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独白

「僕は……冒険者なんかじゃない。冒険者失格なんだ」


「ど……どういう意味ですか、ヴェルニーさん」


 ルカは本当に何を言っているのかが全く分からない、といった表情である。彼にとっては冒険者とヴェルニーは完全にイコールで繋がっており、冒険者というもののイデアそのものの形こそが彼だったのだ。


 しかしその本人が「自分は冒険者ではない」と告白したのである。しかしスケロクとグローリエンは妙に冷静な表情をしていた。


「その表情を見ると、スケロクとグローリエンは薄々感じ取ってはいたんだろうね……僕と君達が、同じ景色を見てはいないということを」


「まあ」


 スケロクはあくまで「大した話ではない」という風に軽く話す。


「気持ちの濃淡は誰にでもあるさ。お前が俺達ほど強い気持ちで未知の世界に焦がれてたわけじゃないのは気付いてはいた。だからってお前が冒険者失格なんてことにはならねえよ。もういいだろ? 先へ進もうぜ」


「いや、ダメだ。けじめとして、これは今話さなきゃいけない。今じゃなきゃいけないんだ」


 グローリエンとスケロク、それにルカはガルダリキや世界の果て、未だ見ぬ世界の景色に強いあこがれを抱いていることを何度も話していたが、どうやらヴェルニーはそこまでの強い憧れを持ってはいなかったようなのである。


 スケロクはそのことには気づきつつも、それに言及することなどなかった。


 人の心に色を塗ることが出来ないように、そんなことを話しても仕方ないと思っていたのだろう。だがそれをヴェルニー自身は許せなかったのだ。


「僕は……知っての通り、ベネルトンの孤児だった」


 ヴェルニーはゆっくりと話し出す。その美しい外見と物腰の柔らかさから貴人の落胤ではないのかとまで噂されるヴェルニーが、その実ベネルトンの最下層であるストリートチルドレンであったという話はそれなりに有名な話であり、彼自身も隠してはいないことだ。


「物乞いと、盗みで何とか食いつないでいる毎日だった、その頃のことはグラットニィが詳しいよ。彼とは物心ついたころからの親友で、唯一の僕の理解者だ」


「盗み……?」


 思わずルカが聞き返す。


 所詮は冒険者など根無し草の無頼漢の類である。犯罪すれすれどころか実際に大なり小なり犯罪を犯すようなことも珍しくはない。しかし直接的に、トップの冒険者であるヴェルニーが罪を犯した過去を告白するとは彼は思っていなかったのだ。


「それだけじゃないさ。生きていくためなら何でもやった。体を売ることだってね」


 ヴェルニーは視線を上にやり、思い出しながら話を続ける。


「僕の体がまだ小さかったせいもあるだろうが、あれは本当に耐えがたい経験だった。尊厳を踏みにじられ、人間であることを否定されるような。だが、金にはなった。もう危ない盗みをする必要もなくなったし、グラットニィや仲間の食事を確保するに十分な量のね」


 ルカは固唾を飲み込む。あまりにも重い話で、飲み込むことが出来なかった。


 しかし飲み込むことはできなかったが、腑には落ちる。今まで温厚だったヴェルニーが不意に感情的になる時があった。


 身勝手で甘えたことを貴族である(と思っていた)ベルナデッタが言ったとき、シモネッタの母アルベルタの親としての姿勢に疑いを挟んだ時、そしてティルナノーグで子供達が犠牲になっていることを知った時だ。


 いずれもそれらの事象を自分の生い立ちに重ね合わせて見たものだと考えてよいだろう。


「それまで豪商の相手などをしていたが、ある日王都からお忍びで来たという貴族の相手をすることになった。嗜虐趣味の質の悪い男でね。醜聞が漏れないようにとベネルトンまで来たんだろう。だがあまりにもひどい屈辱と痛みに耐えきれなくなった僕は、そいつを……」


 ヴェルニーは最後まで言葉にすることが出来ず、腕を組んでルカから目を逸らした。


 言わずともその先は理解できる。今でもマルセド王国で素手で巨人の兵士五人を撲殺するほどの業前の持ち主なのだ。たとえ子供の頃であろうと貴族一人縊り殺すのなど、本気になればわけないだろう。


「……痛みに一晩耐えるよりも、遥かに簡単だということを知った」


 おそらくはそれが初めての殺人だったのだろう。しかし一度()()が選択肢として浮き上がれば、次からはいつでも容易く実行できるだけの実力を備えた人物なのだ。ヴェルニーは。


「警吏に目をつけられたり、しなかったんですか……?」


「年に何度もあるわけじゃないからね。自分と、仲間の生活費だけならそれでも十分事足りる。それに、僕が狙うのは少年趣味を周りに知られたら困るような、身分が高く、かつ秘密裏に接触してくるような奴だけだったから」


 年齢を考えればおそらくそんなことは人生の内でも片手で数えるほどしかしていないのだろう。しかしそれでも少年の人格形成に大きく影を落としたのは想像に難くない。


「そのうち僕は身体能力を生かして冒険者の職に就いた。グラットニィとともにね。表向きの僕の経歴については、その後は皆の知る通りさ」


 表があれば裏がある。


 裏の顔とはすなわち全裸ダンジョン部の事ではあるのだが、どうやらそれだけではなかったのだ。


「ルカ君達は、この世界のことが知りたくて、まだ見ぬ世界を見たくて、冒険者になったのかもしれない。だが僕は違う」


 グローリエンはエルフの里の外の世界が見たくて冒険者になった。スケロクの話は聞いていないが、似たようなものだろう。ルカだって同じだ。しかしヴェルニーは違う。そもそもがただ生活のため、自分の能力を生かせる職業についたに過ぎない。


「そんな……だからといって冒険者失格だなんてことにはならないはずですよ。生活のために冒険者をやっている人なんて、いくらでもいる」


「いいや違う。僕はそんな人達とも違うんだ」


 そう否定したきりヴェルニーは無言になって、胸のあたりを押さえている。まだ痛みがあるのだろうか、それは分からないが、まるで自分の鼓動を確認しているようであった。


「僕は、暴力と、殺しが好きな人間なのさ」

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