救助
「俺達は!!」
群青の闇夜の中に未だ夕焼けの残滓を北の空に残す中、何かが激しく煌めく。
「最強だッ!!」
振り下ろされたグラットニィのグレートソードが魔人の体を真っ二つにする。
時は少し遡り、ルカ達がヴァルモウエ側の竜のダンジョンに潜入しようとガルノッソと行動を共にしていた頃。
ベネルトンの町の冒険者の一団は聖アルバン王子の指揮のもと魔人達との戦いの最中にいた。
「おう、全員ついてきてるか!?」
リーダー本人はいないが、ヴェルニーの所属する冒険者パーティー『ゲンネスト』は傭兵の仕事をメインに行う強固な武闘集団である。現在は副リーダーのグラットニィが団を率いており、その下に中心メンバーであるフーシェ兄弟、さらに二十人ほどの精強な戦士から構成されている。
互いに鼓舞し、自分達こそが最強だと声を掛け合い、自分達の何倍もの戦力から何度も村や砦を守ってきた傭兵団である。
「アニキ」
戦場にあっても軽装な男はアーセル・フーシェ。普段は主に斥候の仕事を務める短刀使いである。落ち窪んだ目とこけた頬は麻薬の中毒患者のようにしか見えない。
「うちらの軍団は問題ないですが一部のチームが突出しすぎてやすぜ」
アーセルが森の奥の方を指差すのだが、当然ながら視界が遮られてその先を覗き見ることはできない。しかし彼らは冒険者としての経験と勘から状況をなんとなくは把握できる。
視界に入っている人間、敵、味方の動き、布陣の仕方、戦闘音、そして周囲の地形からそれを察するのだ。それができなければ一流とは言えない。そして、一流ではないものはどうなるのか……
「ほっとけ」
グラットニィは一言言って魔人の死骸を踏みつけながら周囲を警戒する。
「たしかに他のチームには今日のは陽動作戦だって言ってなかったからな」
ヴェルニー達が別動隊として別ルートからダンジョンへの侵入を現在試みているはずであり、それをアシストするために派手に動いている面がある。
おそらくはそれを知らないゲンネスト以外のメンバーは彼らの動きを見て「今日は一気に攻勢に出るに違いない」と考えて突出してしまったのだろう。
「だけどまあ、戦場で自分の立ち位置の把握すらできんような三流は助けたところですぐ死ぬだろ。ここでモンスターのエサにでもなった方が有意義なんじゃねえのか」
言い終えてグラットニィはペッと唾を吐く。彼にとってはゲンネスト以外のメンバーなどたまたま同じ場所に居るだけであり、敵ではないだけで仲間でもないのだ。足を引っ張るものにいちいち構う気はない。そしてそれはアーセルも同意見であったのだが。
「それはよくないよ、グラットニィさん!」
その声が聞こえた瞬間グラットニィは舌打ちをして手で顔を覆った。「面倒なのが来た」と言わんばかりの態度であるし、実際その通りである。
「ルネ、ちゃんと縛っとけっつったろ!」
「申し訳ありませんわ……」
グラットニィを咎めたのはサン・アルバン王子。
その後ろから申し訳なさそうな顔を見せてついてきたのはアーセルの弟、ゴシックロリータドレスに身を包んだ美少女にしか見えない外見のルネ・フーシェである。一応王子のお目付け役兼護衛としてそばにはいさせたが、当然ながら貴人である王子を本当に縛って拘束することなど出来るはずがなく、こうして後をついて回っているしかないのだろう。
「それよりグラットニィさん。戦列が伸び切って森の木々に分断されてしまっている。突出してしまっている冒険者達の救護に向かうべきではないか?」
「あのなあ王子さんよ」
王子相手に決して許されぬ横柄な態度でグラットニィは話すが、本人はこれでも最大限敬意を示しているつもりである。
「指揮官ってのは後ろでドシッと構えてふんぞり返ってるもんだぜ? こんな前線まで出てきてんじゃねえよ」
理屈はつけるが彼の本音としては「後ろに引っ込んでいろ」の一言である。邪魔で仕方ないのだ。この男が。
正直言って彼が来て以来作戦の邪魔になるような指揮しかしていない。少なくともグラットニィからはそう見えるのだ。
夜の森の中で戦列が伸びて分断されるのが悪手なのは当然だ。ならば一旦救護にまわって体勢を立て直した方がよいというのも然り。
だがそもそも冒険者というのは組合はあれども個人商店なのだ。トチッた奴の尻を拭いてやらなければならないという状況自体がグラットニィ始め多くの冒険者には我慢ならないのである。
「戦線を立て直してください。突出した部隊に一旦後退の指示を」
「わぁったよ。指示は出すぜ。届くかどうかは奴ら次第だがな」
「それじゃだめだ。前線は苦戦していて退くに退けない状況に見える。救出に行くべきです」
露骨にグラットニィは嫌そうな表情を見せる。「正気か」と。
「俺が請け負ってんのは“魔人退治”だ。子供のお守りじゃねえんだぞ。追加料金も無しにそんな面倒な仕事すっかよ」
「魔人と戦うのが仕事だからここまで歩くのは別料金だ、などとは言わないだろう? 仲間を助けるのは当たり前のことだ」
文字も読めない知的レベルのグラットニィは口では王子に太刀打ちできない。しかし現場を引っ掻き回されてはたまらない。少なくともゲンネストのメンバーの生死についての責任は彼にあるのだ。守るべきものは守る。そのために多少の犠牲など知ったことではないのである。
「助けに行きたきゃ自分で勝手に行くんだな。俺達は自分の命を他人に任せられるほどお人よしじゃないんだ」
当然「こう言えば諦めるだろう」との目算あっての発言であった。この王子が何の戦闘能力も持たないのは理解している。しかし彼を「甘く見すぎていた」のは事実であったかもしれない。
なんとサン・アルバン王子は「好きにさせてもらう」とばかりに何も言わずに迷わず森の奥に進み始めたのだ。
「どうせ危なくなれば助けてくれるだろう」という甘えすらも感じられない。一言も発することなく森の奥へと進むのだ。
「お……おいおいおい」
グラットニィは舌打ちをする。しかしすぐには動かずに逡巡した。このまま放っておいて、死なせた方が仕事が楽になるのではないかと思ったからだ。
「第二王子か……」
「あ、アニキ、ちょっとまずくないッスか」
第三、第四王子くらいならともかく、継承権第二位。死なせれば自分の首も飛ぶだろうか。そう考えていたのが出遅れに繋がった。
突出してはいないとはいえここは最前線。すぐに王子はモンスターに取り囲まれてしまったのである。
「くそっ、来るなら来い!」
勇ましい事を言って抜剣するものの、その剣で戦えるのか。せめて自分が助けに行くまでもってくれ、そうグラットニィが考えた時であった。
破裂音が響き、王子の行く先を遮っていたモンスターの体が穴だらけのハチの巣のようになったのだ。
「ゲー・ガム・グー、来てくれたんですね」
王子の顔に笑顔が咲く。




