反転攻勢
「簡単に状況をまとめるぜ」
大股で歩きながら先頭を歩くグラットニィが口を開く。
「アーセルのアホが立ち回りを間違えたせいで俺は反逆者ってことにされたかもしれねえ」
アーセル・フーシェが体を小さく縮ませながら小声でぶつぶつという。「だって、アニキが王子を殴ったりするから」などと言っているが、グラットニィは当然反論を受け付けたりはしない。
「だがいいこともあった。はっきりとゲー・ガム・グーの奴らが敵とわかった。どうやら奴らは最初ッからベネルトンのギルドを自分らの影響下に置くのが目的だったみてぇだな。早いうちに目的が分かれば最速で手を打てる」
「そっ、それが何で『ダンジョンに行く』に繋がるんですかい?」
多少フォローをされて少し罪の意識の軽くなったアーセルが尋ねる。ヴェルニーのいない今、彼がこのゲンネストの現状ナンバー2である。グラットニィは足を止めずに歩きながら答える。
「いいか、奴らは今、王子と冒険者達を抱え込んで自分達の派閥に取り込む工作をしてるだろう。『ワンダーランドマジックショウ』は空中分解、『黒鴉』はこういう時に指揮を執るタイプじゃねえ。となると、王子さえ押さえりゃ事実上ベネルトンのギルドを押さえたことになるからな」
「『取り込む』ってのはもしかして……?」
「内容は何でもいい。一度『ギルド全体を指揮した』って実績がありゃあ、次からは一般冒険者は奴らの傘下に入る心理的ハードルは一気に下がる。その上今回の作戦で邪魔者も排除しようとするだろう」
同行のメンバーは「邪魔者」という言葉にピクリと反応した。この文脈で「邪魔者」と言えば、当然自分達のことを指すのだろうということを察したからだ。
「奴らは今必死で王子を丸め込んでるはずさ。『ゲンネストの主要メンバーが裏切った』とな」
「ま、まずいですわ、グラットニィ。早く戻って誤解を解かないと……」
横で話を聞いていたルネ・フーシェも青い顔をしている。しかしグラットニィは対照的に落ち着いた様子だ。
「今更無駄だ。それに俺らに見つからねえように場所も移動してるだろう。なら俺達は言葉じゃなく行動で『裏切ってねえ』事を示す方が確実だ」
グラットニィは進んでいた獣道の脇にそれて藪の中に身を隠す。後続のメンバーもそれに倣ってそれぞれ適当な木の陰に身を低くして姿を隠した。
「そこでダンジョンだ」
藪の陰からクイ、と親指で『竜のダンジョン』の入り口を指差す。もう目と鼻の先になる位置にまで移動していたのだ。ダンジョンの周囲にモンスターはいないが、入り口は屈強な二匹のデーモンが固めている。
「おめえらも思ってたろう? あのバカ王子のやり方じゃいつまでたっても解決しないどころか最終的には犠牲者が増えるだけだ。誰かが覚悟決めて虎穴に入んなきゃなんねぇ」
全員が覚悟を決めた表情でこくり頷く。
「ってわけで、ベルデ、突っ込め」
しかしその続く言葉にぎょっとした。
「エルは補助魔法をかけて援護しながら進む。ガーネットは後ろでもしもの時に備えてろ」
「ちょ、ちょっとちょっと!?」
グラットニィとフーシェ兄弟以外にここにいるのは三名。重装備で大柄な近距離戦闘を得意とする戦士のベルデ、補助魔法で敵を妨害し、味方を助けるウィッチのエル、そして回復魔法の使える僧侶のガーネットだ。パーティーとしてのバランスはいい。しかし……
「三人だけで行くんですか?」
当然そこだ。今の作戦、と言えるほどの物ではないが、そこにはグラットニィもフーシェ兄弟の影も形もなかった。
「デーモン二匹程度殺れなきゃ話になんねえ。お貴族様の士官学校じゃねんだ。たまにゃこういうのもいいだろ。なあに、危なくなったらサポートに入るからよ」
ベルデ達三人は顔を見合わせ、生唾を飲み込む。同時に、今まで自分達が根無し草の冒険者を気取りつつも、いかに上に守られてきたかを実感した。
「やれる」
小さくベルデが呟く。するとエルとガーネットも小さい声で、しかし何度も口の中で同じ言葉を呟く。
「やれる。俺達ならやれる!」
「やれる!!」
「やれるわ!」
自らを鼓舞する魔法の言葉。いつもグラットニィ達がやっているように、だんだんと大きい声で、最後には叫ぶように。もはやデーモン達もその声に気づいている。こちらを向き、長く太いしっぽをくねらせて立ちはだかっている。
ぶふう、と大きく息を吐き出してベルデが立ち上がる。
「俺達は!」
「最強だ!!」
血管が拡張し、全身を激しく血が廻る。堤が決壊するかのようにアドレナリンが脳内で噴出し、ほんの数秒で戦闘態勢にスイッチした。
「いくぜ!!」
「応ッ!」
ベルデが得物の槌を八相に構え(顔の横に立てるように構える事)、一気に突っ込む。
「縛り付けよ、アイヴィーホールド!!」
エルが指で印を結びながらそう叫ぶと即座にデーモンの足の周りに蔦が絡みつく。それはすぐに千切れてしまったが、一瞬反応を遅らせるには充分であった。
槌を躱そうとしたが間に合わず両腕で受けようとデーモンは試みたが、力及ばず腕ごと頭部を叩き潰されてその場に崩れる。
「クソがッ!!」
激高したもう一匹のデーモンが腕を振り下ろす。
「バーストフレア!!」
エルが一瞬早く魔法を発動し、閃光が花開く。大仰な名前の魔法であるが目晦ましの光である。一瞬目をつぶって照準のブレた攻撃をベルデはバックラーで逸らし、返す体の動きで槌を打ち込む。
体の中心を捉えたそれはデーモンに致命傷は与えられないまでも数歩後退させるには充分であった。さらに追撃しようとベルデは踏み込む。
「炎の加護を、シェルプロテクション!」
後ろに控えていた僧侶のガーネットがデーモンの動きを見ながらベルデに防御の魔法をかける。それから一瞬遅れてデーモンは口から爆炎を吐き出す。
「おおおおおおおおッ!!」
防御魔法は一瞬で消し飛んだが、しかしアドレナリンで自己強化した闘争心と勢いは止まらない。ベルデは炎などものともせずにそのままデーモンの額に槌を叩き込む。
ズン、と二匹目のデーモンがくずおれた。
時間にしてほんの十秒にも満たない戦闘であった。ベルデはあわてて炎で熱された兜を脱ぎ捨てる。
遠くでガルノッソの起こした炎が燃えている状況、すぐには周囲のモンスターは集まってこないだろう。
グラットニィはびしりと親指を立てて笑った。
「やるじゃねえか」




