言い訳が必要なのか
「ルカ君は気付いていなかっただろう。僕の目から見て、君がどれほど眩しく映っていたのかを」
未だルカは彼の話がここにいるヴェルニーの事ではなく、全く違う知らない人の話をしているように感じられていた。
ルカから見て、ヴェルニーはまさしく殿上人の様なものであった。冒険者としては押しも押されぬトップチームのリーダーであり、余裕を感じさせる柔らかい物腰と温和な性格はまるで別世界の人間であったし、極めつけはまるで物語の中の王子様のような美しい外見。同性の目から見ても余りに世界が違いすぎて嫉妬の情すら湧かない完璧な人間。ルカがヴェルニーに憧れるというのならばわかる。
しかし実際には全くの逆。
ヴェルニーこそがルカに対して憧憬の念を抱いていたというのだ。
「どうにかして君のようになりたいと、必死に追い縋ろうと、冒険を続けてきた。でもやっぱり、腐った心根までは変えられないんだろう。いくら表面を取り繕っても、どうしてもボロが出てしまう。僕にできるのは、未知に憧れる君の美しい横顔を眺めることくらいだ」
「……てっきり、ヴェルニーさんが僕に良くしてくれるのは、その……」
ホモだからだと思っていた。
いや、実際ホモだからなのであろうが、それだけではなかったのだ。
「なんで今そんな話を?」
スケロクの問いかけは当然のものである。ヴェルニーもこれにはすぐに答えられなかった。自分の考えを整理すべく俯いて考え込む。
「……分からない。けど、今伝えなきゃいけないと思ったんだ。冒険者っていうのはいつ死ぬか分からないから。本当のことを君に打ち明けずに死んだら、きっと後悔すると思ったから」
死ぬような経験をしたわけでもないのになぜそう思ったのかは分からない。しかし彼は「今伝えなければ」と思ったのだ。
「ダグザと話している時も、『生きる意味』なんて問いかけられても、僕にはまるでピンとこなかった」
ダグザは言った。「この世界に、広がっていけ」と。それが生命の持つ普遍的な命題なのだと。子を成すことも、それが出来ずとも仲間を助けることも、冒険者が未知の世界に憧れることも、全てはそのためなのだとルカ達は納得したからこそこの考えに同意を示していた。
「僕には何もない。生きる意味なんて分からない。戦いの中に身を置いて、ヒリついている時だけが『生きている』と実感できるんだ。そして人を殺した時、自分はきっと、こいつの人生よりはマシなんだろうと安心を積み重ねてきた。僕はそんな人間なんだ」
いつもルカには太陽のように輝いていて眩しく見えていたヴェルニーが、小さく、みすぼらしく見える。いや、今までが虚勢を張っていたにすぎないのだ。これがおそらく、彼の本当の姿なのだろう。
「僕には生きる意味など分からないし、自分自身が生きる価値のある人間とも思えない。でも、もし許されるならもう少しの間だけ、君達の冒険の手助けをさせて欲しい。自分自身に意味を見出せなくても、君達の助けになれるんなら、きっとそれには意味があるから」
「ぐだぐだぐだぐだと」
ヴェルニーが言い終わるかどうかといったところだった。後ろで話を聞いていたスケロクがヴェルニーの顔を殴り飛ばした。しかもかなり強く。よろけて床に膝をつくヴェルニーの姿にルカは動揺の色を隠せない。
「スケロクさん!?」
いきなりなにを、と言いたいところではあるが、殴った理由は何となくわかる。
「『生きること』にいちいち『言い訳』が必要なわけねえだろうが」
なんとなくであるが、ルカの脳裏にはある一人の人間の顔が浮かんでいた。
「いいか、生きるのに『理由』も『言い訳』も必要ねえ。そりゃ『生きる目的』なんてもんが見つかりゃそれに越したこたあねえがよ、人生にもハリってもんが出てくらあ」
思い浮かんだのはヴェルニーの幼馴染、グラットニィだ。彼らが実際にケンカをしているところを見たことがあるわけではないが、きっとこんな感じなのだろうと思った。
「見つかりゃラッキー、って程度だ。そんなもん無くても生きていける。あるに越したことはねえが、無いからって生きてる意味がねえなんてこと、あるわけねえだろうが」
ルカは直感的に理解した。
これはきっとスケロクがグラットニィの「ロールプレイ」をしているのだと。
元々斥候であるスケロクは人間観察の術に優れ、状況把握の能力が高い。その能力を駆使して、見抜いたのだ。なぜ対照的な性格に見えるヴェルニーとグラットニィが、幼馴染として背中を預け合う親友となったのかを。
そしてヴェルニーがこの場で必要としている役割を演じきったのである。それは普段のスケロクの行動からしてもそれほど不自然な行動ではなかったが、戯曲に慣れ親しんだルカだからこそ分かることであった。
「立てよ」
スケロクは床に倒れこんだままのヴェルニーに手を伸ばす。
「生きてる目的なんてもんは、何気なく普段の生活を送ってりゃふとした時に急に見つかるもんさ」
それでもまだ、ヴェルニーは迷っているようであった。
「……本当に、僕のような人間が君達の隣に並び立つことが許されるんだろうか」
「僕には、よく分かりませんが」
ルカが応える。しかしそもそも、「許される」とは何なのか。人の価値をなにで測ればいいのか。
「少なくともこのパーティーで一番常識がないのはグローリエンさんですよ」
「なんで急に私ディスられたの」
「ふふっ」
ヴェルニーの顔に笑みが戻った。
「ふふ、じゃないわよ」
だしにされたグローリエンは不満顔であるが。
「ありがとう」
しかしマルセド王国あたりから徐々にその精神の不安定さを見せ始めていたヴェルニーにあっては、ようやく霧が晴れたかのように憂いのない表情を浮かべていた。
おそらくはそれよりもずっと前から心の底に折り重なっていた淀みなのだろう。それを一人でダンジョンに潜ったり、全裸になったりして少しずつ解放し、だましだましやり過ごしていたものに、ようやく今決着がついたのだ。
「行こうか。次は冥界シウカナルだな」
この第五階層を抜けると、次の第六階層は冥界シウカナルと繋がっている。それは同時にヴァルモウエ側から見れば第八階層に相当し、その一つ上の階層にヴァルメイヨール伯爵がいるはずである。
「しかしそうすると、残り二つの黄金の音叉はどこにあるのかしらね」
まだまだ問題は山積している。伯爵に会ったところでそれらが全て解決することはないだろうし、黄金の音叉が見つかったとて同じではある。
だが彼らの瞳には、確かに希望の光が灯っていた。




