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歯舌射

「フン、魔人(デーモン)風情が人間様に勝てると思うなよ」


 ディエゴ神父は余裕の笑みを見せて大きく手を広げる。その構えはクマが威嚇のために体を大きく見せるような姿勢ではあるが、なんの得物も持たない人間がこの構えからどんな攻撃を仕掛けるのか。


「ただの人間が、えらそうな口を利くんじゃねえよ」


 結局カマキリ男のディエゴ神父がどんな攻撃を仕掛けてきているのかは謎のままであるが、いずれにしろつい先ほどしたようにガルノッソからすれば攻撃を受ける際に体をプラズマ化すれば弾丸はすり抜けてしまうのだ。


 ましてや、デーモンと人間では基本性能が違う。特殊能力を抜きにしても基礎体力の高いデーモンに対して()()などと呼ばれ、瞬間的にガルノッソの怒りが頂点に達した。元々人間であったからこそかもしれない。とにかく、ガルノッソは実体のまま突進する。炎を使わずともガルノッソの爪はナイフのように人の肉を切り裂くだろう。


「間抜けめ!」


 安易に射程圏内に入ったガルノッソに対ディエゴは指先からやはり何かを射出する。だがその瞬間ガルノッソはプラズマ化して攻撃を体当たりに切り替えた。


 しかしそれも何度も見た攻撃方法。ディエゴは回り込んで攻撃を躱し、ガルノッソの実体化を待つ。これまでと同様ならガルノッソのプラズマ化は長くともほんの一呼吸ほどの時間だけである。


 すぐにガルノッソは実体化し、今度は超至近距離でディエゴと相対する。


「間抜けはてめえだ。てめえの投擲は単調なんだよ!」


 ガルノッソからすれば安易な二択攻撃。爪で切り裂くか、投擲が来ればプラズマ化して焼き尽くす。それだけであったが、しかし彼の動きが変わった。


「なに……背後から……?」


 一対一の状況、投擲は直線的な攻撃のみ。その兆しを見つけたときだけプラズマ化すればいいはずであったが、ガルノッソは視界の外からの刺突攻撃を受けたのだ。


「もう一度言うぞ。間抜けめ。伊達にこんな長い手足をしているわけではないのだよ」


 背後からの攻撃。それは手を伸ばしたディエゴの投擲攻撃であった。


 彼の攻撃は遠距離専用ではない。至近距離になれば手を伸ばすだけで相手を包み込むように射出口を配置してオールレンジ攻撃に切り替えることが出来るのだ。


 そしてこれが出来るのも彼が投擲に際して一切の予備動作を必要としないからである。違和感を受けつつその場に倒れるガルノッソはディエゴの五指の爪が異様な形に変形しているのを見た。


「気づいたか。私は五指の先にイモガイの変性種を寄生させて、歯舌(しぜつ)を射出することによって攻撃しているのだ。そして……」


 ガルノッソははっきりと自分の体に起きた違和感に気づいた。歯舌を打ち込まれた部分が麻痺して動けないのだ。


「なに……を」


「神経毒を打ち込んだ。まさかただの射出武器だとでも思っていたのか? さすがに一発では全身麻痺とはいかんようだが、数発撃ちこめば肺と心臓までも麻痺して苦しまず死ねるだろう」


 全く予想外であった。まさか毒使いとは。


 これが事前情報のない相手との戦いにおけるリスクである。ガルノッソの様なシンプルな能力は基礎的な力は高いものの、こういった「初見殺し」の技に弱い。


「終わりだ。私もすぐにミゲルの元に急がねばならんのでな」


 ディエゴは大きく両手を広げ、イモガイの射出口がガルノッソを取り囲む。まるで鳥かごに包まれた小鳥のように逃げ場がない。体が麻痺してプラズマ化することもできない。


「死ね」


 ボシュッ、ボシュッ、という数発の射出音とともにガルノッソの体内深くに歯舌が撃ち込まれた。


「うおッ!?」


 余裕の笑みを見せていたディエゴであったが、一瞬攻撃の気配を感じて身を伏せると、炎が爆発するかのように視界を覆った。


 ガルノッソがプラズマ化して脱出したのだ。


「チッ、危ねえ危ねえ。ここは退くとするか」


 そう言うと真っ赤に発光しながら夜の闇に消えていった。


「くそ、あの炎は毒も無効化するのか……」


 イモガイの神経毒コノトキシンはペプチド混合物からなる毒であり、その大元はタンパク質である。一時はその毒により体の一部が麻痺していたガルノッソであったが、何度もプラズマ化しようと試みた結果体温が爆発的に上昇することでタンパク質が変性して無毒化されたのである。


 体を麻痺させればプラズマ化もできまい、と考えていたディエゴであったが、実際にはプラズマ化するよりも早く、その前段階でペプチド混合毒が変性してしまったのである。一般にタンパク質は五十度~八十度ほどで変性してしまう。


「仕方ない。一旦退いてミゲル達と合流するか」


 一方こちらは炎を挟んだ反対側グラットニィの陣営。


「てめえら怪我はねえか」


 大剣を肩に担いでグラットニィが問いかける。


「へえ、俺とルネは平気です」


「数が大分減ってしまったのだわ」


 ルネ・フーシェが額に汗を浮かべながら周囲を見回す。グラットニィとアーセル、ルネ兄弟の他に彼らのそばに残ったのは三人。通常ゲンネストではヴェルニー、グラットニィ、それにフーシェ兄弟が幹部級であり、あとの一般団員と二軍メンバーの間には大きな実力差がある。


「僧侶のガーネットに、戦士のベルデ、それにウィッチのエルだったな?」


 グラットニィが一人ずつ指差しながら確認をするとそれぞれ頷いて返事をする。


「いいか、はぐれた奴らの事は忘れろ。俺らと行動を共にする覚悟がねえから距離を取った。結果として炎に分断されたのは当然の事だ」


 そこまで言ってグラットニィは肩に担いでいた大剣を振り下ろして切っ先を三人の目の前に止める。


「それから、俺のことを反逆者だと思ってる奴。もしここにいるなら隊を離れろ。死ねとは言わねえ」


 一人として動かない。


 覚悟の据わっている目である。


 元々このゲンネストは普通の冒険者パーティーではない。ならず者、無頼漢の集まりだ。それはただの無法者集団というわけではない。ゲンネストに、ヴェルニーに拾われていなければいずれはどこかで野垂れ死にか、絞首台を登ることになっていたような連中なのである。


 ここ以外に、生きる場所などない、と考えている。


「よし! じゃあ行くぜ」


 グラットニィは背中を見せて歩き出す。


「あ、アニキ! どこへ……?」


「ダンジョンだ。デーモンどもを潰しに行く」

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