仲間割れ
闇夜の森の中で澄んだバイオリンの音が響き渡る。
二人の魔人が、攻撃のために踏み込む。その手の爪は五指全てがダガーナイフの如く尖り、太かったが、その腕を振り上げた瞬間あらぬ方向を向いた。突如として互いに向き合い、仲間へと腕を振り下ろし、同士討ちとなったのだ。
「ふううぅぅぅ~ッ」
顔の下半分は真っ白い髭に覆われ、逆に頭頂部は禿げあがって煌々と月の光に照らされている。
髭に覆われた口から、火口の裂け目から噴煙を吐き出すかのように大きくため息を吐く。
「年寄りには少々冷や水が過ぎるというものじゃ」
弓をヴァイオリンの弦の上から下ろし、コキコキと首をひねる。
「ご謙遜を。一層音が冴えわたっていますよ」
言葉の割には全く感情のこもっていないような声色でディエゴ神父が吟遊詩人ホルヘ・パルドに声をかける。ホルヘ・パルドの奏でる音には人の行動を狂わせる何かの力が込められているようである。
「さて、これであらかた片付きましたか」
ディエゴ神父は周囲を見渡す。二メートルを越える彼の長身から展開される視界にも木陰は充分に死角を作ってはいたが、しかしそれでも少なくとも周囲には敵の気配は感じられなかった。
「不死隊を展開させて周囲の安全を確保する」
「ありがとうございます、ミゲルアンヘル」
一方的な戦いであった。ヴァイオリンの音色によって敵の身体を自在に操ることのできるホルヘ・パルド、異様に長いリーチの先、おそらくは指から何かを投擲することによって相手を射撃し続けることのできるディエゴ神父。
そしてミゲルアンヘルの操るゴーレム。
最初に生木から作り出されたゴーレムは最初の内は大変な強さを誇っていたものの、やはり木であるからか、長くはもたなかった。
二体ほどのデーモンを倒した後、小さな傷を負ってしまうとその後はあっという間に崩れ去ってしまった。グラットニィの剣を受けた時と同じゴーレムとは思えない有様であった。
グラットニィとしてはなんとなく面白くない展開ではあったが、その後に集まってきた不死隊を見て理解した。噂の不死隊とは元々ミゲルアンヘルの作り出した彫像であったのだ。それも石像である。耐久力が違うのだろう。
しかしそれにしてもまだ人食いクレッセンシアと呼ばれた女だけは何もしていない。ずっとミゲルアンヘルの周りをうろうろとまとわりついているだけである。
「ご協力感謝する、ミゲルアンヘル殿。おかげで一人も欠けることなく孤立していた部隊を回収することが出来た。ほら、グラットニィさんもお礼を言って」
「あん?」
アーセル・フーシェは頭を抱える。何故このサン・アルバンはグラットニィの神経を逆撫でするような発言ばかりするのか。
本来であればマリャム王国から乞われて助力に来たゲー・ガム・グーに礼を言うのは当然と言えば当然なのであるが、今回ばかりは多少事情が違う。
冒険者の縄張り、活動範囲は所属している支部で暗黙の裡に決まっているものであるが、他支部に助力を乞うというのは当然各ギルド越しに仁義を通して行うものである。
それを無視して個人的なつながりだけでこのサン・アルバンが勝手にゲー・ガム・グーに声をかけてしまったのだ。
「礼を言う」どころかグラットニィからすれば「縄張りを荒らしやがって」と文句の一つも言いたいところである。しかし当然それを乞われて助けに来たゲー・ガム・グーが言われる筋合いはない。
まあ簡単に言えばサン・アルバンがすべて悪いのである。
しかしさすがのグラットニィといえども仮にも第二王子である男を殴りつけるわけにもいかない。
「てめえはちっとは考えて喋れ!!」
と思いきや殴った。
それまで周りで何が起きてもどこ吹く風、という態度であったミゲルアンヘルまでもがあんぐりと口を開けて驚いている。ゲンネストのアーセルとルネは顔面蒼白である。
当然、グラットニィは殴ってスッとした。
まあいろいろと確執はあったが、一旦これで水に流すか、と考えた。
それで済むわけがない。
「何やってんスかアニキ!!」
「んだてめえ! はなせ!!」
アーセルが後ろから彼を羽交い絞めにした。これ以上グラットニィは何かするつもりはなかったのではあるが、当然押さえつけられれば反射的にじたばたと暴れる。
「大丈夫ですか王子!!」
たいして強く殴られたわけではないのでよろめいただけであったサン・アルバンはディエゴ神父に支えられる。ここで明確に二つの派閥ができてしまったと言っていいだろう。冒険者の討伐隊が二つに割れたのだ。それも片方はサン・アルバン王子である。
「王子に何をするのだ、この無礼者め!! 反逆者だ、裏切り者が出たぞ!!」
ディエゴ神父はここぞとばかりに大声で叫ぶ。
「はあ!? 何言ってやがんだてめえは!! そいつがスジ通さねえから……」
「アニキ、一旦! ここは一旦引きやしょう!」
「てめえが話をややこしくしてんだよ!」
アーセルが押さえつけようとするからグラットニィもついつい暴れてしまう。それが分かっていても今の興奮状態(に見える)グラットニィを放すのはなんとなく怖い。
「ちょうどいい、ディエゴ、その調子で煽れ。王子とグラットニィを接触させるな」
ミゲルアンヘルがディエゴ神父に耳打ちする。この事態は彼らにとっては渡りに船といっても差し支えないほどの好都合な状態であった。
「王家の人間に暴力を振るってただで済むとでも思うのか!? 奴に与する者も同罪だぞ!!」
「ま、待って。待ってくれ。僕は気にしてないから」
ようやく殴られたショックから立ち直って事態の収拾に努めようとするサン・アルバンが声を上げたがもう遅い。一度流れを作ってしまえば後はなるようになるのだ。
本当の事を言えばゲー・ガム・グーの狙いは最初からこれであった。
ゲンネストさえ抑えてしまえばトラカント王国の冒険者ギルドを自分達の影響下に置けると考えていたのだ。サン・アルバンからの助力要請が来た時はほくそ笑んでいた事であろう。
アーセルがグラットニィをサン・アルバンから引き離そうとするのに合わせてディエゴはサン・アルバンをグラットニィから引き離し、そして周りの者を煽る。王子かグラットニィか、どちらの味方をするのだと。
「仲間割れか。随分と余裕じゃねえか」
そして一時的に安全を確保したとしても仲間割れをするほどの余裕など本来あるはずがないのだ。ここは敵地のど真ん中なのだから。
ちょうど、騒いでいるグラットニィ達の隊の横腹を突くかのように、魔人が現れたのだ。炎に包まれたトカゲのような姿をしたサラマンダー。
「こりゃ冒険者ギルドを見限って正解だったかもしれねえな」
ガルノッソである。




