分断
辺りが炎に包まれる。もう日付が変わる時間を随分と過ぎているはずであるが、空までもが赤く染め上がる様に周囲は明るくなった。
「くっ、今までの魔人とは格が違うな」
ディエゴ神父が焦りの表情をその顔に乗せる。
デーモンの風体は大抵の人間からすると異様な者として映ってはいたのだが、彼らの目の前に現れたガルノッソはその中でもひときわ異彩を放っていた。
一見した限りでは巨大なトカゲ、よく見るモンスターに照らし合わせてみればリザードマンといったところであろうが、その首の先には人間の頭部が載っている。そしてそれが、這うように高速移動する際には炎に姿を変えて辺りのものを焼き尽くすのだ。
「小癪な」
ディエゴ神父の指先から何かが射出される。しかし着弾の寸前にガルノッソは再び炎の塊となって超高速移動をし、近くの大木の枝の上に乗った。木の幹には彼の通ったところが炎の道のように燃えている。
「フン、調子に乗るなよ余所者が。その程度の力でデカいツラしようってのが気に食わねえぜ」
ガルノッソの言い分は彼らにはおそらくピンとこなかっただろう。明らかにデーモン側の風体であるが、ベネルトンのギルド側に立ったようないい口。
元々はベネルトンのCランクの冒険者だったのであるが、もう半年もろくに活動をしていないし、目立つ存在でもなかった。ギルドの中にも彼を見てすぐに誰か分かる人間は少ないだろうし、ミゲルアンヘル達にはもっと分からない。ただ目の前に現れた強力な魔人といったところである。
デーモンの区分けにははっきりとした基準があるわけではないが、人の言葉を喋った上にこれほどの実力、上級魔人相当であろうと判断される。
「ミゲルアンヘル! 炎によってグラットニィ達と分断されてしまった! 彼らと合流しなければ」
「危ないです王子、下がって。グラットニィ達の実力があれば救助は不要」
ミゲルアンヘルは王子にそう言葉をかけて手を引く。炎から、いや、グラットニィ達から距離をとるためだ。
先ほどの険悪な雰囲気から状況を有耶無耶にしてグラットニィ達と距離をとれたのはミゲルアンヘルにとっては僥倖とも言っていい。ディエゴ神父がこの状況を盤石な物とすべく王子に進言する。
「王子、貴方は指揮官です。兵たちに指示を。一旦危険のない場所まで撤退するべきです」
「駄目だ。グラットニィ達を救助するんだ。私が指揮官だというんなら、指揮に従ってもらう」
あまりに強硬な態度にディエゴは面食らった。その場その場で綺麗事を言うだけの芯のない男だと思っていたのに口答えをするとは思っていなかったのだ。
「少し前まで突出して孤立した部隊の救助を渋っていたような奴らです。見捨てられたとしても自業自得というものでしょう」
「だったら! ここで彼らを見捨てたらそれこそ私も同じになってしまう。君は人を選んで助けるというのか」
当たり前だ。
と言いそうになったがディエゴは言葉を飲み込む。
世間一般で言えば「普通」の事を言っているのはまず間違いなくディエゴの方だ。「助ける人を選ぶ」と言えば聞こえが悪いが助ける必要のない強さの人間を危険を冒してまで助ける人間はいないし、その上にグラットニィに関して言えばその直前の言動がブーメランになっているのだ。さらに言うなら自分と敵対している人間に手を差し伸べにくいのは人の性であろう。
その上で、ほんの少し前に自分を、王族である自分を傭兵如きが殴ったというのに彼らを助けようとサン・アルバンは言っているのである。
あまりにもお花畑な発想にディエゴは眩暈を覚えた。
元々心根の優しい人間なのだろうとは思ってはいた。それはそれとして友愛を前面に押し出して標榜するのは国民に対しての人気取りが六割か、せいぜい四割ほどがそんな気持ちがあるのだろうと思っていた。
要はここまで頭のおかしい奴だとは思っていなかったのである。
「いや、サン・アルバン……貴方の気持ちは分かりますが、ここで無理に救助に向かえば、二次災害が」
「君は、安全に助けられるときだけ助けるというのか。そんなのは間違っている」
当然なのだ。ディエゴの言っていることは至極当然なのである。自分達の安全が確保されている時に、人を選んで助ける。
その当然のことが分からずに、まるで英雄譚の主人公のような振る舞いを求めてくる。しかも冒険者というこの道のプロに対してだ。瞬間的にディエゴは頭に血が上り、この世間知らずのガキを殴りたい気持ちにかられたが、それをグッと堪えた。
「失礼」
「ぐっ!?」
と思いきや殴られるサン・アルバン王子。
ディエゴに食って掛かっているところを背後からミゲルアンヘルの拳が襲い、彼の顎先をかすめたのだ。頸椎を支点にぐりんと頭部が回転すると、数秒堪えたのち、サン・アルバンはその場に崩れ落ちた。
「あまり時間をかけるなディエゴ。なるべくグラットニィ達と距離をとるぞ」
「待ちな余所者。ただで逃がすとでも思うのかい?」
当然ながら未だ脅威は去ってはいない。木の枝の上から未だ炎を纏ったガルノッソが飛び降りてきた。
ディエゴはフン、と鼻を鳴らして一歩前に出る。
「ミゲル、ここは足止めします。バカ王子を連れて撤退してください」
「撤退はしない」
ミゲルアンヘルの答えにディエゴが振り向く。
「いったんここからは離れるが、この状況は我々にとっては好都合だ。逃す手はない。町へは退かんぞ」
「了解」
ディエゴはニヤリと笑みを浮かべる。一気に勝負をつけるつもりなのである。
「俺をほっといて話を進めてんじゃねえよ」
すぐ近くで声がする。ガルノッソは体格の割には敏捷性が高い。ディエゴの目の前が一瞬で炎に包まれた。
「任せたぞ」
ミゲルアンヘルはそう一言言って王子を担いで退いていく。一方ディエゴは両手を前に出して構え、慎重にガルノッソの出方を窺う。
「おいおい、素手で戦うつもりか?」
余裕の笑みを見せるガルノッソではあるが、両手を掲げるように大きく構えたディエゴはその長身のせいもあって攻めづらい。いったいこの体勢から如何なる攻撃が始まるのか、それが読めないのだ。
覚悟を決めて突進するガルノッソ。スッと息を吸って炎に包まれる。
それと同時にディエゴの指先から何かが投擲されたが、ガルノッソの身体は完全にプラズマ化してすり抜けた。
「ちっ、面倒な奴だな」
カマキリ男ディエゴ神父の表情が歪んだ。




