 後方を警戒しつつ、グラットニィ達はダンジョンの奥、第五階層を目指して進むこととした。一方ゲー・ガム・グーの面々も大分遅れて第四階層へと降りてくる。


「大分手間取ってしまったな……」


 ルネ・フーシェが切り離して()としていた糸を破壊するのに手間取ってしまったのである。


「あの糸は無限に出せるのか?」


「一度にたくさんは出せないけれど、限界になったという話は聞いたことがないわ」


 ミゲルアンヘルの問いかけにクレッセンシアは淀みなく答える。その様子を見て元ゲンネストの若き剣士ポールは顔を青ざめている。


「いつまでもそんな顔をしているな。どちらにしろ向こうにお前が()()()()にいることは見られているんだ。腹を決めて俺達の仲間になるしかないぞ」


「わ……分かってる」


 どうやら本格的にグラットニィを裏切ることになってしまった自分の運命がまだ受け入れられないようである。


 ミゲルアンヘルとポールのやり取りを見ていたカマキリ男のディエゴ神父が、二人が距離をとるのを待ってミゲルアンヘルに話しかけた。


「あの男、本当にゲー・ガム・グーに入れるつもりか?」


「まさか。ただの近接戦闘要員なら不死隊で間に合っている。それよりはガスパルの方だな。あんな有用な能力の持ち主だと知っていれば、あいつの方じゃなくポールの方を食わせて、ガスパルは味方に引き入れるべきだった。私の判断ミスだ」


 ミゲルアンヘルはちらりとポールを見てため息をついてから、彼に話しかける。


「ポール、奴らの能力の詳細を教えてくれるか」


「は、はい……」


 ようやく彼も観念したのだろう。しかしそれよりはゲー・ガム・グーの底知れぬ実力に恐怖しているように見える。


「さっきも見ての通り、ルネ・フーシェの能力は『糸』だ。結界だけじゃなく、武器としても使える。強度もさっき見たとおりだ。兄のアーセルの能力は分からないが、何らかの隠密(ステルス)能力らしい」


「グラットニィはどうだ? あいつはリーダーのヴェルニーと同格なんだろう? 奴の能力はなんだ?」


「グラットニィさんには、能力なんてない。あの膂力と、技術だけが全てだ」


「クレッセンシア、こいつの言っていることに間違いはないか?」


 通路の奥の一点を見つめてじっとしていたクレッセンシアに声をかけると彼女は無言でこくりと頷いた。


「ふん、まあいいだろう。とりあえずは合格だ」


「そんな事よりミゲル」


 相変わらずクレッセンシアは通路の奥を見続けている。


「何者かが、近づいてくるわ」


 これまでに感じたことのないプレッシャーを、感じていた。

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