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冒険者イェレミアス

「クレッセンシア、()()を二、三選べ。なるべく実力があって反抗的な態度の奴がいい」


「うぅ……」


 クレッセンシアは伸び放題になっている前髪の奥に隠れた(まなこ)で冒険者を二人ほど選び、指し示す。彼女の選んだのはいずれも元ゲンネスト、つまりはグラットニィの部下であった人間だ。もちろんそれを知っていて選んだわけではない。


 ミゲルアンヘルは(サン)アルバン王子に挨拶をし、冒険者のうち二人を戦力として連れていくことを告げた。代わりに不死隊のゴーレムを置いていくため、護衛として使ってほしい、但し一体だけは荷物持ちとして連れていくと。


 ミゲルアンヘルの精神的支配下に置かれているサン・アルバン王子は唯々諾々とその言葉に従う。


 何の問題もない。


 後はダンジョンの中での立ち振る舞いに全てがかかっている。


「いいな、第一の目的はダンジョンの中にいるであろうグラットニィ達ゲンネストの主要メンバーの始末」


 ゲー・ガム・グーの四人を集めてミゲルアンヘルが確認をする。彼の言葉を聞いたメンバーたちはちらりと王子から借り受けた二人、元ゲンネストのメンバーを見る。


 なぜ元ゲンネストのメンバーを、それもどちらかというとゲー・ガム・グーをよく思っていない人物を選りすぐったのかは聞かない。全員が()()の役割をよく理解しているからだ。


「そしてもう一つはこのダンジョンに眠るという冥府の入り口を見つけ出すことだ。何か利権になりそうなものがあれば、全て我らが抑える」


 彼らがサン・アルバン王子の要請に二つ返事で応じた一番大きな理由はこれだ。伝説の中のみに存在していた冥府への入り口。何が眠っているのかは分からないが、これまではトラカント王国の縄張りということで調査することすら叶わなかった。


 死者の言葉を聞ける、というだけで大金を出す愚か者は大勢いる。どれだけの()を生むかは未知数だ。


「……うまくいけば、『永遠の命』すら手に入るかもしれん。気を抜くなよ」


「あ、あの……」


 おずおずと言葉を挟んだクレッセンシアにミゲルアンヘルは視線をやる。この知的障碍者の女の言葉など彼は聞く気はなかったのだが、視線を送ったことを「了承」と受け取ってクレッセンシアは話し出した。


「で、デーモンの。デーモンのボスをたおすためにきたんじゃ」

「お前は私の言った通りに行動しろ。それだけだ。自分で何か判断するな」


 ミゲルアンヘルは即座に話を打ち切り、彼女の質問には答えずにすぐに元ゲンネストのメンバー二人に声をかけた。


「待たせたな。ダンジョン内にはグラットニィ達がいる可能性がある。彼らを救助に向かう。準備はいいな?」


 一人はまだ若い男の剣士、もう一人はローブを着てはいるものの、身体能力にかなり自信のありそうな、バンダナを巻いた壮年の男の魔導士(ウィザード)である。


 二人はミゲルアンヘルに対しては不信感を抱いているような不満そうな表情をずっとしていたが、グラットニィの救助と聞いて表情を少し緩め、素直に恭順の意を示した。


 行動は淀みなく行われ、当然のようにダンジョンに潜っていく。嘘をつくことにも、人を陥れることにも慣れきっている。それゆえに疑いの目を向けられることも少ない。


「はぁ……」


 一方サン・アルバン王子は大きくため息をついてから付近にあった岩に腰かけ、山の稜線からいつもと変わらないその顔を覗かせる太陽を見上げてから、両手を合わせて祈った。


 これほどの苦難に立ち向かうのは彼の人生では初の事である。意識を失っているうちに自分の指揮する冒険者達から死者も出た。さんざんな一日であったが、まだ何も終わっていない。


祈りを終えて目を開くと眩しい光が眼を焼く。現実が始まる。日の出の時、彼は毎日、神聖な気持ちになる。


 頭の中で今日すべきことを整理する。


 そうだ。まずは指揮官を決めなければならない。この部隊の総責任者は当然自分であるが、現場の指揮はやはり冒険者に任せた方がいいだろうと考えた。


「待てよ……よくよく考えたら、ここ、すごく危険じゃないか?」


 冷静になってみればここは敵地のど真ん中、しかもこの一ヶ月ほど敵が死守していたダンジョンの入り口なのだ。これまで確認することすらできなかった土地。敵の大ボス、グレーターデーモンはむしろダンジョンの中よりも本来この場所にいる可能性が高いのではないか?


 そう考えると一気に血の気が引いてきた。ミゲルアンヘル達を待っている暇などあろうか。すぐにでも町まで退却しなければいけないような気がしてきた。


「お疲れ様です、王子」


 急に声をかけられてサン・アルバンはびくりと飛び上がりそうになるほどに驚いた。


「だっ、誰……?」


 自分のすぐ隣に腰かけたのはプラチナブロンドの長い髪が美しい、少年とも少女ともつかない外見の冒険者であった。いや、羽織ったマントと、その下の鎖帷子にショートソードからそう判断しただけで、こんな美しい外見の者が軍団にいたのか、いまいち記憶が無い。


「『誰』はひどいなあ。イェレミアスです。ずっと王子のおそばにいましたよ」


 そう言われてみればそんなような気もしてくる。実際マントにはフードがついており、深く被ったりしていれば気づかなかいこともあるかもしれない。


「す、すまない。ずっと気が張っていて、周りが見えていなかったようだ」


 冷静になってみれば、ゲンネストの主要メンバー以外はほとんど顔が記憶にないことに気づく。先ほどデーモンの襲撃で命を落としたメンバーというのも、名前と顔が一致しなかった。自分はどれだけダメな指揮官なのだ、と内心落ち込んだ。


「ダメなんかじゃありませんよ」


 まるで心の中を読んだかのようにイェレミアスが手を握りながらそう言った。澄んだ夏の朝の風に冷え切っていた王子の手に、血流が戻ってくる。


「大丈夫、僕達冒険者に任せてください。あなたが、一人で抱え込むことはないんです」


 冷えた手を暖められ、かけて欲しい言葉をかけられ、王子は涙がこぼれそうになった。冒険者との間にうすうす壁を感じていたが、自分の心は通じていたのだ、と思った。


「みんな、あなたに感謝しています。あなたの『命を大切にする』という指針に、どれだけの仲間が救われたことか。誰だって命は大切です。そこに貴族も、冒険者も関係ない。そのことをただ一人、この世界でただ一人教えてくれたのが、あなたなんですから」


「あり……がとう」


 手を握られたまま、とうとう王子は涙をこぼしてしまった。それを知られたくなくて、それ以上にもっと彼のぬくもりに触れたくて、イェレミアスの肩に頭を乗せる。


(サン)アルバン王子……」


「……なに?」


 王子は顔を上げてイェレミアスに目を合わせる。今だ涙の引かない目は朝日をキラキラと写し取っており、手を取り合う二人の美少年はまるで絵画のように神々しかった。


「力が欲しいですか? みなを守れる、強い力が」


「当たり前だ。僕に力があれば、もっと多くの人を救えるのに。口先だけじゃない、この世界に本当の自由と平等をもたらすことが出来るのに」


 イェレミアスはにこりと微笑んだ。


 彼が信念としている自由、平等、博愛。この言葉を唱えると誰もが鼻で笑った。貧民に炊き出しをしている教会の人間ですら、表面上同調しているだけで、本気で王子がそれをかなえようとしているとは誰も信じなかった。少なくとも彼にはそう感じられた。


 だが今目の前にいるイェレミアスだけは違った。


「王子、あなたは私が今までにあった人の中で最も心が美しく、強い信念を持った人です。その信念のためなら他の全てを捨てられますか?」


「当たり前だ。『愛』がなくては、他の全てに存在する価値が無くなる」


「たとえ人間の体を捨てても?」


「『愛』を失って人でいるよりは、『愛』を得て化け物になる方がいく倍もマシだ」


「ふふ、やはりあなたは素晴らしい人だ」

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