ダンジョン突入
「いいかおめえら。俺達にできねえことはねえ」
グラットニィ達はダンジョンの入り口で円陣を組む。本来ならば異変に気付いたデーモン達が集まってくる前にさっさとダンジョンの中へと入って身を隠したいところであるが、しっかりと節目を作るし、せこせこと焦るようなところは余人に見せない。それがグラットニィのやり方である。
「いくぞ、俺達は!」
グラットニィが大声を出すとそれにメンバーが続く。
「最強だッッ!!」
掛け声をかけると一同は円陣を解き、ダンジョンの中へと入っていく。男も女も誰もが目を見開き、恐れるものなどないという表情、自信に満ち溢れた態度で歩みを進める。
それからおよそ一時間ほど経ってからであった。北の空が白み始め、そろそろ一番鶏が泣こうかという頃にダンジョンの入り口にミゲルアンヘル率いる冒険者の一団が現れたのは。
「手間取ったな」
「ベネルトンの半端者どもが足を引っ張らなければ、もう少し早く来られましたがね」
ミゲルアンヘルとディエゴ神父は周りに聞こえないように毒づく。
正直に言えば「足を引っ張る」というほどベネルトンの冒険者のレベルは低くない。それはもちろんゲー・ガム・グーと比べればその限りではないが、少なくとも実戦慣れした腕利きの冒険者である。
だが彼らと、ミゲルアンヘルの率いるゴーレム『不死隊』だけであれば、もっと早くダンジョン入り口に到達できたのは確かだ。
ここに来るまで、ガルノッソの様な強敵はいなかったものの、デーモンの襲撃によって何人か死傷者が発生している。
「このままではベネルトンを傘下に収めたところで大した手駒は手に入らんかもしれませんね」
「いずれにしろ」
ミゲルアンヘルはダンジョンの入り口に転がっていたデーモンの死体に片足を乗せる。ここに来た時にはすでにあった死体だ。とすればこれを死体にしたのは彼らが追っている者であろう。
「思った通り奴らもこの中にいる。始末するのには好都合だ」
「こいつらはどうします? ミゲル。戦力になりますか?」
ディエゴ神父は疲労の色を強く見せている冒険者達を指差した。
「王子の護衛という名目で置いていく。ここからは少数精鋭だ。数合わせの雑魚がいても足を引っ張るだけだ」
ミゲルアンヘルの言葉にディエゴ神父が、そして老バイオリン弾きのホルヘ・パルドが同意を示した。この場において人食いクレッセンシアは意見を言える立場にはない。縋るようにミゲルアンヘルのマントにしがみついているだけである。
「いささか頭数が足りなすぎますがね。グラッパめ、招集にも応じず、どこにいるのか」
「ミゲルアンヘル!」
四人が相談を続けていると冒険者たちの人ごみからまだ少年と言っても差し支えのないような貴人が飛び出してくる。聖アルバン王子である。
「どういうことだミゲルアンヘル。僕が気絶しているうちに何故ダンジョンにまで進軍しているんだ!? 僕はそんな指示は出していないぞ!」
急に駆け寄ってきたサン・アルバンに驚いたクレッセンシアがミゲルアンヘルの陰に隠れて、小さい声で威嚇するように「うう」と唸る。
ミゲルアンヘルは「静かに」と彼女に声をかけて頭を撫でてから王子に相対した。
「失礼。王子はデーモンの襲撃によって気を失っていましたので、私の判断でここまで進軍しましたが、何か問題でも?」
「問題? 問題だって? 当然あるよ! 無理な行軍で死者まで出ているっていうじゃないか。一人だって被害者を出したくなかったのに。いいかい、犠牲にしていい命なんてないんだ。だからこれまでも無理な進軍を避けてきたのに……」
二人のやり取りを見ながらディエゴ神父は大きくため息をついた。
正直ここに来るまでガルノッソ以外には大した敵もおらず、会ったことが無いとはいえ音に聞くゲンネストがこれほどまでに苦戦しているのは如何なることかと訝しんでいたのだが、謎が解けた。この男の指揮が悪かったのだ。
攻めることを禁止して防戦一方に徹しろなどという指示を出せばどれほどの精鋭であろうといずれは疲弊して落ちる。
ディエゴ神父はサン・アルバンの人となりを知ってはいたが、まさかその博愛精神を戦場にまで持っていくような阿呆だとは思っていなかったのだ。
ましてや根無し草の冒険者。
王国側も正規の兵を消耗したくないから冒険者に事にあたらせたというのに、その使い捨ての兵を消耗することを恐れてなんとするか。
「落ち着いてください、サン・アルバン」
しかしミゲルアンヘルは呆れた態度をおくびにも出さず、務めて冷静にふるまう。
「兵が疲れています。連日の作戦で疲労がたまっているのでは? いつかはダンジョンに攻めねばならなかったのなら、万全の状態の我らがいる今日が最適でしょう。王子は、この戦いの終着が見えていますか?」
サン・アルバン王子は小さくうめき声を上げて目を逸らした。
「私に任せてください」
相変わらず人の心に取り入るのが上手い、とディエゴは感心する。
冒険者たちの命を自分が背負うと、全ての責任を負うと言っているのだ。
しかし当然責任など負わない。
自由業の冒険者が何人死のうが知ったことではないし、道義的にも法的にも彼が責任を負う未来など決してない。しかしそう言うことでサン・アルバン王子の背負った荷を半分ほどは負ってくれたような気分にはなる。
「サン・アルバンはここで待機を。そうだ、私の不死隊もつけましょう。ダンジョンの中へ入るのはこのゲー・ガム・グーに任せてください」
「ま、待ってくれ。そもそも野営の準備を持ってきていない。こんな長丁場になるとは思っていなかったから……」
思わず出そうになった舌打ちを飲み込む。
「安心を。この程度のダンジョン、そう時間はかかりません」
そんなはずはない。既知の部分だけでも最低一週間はかかる長大なダンジョンな上に現時点の彼らにとっては未踏の部分も多いのだ。どんなに急いでも攻略に十日はかかるダンジョンである。
「もし我らの戻ってくるのが遅ければ、サン・アルバンは冒険者を引き連れて町にお帰り下さい。ご心配なく。必ずやデーモンどもの首魁を討ち取ってきましょう」
とにかくダンジョンの入り口までは案内させることが出来たのだ。後は中に入ってゲンネストの連中を始末してしまえば言い訳は何とでもなる。それがミゲルアンヘルの考えである。デーモンなど物の数に入れてはいない。
「君達を死地に送り込むのは本意ではないが……すまない。トラカント王国の問題に」
「お気遣いなく。人とデーモンの問題は、ヴァルモウエに生きる我ら全ての民の問題です」
心にもないことを並べ立てるが、王子はその全てを言葉の通りに受け止めた。




